第四十八話『お出かけ』
「お出かけ……ですか?」
ぐっと近寄ってきたアーネさんを避けながら、私は少し拍子抜けしたように問いかける。
アーネさんのことだから、もっと鬼畜な感じで『今から十時間特訓せぇへん?』とか言われるかと思っていたが、どうやら違うようだ。
「そうそう、お出かけやぁ!
ながみちゃんといっしょに行きたいなーおもうてなぁ?」
「はぁ……別にいいですけど、どこに行くんですか?」
ぎゅっと肩を寄せるように抱きついてくるアーネさんのとある一部分に、殺意に似た何かを覚えながらも、平然を装って行き先を問いかける。
私は大人だからな……たとえあるものが死ぬ程憎くてもそれを態度には出さないのだ。えらいな私。
「そっかそっか、来てくれるんやなぁ!
いや、実はずっと前から言おう思っとったんやけど、ながみちゃん武器持ってへんなぁおもうて……」
私が来てくれると思ってなかったのか、嬉しそうにころころと笑いながら口を開くアーネさん。
その表情は、いつもより柔らかいような優しい印象を受けた。
「たしか、ながみちゃん槍つかうんやろ?
それなら訓練の時も槍持っとった方がいいとおもうんよ」
「使えるもんは使っとった方が後々楽やし、後からほんとはこれも使いたかったいわれても遅いし……」
「何より、ながみちゃんの手数も増えるし、指導も幅が広くなって楽しいしなぁ!」
「……だから、わえといっしょに武器見にいかへん?」
そう言って、こてりと首を傾けて私に問いかけるアーネさん。
どうやら私が槍術を持っているのを知っていて、ずっと疑問に思っていたみたいだ。
ステータスはアーネさんに見られてないし、多分ザック先輩からの情報かな?
しかし、それならば話が早い。
私も正直ちゃんとした新しい槍を買いに行こうと思っていたところだ。渡りに船である。
「あ~……そうですね。
私も前使ってた槍が使い物にならないって分かったんで、時間が出来たら買いに行こうと思ってたんですよね」
「なんやぁ、まえつかいよった槍こわれてしもうたん?」
「いや、壊れてはないんですけど……」
その言葉にぎくっとし、私は言葉を濁して返答する。
そして、明らかに言いたくない雰囲気を醸し出しながら、アーネさんから目を逸らした。
正直、恥ずかしいのであれのことは言いたくない。
なのでこれで引いてくれれば、嬉しいのだが……
「じゃあ、なんで使わなくならはったん?」
あぁ、やっぱりだめだ。
ここ五日でわかっていたが、アーネさんは疑問を持つと突き詰めていくタイプなのだ……
こうなったら、理由を話すまで逃がしてはくれないだろう……
「あの~前使ってた槍、今持ってるんですけど……これでして……」
私は覚悟を決めて、背負い鞄の中に入れておいた私手製の木の槍を取り出した。
……すると目の前にいるアーネさんが凍りついたように固まるのがわかる。
まぁ当然だ。
あのルミネさんとの戦いで大勢に笑われた、あの木の槍である。仕方ない……仕方ない……
私はできるかぎり最大限まで目を逸らした。
「えっと……ながみちゃん?
これはなぁ、木の棒っちゅうんやで?」
「そうですね……」
「先とんがらせても、木は木やで……?」
「そ……うですね……」
「……」
「……」
長い沈黙。
気まずい雰囲気がお互いの間に流れること数分後。
「うん……わえといっしょに買いに行こか……?」
「そう……ですね……」
アーネさんは、めいいっぱい気をつかったような優しい声色で私に声をかけた。
それに対し、私は恥ずかしさのあまり同じ言葉をつぶやくことしかできなかったのだった。
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「というわけで、命からがら森を抜け出して来たんですよ」
「へぇ~、そんなことがあったんやなぁ……大変やったなぁながみちゃん!」
───特訓終わりから数十分後。
ザック先輩にルフの事を頼んだり、ギルドに預けておいたお金を下ろしてきたりなど、少し準備をしてアーネさんと合流。
今はアーネさんの案内で目的の武器屋の場所へ向かっている最中である。
「はい、我ながら良く生き残れたなぁと思いますね」
私はアーネさんと歩きながら、これまで異世界で体験してきたことを簡単に説明した。
さすがに地球のこととか、死んでこっちに来たとかはぼかしているが……こっちの世界の人にこういう話をするのは初めてである。なんだか恥ずかしいな。
……ちなみになぜ説明しているのかと言うと、木の槍の件のせいで普通の槍も買えないぐらい貧乏だというあらぬ疑いをかけられてしまったためだ。
