第三十九話『お話』
「ようやく着いたなァ……とりあえず、コイツら縛ったらメシ食うかァ!?」
「そう、ですね……」
ザック先輩のあとを追うように、ギルドの目の前へと歩いていく。
道中何度かザック先輩が話を振ってくれたが、人に泣き顔なんて見られたのは久しぶりだった……いや、ルフ以来だったため何となく気まずくて、顔を見て話すことができない。
そのせいで、話は全然弾まなかった。
それに……ギルドにはルーチェさんが待っているとの事。
そうなってくると、あんなに大見得を切って戦いを引き受けた割に全身ボロボロで、目も少し腫れている自分の姿が少し恥ずかしい……
合わせる姿がないなぁ……
そんなことを考えながら、いつもよりちょっと静かなザック先輩の後ろに隠れるようにしてギルドの中に入った。
───キィ……と鳴く扉を開ける。
すると、もう既に深夜を回っているというのに、ギルドの中にはルミネさん、ルーチェさん、そしてルフが食事場所に座っている姿が見えた。
扉から見える場所に座っている所を見るに、おそらく私の帰りを待ってくれていたのだろう。
……だが全員お通夜のように暗く俯いていて、凄まじく話しかけずらいオーラが漂っている。
遠くからでもため息が聞こえてきそうなその雰囲気に、私はどうやって近づこうかと思い悩んだ。
「ながみィ……行ってこい!」
「え……あっ、ちょっとザック先輩……!」
しかし、私が躊躇していると、後ろからザック先輩に押されてみんなの前に躍り出る。
そして、ガタッと倒れそうになりながら出てきた私に、お通夜状態だったみんなの目が注がれる。
「ただいま〜……」
私はその驚いたような目を受けて、生きてみんなとまた会えた喜びと、心配させたことへの後悔やら申し訳なさの混ざったような、なんともいえない感情でその言葉を口にした。
「ながみ様……?」
「なぎゃみ……!」
「えっと……ただいま……ッて、うわっ!」
瞬間、私に飛び込んでくるルフとルーチェさん。
いきなり突撃された私は二人を抱えるように後ろに倒れ込んだ。
「なぎゃみっ……!よかった……よかったぁ!」
「ながみ様、よくご無事に戻ってきてくれました!わたし、ほんとうにしんぱいでッ……!」
「ぐっ……ちょっ、苦し……」
ボロボロの体が……!圧迫されてめっちゃ痛い……!
「2人とも!ながみさん怪我してるから!一旦落ち着いて!」
痛みで血の気が引いていた私を助けるように、ルミネさんが二人に声をかける。
それを聞いたルーチェさんはハッと我に返り私から飛び退いた。
「あ、ごめんなさい……!」
申し訳なさそうに謝るルーチェさん。
だが、それとは対照的に、ルフは私から離れる様子はなかった。
むしろ、より一層私にしがみつきながら、うるうるとした瞳を私に向けた。
「うぅぅ……なぎゃみぃ……!なぎゃみぃ……!
しんじゃやだぁ!もうひとりはやだぁ……おいてかないで……!」
「ルフ……」
「うぅぅぅぅぅ……!」
いつも感情をあまり出さないルフが、目に大粒の涙をためて泣きじゃくる。
私はのしかかるようにしがみついているルフの頭を、優しくゆっくりと撫でた。
「ごめんな、心配かけて……」
「うぅぅ……ぐす……」
「もう、心配かけないから……強くなるから私……」
私のために泣いてくれているルフを見て、思わずその言葉が口をつく。
「だから……次からは泣かないでくれ……!」
ルフの泣いてる顔なんて、見たくない。
……そう思って口にしたのだが、帰ってきた返答は、意外なものだった。
「やだ……」
「……え?」
「つぎからわたしもついてく……うぅぅ」
そう言って、私の服をクシャクシャにするルフ。
とても悲しそうだし、出来れば一緒に居てあげたい。
だが……
「それは……無理だよ……」
さすがに、それは危険すぎる。
少し前にルフのことは対等に扱うと決めたが、危険だと分かりきっていることをさせる訳にはいかない。
対等だからこそ、させられないのだ。
「ついでぐぅっ……!」
「いや、でも」「でもじゃないっ!」
「だって」「だめッ!なぎゃみがしんじゃうからだめっ!」
「……し」「だめ……!」
「わたしもつよくなるからぁぁ……!」
ルフはそう言って、わんわんと泣き始めてしまった。
今まで見た事がないぐらい泣いている。そりゃあもう大号泣だ。
「うわっ……!ルフごめんな?!本当にごめん!!!」
私はいきなりのことに驚いて、咄嗟に謝ってしまった。
な……なんて優しくて、なんて頑固なんだ……!