「そうかぁ……しかし、気がついたらいきなり森の中ねぇ……不思議なこともあるもんやなぁ?」
「そうですねぇ……私も驚きました」
うん……変にぼかしたせいで、変な設定が着いてしまったのは仕方がない。
しかし、それにしても……我ながら、下手なぼかし方だとは思うが。
「そっかぁーじゃあ、はよう故郷に帰れるとええなぁ……
っと、ついたついた!ここがこの町いちばんの武器屋やぁ!」
まぁ、ギリギリばれていないようである。良かった。
───それにしても、ここって……
アーネさんが指さした先には、少し前に見た覚えのある大きな排煙塔の着いた建物があった。
「あ、ここ知ってます。
前に街を案内してもらった時、リギトさんが連れてきてくれました!」
私は見知った場所が出てきて、少し嬉しく思い口を開いた。
だが、アーネさんはそれを聞くと、少し残念そうな顔する。
「なんやぁ、りぎどはんに先越されとったんかぁ」
「で、でも、その時はお金もってなかったんで武器買えなかったんですよね……!」
私はそのアーネさんの表情に、あわてて前回武器を買えなかった旨を伝える。
連れてきてもらったのに、私の言葉で落ち込ませてしまうのは嫌だ。
なので、フォローの意味合いも兼ねてそう伝えたのだ。
「……なら、はじめてとおんなじやな!さ、はいろはいろ!」
───すると、そんな私を見て、ぱっと笑顔になったアーネさん。
私の手をとると、その武器屋の重厚な扉を開いた。
どうやら、機嫌治してくれたみたいだ。良かったぁ……
「いらっしゃい!」
「はーい、こんにちわてんちょうはん!わえがきたったでー」
「……なんだ、お前かユズリハ。
うちは何言われても鐚一文まけんから帰れ!」
アーネさんは店に来たことで楽しくなったのか、元気よく声を出しながら入店していく。
しかし……入った瞬間に赤毛色の短い髪をした強面の男性から、そう怒鳴られてしまった。
ふむ、アーネさんとこの人は悪い意味で見知った顔のようだな……?
「もぉ、ちゃうてぇ!てんちょうはん!
こんかいはわえじゃのうて、この子の武器選びに来やはったんやでぇ?」
「ほーん……お前が客寄越すなんて珍しいな?
……何か裏があるんじゃねぇだろうなぁ?」
少し顔を赤らめながら弁解するアーネさんに、疑いの目を向けるてんちょうさん。
アーネさん、てんちょうさんに全く信用されていないな……
しかし、その態度が気に触ったのかは分からないが、アーネさんは今まで見た事ないような鋭い目を顔に浮かべた。
そして、語気強めに声を荒らげ話し始めた。
「あぁん?!わえは大事な後輩ちゃんのために、腕のたつあんたはんを紹介しようと思ってやなぁ!」
「へぇ!あのユズリハが後輩のためにかぁ!
おい嬢ちゃん、お前相当気に入られてるんだなぁ?」
「……そうなんですかね?」
「おうよ!こいつがここまで人に構ってるのは珍しいぞぉ?」
「アーネさん……!?
私のこと、大事に思ってくれてるんですか?」
私はてんちょうさんの言葉が少し嬉しくて、アーネさんに聞いてみる。
大事に思ってくれてるなんてあんまり思ってなかったから、余計嬉しい。
いっつも嬉しそうにボコボコにしてくるから、おもちゃみたいに見られているのかと思っていた……!
「あ……えーと、だ、大事な……
大事な……
も、もう!てんちょうはん!何言わせんねんなぁ!」
先程まで激昂した様子でてんちょうさんに怒鳴っていたアーネさんだったが、私の言葉を聞くと恥ずかしそうに顔を赤らめててんちょうさんの肩を叩いた。
どうやら痛いところを突かれてしまったらしい。
あのアーネさんがたじたじである。
「ふ、ふふ……ははははッ!わりぃわりぃ!
見た事ない反応だったもんでつい面白くなってなぁ!」
「ほんとあんたのそういうとこ嫌いやわ……!」
「まぁまぁ、いいじゃねぇか!
お詫びに少しだけ安くしてやるからよぉ!」
「ほんとうどすか?!やっぱりてんちょうはん優しいなぁ!」
てんちょうのその言葉を聞くと、アーネさんは態度を一変させる。
殺気さえ感じるような眼力はどこえやら、満面の笑顔で立っているアーネさんの姿がそこにはあった。
なんて変わり身の速さだ……!
「はっはっはっ、ユズリハの心意気に免じて、今回だけ特別にだぜ?ユズリハに感謝しろよ、嬢ちゃん!」
「アーネさん、ありがとうございます!」
あんまりお金を使いたくはないから、本当にありがたい。
それに、大事な後輩と言ってくれたのも嬉しかったし……
そんな理由もあって、私はにこにこしているアーネさんに深く頭を下げてお礼を言った。
「ふふ、いいよぉ?
わえもまいにち楽しませてもろてるからなぁ。そのお返しや」
ん……?
まいにち楽しませて……?
まいにち、魔法と体術でボコボコにして……?
あー……
「やっぱりそういういみでの大事……」
「さ、ながみちゃん!そうとなったら武器えらぼか!
槍の場所はあっちやでぇ!」
「……」
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「ながみちゃん、これとかどう?」
「ん〜、ちょっと長いかもしれないです」
「じゃあこっちは?」
「う……重い……!私じゃ持てませんね……」
「じゃあこれは?」
「うーん……持ち手がちょっとふとい……?」
持ち手に宝石が埋め込まれているような明らかに高そうな槍から、普通の鉄で作られたオーソドックスな見た目の槍まで様々な種類が取り揃えられた鍛冶屋の一角。
───そこで、私とアーネさんはなかなか良いものが見つからずに、長いこと居座り続けていた。
「……ながみちゃんってなかなか歯切れが悪いというか、優柔不断なところがあるんやなぁ?」
「す、すみません……」
少し呆れたようなアーネさんに、付き合って貰ってることへの申し訳なさを感じながら謝罪する。
しかし、買うならばしっかりと自分に合ったものを買いたいし、アドバイスをくれる人がいるというこんな絶好の機会は他に無いかもしれない。
ということで、長いこと悩んでいるのだが……一向にしっくりくるものが見つからないのである。
「なんでやろなぁ……こんなに試したのになぁ?」
「そうですね……」
ここまであったものがないと、少しだけ落ち込んでしまう。
やはり、私に合うようなあまり重くなくて長さもちょうどいい槍は無いのだろうか?
「うーん……そうやなぁ、こうなったら本職に聞いてみよか!」
そんなふうに私が落ち込んでいると、それを見兼ねたのかアーネさんが軽く頷いて私に声をかけた。
そして、カウンターの方に向かって声をあげる。
「てんちょうはん!ちょいと来てくれへん?」
「なんだユズリハ、買うもんは決まったのか?」
「いや、それがなぁ?ながみちゃんに合う槍が見つからへんねん!
───だから、あんたのアレを借りようおもてなぁ?」
「はーん、そういう事か……
いいぜ、嬢ちゃんに合う武器を見つけてやろうじゃねぇか!」
「えっと……店長さんが私の武器を見繕ってくれるってことですか?」
てんちょうさんの……アレとは?
私は会話の内容が理解出来ず、何やら話しているふたりに疑問を投げかけた。
「うーん、ちょいと違うかなぁ?
……まぁ、てんちょうはんの言う通りにしとったらすぐわかるから!心配せんといて!」
「は、はぁ……」
何もわからなかった……が、アーネさんが言うには、てんちょうさんの言う通りにしておけばいいらしい。
どこからか持ってきた大きな四角形の紙のようなものに、変な模様を描いているてんちょうさんを見ながら、私は思わず首を傾げた。
「これをこうして……と。よし準備できたぞ!」
人が一人入れるくらいの紙に円を描き、その中に複雑な模様を描いていたてんちょうさんだったが、最後にその紋様の中心のような場所へ何かの粉を軽くかける。
どうやらこれで準備が完了したらしい。
粉をかけたら完成なんて、揚げ物みたいだな……
「嬢ちゃん、こっち来な」
てんちょうさんはそんなことを考えている私を手招きして、円の中心へ座るように促した。
うーむ……粉をかけた上に座るのか……まぁ、別にいいが……
「ここに座ればいいんですね?」
こくりと頷くてんちょうさん。
それを確認して、私は言われたままその中心部に腰を下ろした。……やっぱりさっきの粉で足がざらざらするな。
粉の位置とかもうちょっとどうにかできなかったんだろうか?
「さて嬢ちゃん、お前の名前はなんだ?」
私が足下の粉に四苦八苦していると、てんちょうさんがいきなり私に問いかけてきた。
なんだなんだ、藪から棒に質問を始めて……!
ちょっとびっくりしたじゃないか……!
「えっと、永巳 叶夢です」
私はビクッとした心臓を落ち着かせて、てんちょうの質問に答える。なんてことは無い。この程度の質問なら簡単だ。
「年齢は?」
───なっ……女性に年齢を聞くとは……失礼な……!
そういうのはもっとこう、手順を踏んでからだなぁ……
「23です」
そんなことを思いながらも、平然とした顔で答える私。
ふっ。私は大人だからな……少し失礼だと思っても口に出さないのだよ!
「種族は?」
───種族……?
根本的な定義でいえば……ヒト、もしくは人間……?
もっと詳しく言うならばヒト亜族に属する動物とか、ホモ・サピエンス……?