声はそこまで出てないが、聞いてるとすごく悲しくなるような助けてあげたくなるような泣き声をずっと響かせている。
必死に泣き止まそうとその方法を模索するが、何をしても全然泣き止まない。
こうして私はルフが泣き疲れて寝るまで、ルフにしがみつかれながら過ごすのだった。
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「よ、ようやく寝てくれたか……」
ふとん召喚で呼び出したルフ専用ふとんに、抱いていたルフをゆっくりと寝かせる。
目の辺りを赤くして眠っているその姿は、どこか心細そうな表情をしている。私はそんなルフの隣にへたり込むと、ゆっくりと息を吐いた。
「ながみ様、お疲れ様です」
少しの間ぼーっとルフの顔を眺めていると、頭上から声がかかる。
そして、今度は私の目の前にルーチェさんのお屋敷で飲んだような紅茶が現れた。
「すまない……ありがたく頂くよ。ルーチェさん」
「いえいえ、わたくしのために体を張ってくれたのですから。
これくらい当然のことですわ!」
ルーチェさんが持ってきてくれた紅茶を一口飲む。
渋みがなくほのかに甘い香りのする、飲みやすい味だった。
───紅茶の水面に、私の顔が映る。
覇気のない、疲れきった顔。
それにどこでついたかは分からないが、少し血がついていた。
それを眺めながら、言わなければいけないと思っていた言葉をぼそりと呟く。
「……ルーチェさん、心配かけてごめん」
「そんな、あなたのお陰で……」
「私……色々体験して、ルミネさんにも偶然勝って……強くなったと思ってた」
「……」
下を向いた私を見つめて、押し黙るルーチェさん。
私はそんなルーチェさんに続く言葉を呟いていく。
「だから、私だったら助けられるって……一丁前に大口叩いて……」
「でも、わたくしはしっかりと守ってもらいましたわ……?」
ルーチェさんは私をフォローするように、そう言葉をかけてくれる。優しい人だ。
「うん。ザック先輩にも言われたよ。『お前は、しっかりと護衛依頼をこなした』って……」
「それなら!」
「だけど、それは……私が許せない」
ザック先輩の言葉に同調したルーチェさんの顔を見て、今度はぼそぼそと話すのではなく、はっきりとそう発言した。
ルーチェさんは真面目な顔で、私を見る。
そして、それに返すように私は話を続けていく。
「……今回は、完全に私の見通しが甘かった。完全に調子に乗ってた」
ルーチェさんの言った通りセラヒムは完全に私の手には負えなかったし、シン達が来るまで耐えられると思っていたのに結果はギリギリだった。
ザック先輩が私の元に来てくれたように、シン達の元にも他の冒険者達が行って戦闘後のシン達を助けてくれたらしいが、私の作戦は一歩間違えれば彼らも殺していた。
「確かに、ザック先輩の言う通り、今出せる全力の力は出せたのかもしれない」
事実、ダーレスとセラヒムは捕まえたし、護衛対象のルーチェさんも死ななかったし、犠牲は一切出なかった。
出たとすれば民家の壁とか、舗装道路とか、そのぐらいだ。
「でも、もっとやり方があったと思うし、実際もう少し準備期間を持たせてもっと実力のある人と一緒にやれば、きっと心配をかけるようなことにはならなかった」
そう、最初からザック先輩でも、違う冒険者でも、誰でもいいから協力を仰げば良かったのだ。
「私は、自分の力にかまけて、色んなものを蔑ろにした」
仲間の信頼も、大切な人も、自分自身も……
「私は、ここに来た時、誓ったんだ。
自分の力で生き残れるくらい、強くなるって……」
脳裏に浮かぶのは、初めて異世界に来た日の夜。
緑の魔物に襲われて、痛くて、怖くて、大切なものすら失いかけて。
……だから、私はふとんの中で、大切なものの中で誓ったのだ。
強くなると。この世界を生き残れるぐらい、強くなると。
「それがどうだ。三度も死にかけた。三度も助けてもらった」
一回目は、セラヒムの初撃で、ルーチェさんに。
二回目は、セラヒムから逃れる為海へ落ちた先で、ヌルに。
三回目は、ダーレスを助けに来たセラヒムの攻撃を、ザック先輩に……
勝てばせずとも、死ぬことは無いとタカを括っていた相手に、三度もやられかけたのだ。
「あの日の誓いは、こんな風に、自分を過信するためのものじゃない」
───私が前へ進む為の、大切なものだ。
「こんなんじゃ、私は、私を認められない」
───認めたら、私は。
「私が、私を許さない」
───許したら、私は。
「私は、私は自分では無くなってしまうのだよ」
ルーチェさんは私の言葉を、しっかりと私を見て真正面から受け止めてくれているのがわかった。
私は、そんなルーチェさんに小さく笑いかける。
「だからさ。謝罪受け取ってくれないか?」
「次から、心配かけない。だけど、今回は……」
「自らの力を過信し、防げた危険を犯してしまった。
……ごめんなさい」
そう言って、私はゆっくりと頭を下げた。
「ふふっ……!」
少しの静寂の後、ルーチェさんの小さな笑い声が聞こえる。
「ながみ様……あなたって、ルフちゃんに似てますわね?」
「え?」
「ルフちゃんのことあまり知らないですけど、ながみさんが来るまでの間に少しだけお話したんです」
「ルフと話した……?」
私は話の意図がつかめず、内容を反芻する。
しかし、そんな私を気にも止めずルーチェさんは少し楽しそうに話を続ける。
「この年頃の子供とは思えないほどに明晰で、すごく冷静。
わたくしがギルドにやってきて、いちばん初めにやったことが、急いで受付の人を呼んで来ることでしたわ」
……ふむ。さすがルフだな。
人の様子を見ただけで、適切な行動をとるとは。
「切羽詰まった様子の私を見て、緊急事態だと気づいたと言っていました。本当に素晴らしい動きでした。
でも……わたくしが焦って、受付の人に『ながみ様が危険なんです!』って言った途端、何故か『なぎゃみは10時に帰ってくる』って……」
……仕事、10時に終わるって言ったなぁ……そういえば。
「それからは『なぎゃみは10時に帰ってくる』の一点張りで……で、実際に10時回ったら、次は『あの時計壊れてる』って言ったんですよ?」
……
「それでわたくし、この子はすごく貫いてるというか、強情というか……そんなふうに思っていたんですけど、さっきの貴方の姿を見て納得しました」
思い出すように目をつぶっていたルーチェさんは、ひとつ頷き、そして目を開ける。
「自分の信じたものを貫き通す……お二人共、凄く似てます!」
「なので……そんなお二人の信念に免じて、今回はその謝罪を受け入れます。ですが……」
「───次、心配かけたら許しませんよ???」
そう言って、にこりと笑うルーチェさん。
これは……完全な意趣返しだ。
私が無理矢理我を通そうとしたことへの意趣返し……!
「あ、えっと……はいっ!」
私はその笑顔の裏にある静かな怒りの炎に、怯むようにして声を出した。
彼女は、私に対して感謝したい自分を押し殺されたことに、相当怒っている……!
お前ら、強情なのもいいけど、こっちの事も考えろよ……?
という感情がありありと伝わってくる……!
その感情を正しく読み取り、戦々恐々とした私の顔を見てルーチェさんはもう一度笑った。
「ふふふ……次はありませんよ?」
「すみませんでした……!」
私はその満面の笑みを見て、シン並の土下座を急いで繰り出すのだった。
「次からは、こんなことないように、気をつけるよ……!」
そう、次はないのだ。
私はもう、誰も心配させないのだよ。
そんなことを思いながら、私の長い長い夜は更けていった。
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