いや、でもこの場合は……
「ステータスで言うなら人族?」
「得意な魔法の属性は?」
あ、次の質問に進んだ……どうやらあってたらしい。
私は少しほっとしながら、次の質問の内容を答える。
「……火かな」
私は今のところ火魔法しか使えないからな。当然である。
……そういえば、最近は火魔法使ってないな。
今度攻撃に転用するための練習でもしてみるか。
「ふむ、じゃあ好きなものは?」
「ふとん」
これはもう分かりきっている。即答案件である。
これ以外の答えなんて浮かばないぐらいには好きだ。
───いや、好きなんてものじゃない。私の人生である。
「?……まぁいい、次が最後の質問だ」
てんちょうは私の言葉に初めて疑問を抱いた様子を見せながらも、最後の問いを口にする。
「お前が、最も大切にする信条はなんだ?」
あー……最近、よく考えることじゃないか。
これも、ふとんと同じくらい理解している。
「自分の力だけでも生き残れるようになる……ですかね」
───しているが、あまり大きな声では言えないな……
そう思って、私は少し小さな声でその答えを口にした。
「そうかそうか、いい信条だ!」
しかし、自信なさげな私に対して、てんちょうさんは私の答えが気に入ったのか、にっこりと笑って頷いた。
どうやら、てんちょうさんの中にある何かに響いたようだ。
「……さてと、これで全ての工程が完了した!
ナガミ・カナムの魂の肩書きとその色、そして魂に誓った願いの情報を手に入れることができた!
よって、俺の身に宿っている『鍛錬を司る神の加護』の力、アイレン・アキザの名に於いて行使するぜ!」
『鍛錬を司る神の加護』
てんちょうさんはそう言うと、私が座っている大きな紙に両方の手を触れさせて目を瞑る。
なにかに必死に祈りを捧げるように、強く目をつぶっている。
───すると……いきなり、大きな紙に描かれていた円形の紋様が光り輝き始めたのだ!
「な、なんだこれは?!」
光はその円の上にかかっていた粉を媒介として動き始め、店の中を自由自在に飛び回る。
そして、各々の光の粒が店にあった武器たちへと吸い込まれるようにして消えていった。
「ふぅ……終わったな」
「な、なにが起こったんだ……?」
「まぁまぁ、落ち着けよ。今から説明するからよぉ……」
私が唖然としてその光景を眺めていると、てんちょう……
いや、アイレン・アキザさんが説明するといって私を窘めた。
「俺はなぁ、神に認められた鍛冶師なんだよ」
「神に認められた鍛冶師?」
なんだその自己肯定感の激しい肩書きは?
そう考えた私は思わず訝しげな顔をする。
すると、おそらく自分でもそう思っていたのか、私の顔を見て弁明するように詳しく話し始めた。
「……まぁ、しっかりと説明するなら【鍛錬を司る神の加護】っていう加護スキルを生まれながらにして持ってた人間なんだ」
「でだ、そのスキルのおかげでな?
ある条件を満たせば、周囲十メートルにある対象に最も適した武器がわかるんだよ」
適した武器がわかる……
「わかるって、どんな風にわかるんですか?」
あんなに綺麗な光の粒が飛んで行ったのだ、きっと見え方も相当綺麗なんだろう。
私は期待を込めながら聞いてみる。
「───適しているものほど、光る!
これは俺以外でも見えるから、わかりやすいぜ?」
あ、割と単純な感じて光るのか……まぁそんなものだよな……
「へぇ〜……便利なスキルですね」
「あぁ、鍛冶師やるならすごく使いやすいな!
と、そんなことより……」
私の言葉にぐっと親指をあげた後、楽しそうに周囲を見渡すアキザさん。
おそらく光を見ているのだろう。
私もアキザさんを追いかけるように周囲を見渡す。
「ナガミに一番あってる武器は……」
目の前にある槍のコーナーだけでなく、店の壁にかかっている宝石の着いた剣、白い刃先を持った美しい斧、果ては天井から吊り下がっていた円形の盾までもが幻想的に薄く光り輝く中で……
───それらを軽く凌駕するほど、眩しく光り輝くひとつの槍がそこにあった。
それは、ショーケースの中に大切に仕舞われた、"前に一度見た事のある槍"だった。
普通の槍とは違って、昔のヨーロッパで使われていたグレイヴという武器のような形をしている。
全長は穂先合わせて150cmほどで、蒼色の持ち手に白の美麗な装飾の成されたしっかりとした柄に加え、30cmぐらいの青龍刀のような形の穂先がついている。
私は、思わずその槍の名を口にした。
「「【蒼霊の槍】……」」
そんな私の言葉は、アキザさんの鬱々としたような声と混じりあって店の中に消えていった。
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