第三十七話『信頼』
「ながみ〜?けがしなかった〜?大丈夫〜?」
そのにゅるにゅるした体で私を抱きしめるように包み込みながら、私の頭の上から顔を覗かせるヌル。
どうやら、私が水面に落ちる前にヌルがそのからだで受け止めてくれたようだ。
「あぁ……ヌルのおかげで、怪我しなかった。
……本当に助かったよ。ありがとう!」
私は死ぬかもしれなかった恐怖による動揺を隠すように顔を俯かせたあと、ヌルの顔を見て感謝を伝えた。
すると、ヌルはふにゃっとした笑顔を作って嬉しそうに口を開いた。
「別にいいよ〜?ともだちをたすけるのは当然だからね〜」
「お前……すごい良い奴だな……!」
「えっへん!もっと褒めてもいいよ〜!」
「うん、ほんとに助かった。心の底から感謝するよ……!」
私の心の底からの感謝を受けて、ヌルは照れたように体をよじらせる。それに合わせて、私を包んでいるヌルの体がにゅるにゅると動いた。
「……と、それにしてもあの高さから落ちてきた私を、よく受け止められたな?」
「えへへ〜!ボク、人をキャッチするの得意なんだ〜!」
私が、上空からゆっくりと降下してきている【魔法の絨毯】を呆然と見ながらそう質問すると、ヌルは少しはにかみながらそう答えた。不思議な特技である。
「そうか……他の皆はどこに居るんだ?」
「ん〜……向こうの港付近で戦ってるよ〜?」
ヌルが指さした方向を見る。
そこには先程私の後を追うように海に落ちていったはずのセラヒムが、シンとアーレ君のふたりと戦っているのが見てとれた。
「ッまずいな!
ヌル、今すぐあそこに向かえるか?」
シンもアーレ君も強かったが、あの身体能力お化けに勝てるとは思えない!
私よりかは持つだろうが、それでもこのままでは負けが濃厚である!
「行けるよ〜!ながみも一緒にくる〜?」
「あぁ、私も……いや、私を少し離れたところに置いて、ヌルがあの二人を助けに行ってくれないか……?」
私はヌルの問いかけに首を縦に振りそうになるが、すんでのところで踏みとどまった。
いくら二人を助けたいとしても、今のMPが枯渇した私では二人の助けにはなれない。
ならば、残った12MPで撃てる最後の一撃を、離れたところから狙った方が賢明だ……!
それに……もしかしたら、どうにか出来るかもしれない!
「わかったよ〜!じゃあ行くね〜!」
ヌルは私が申し訳なさそうにそう言うと、何も考えていないような笑顔で頷き動き出した。
割と早い速度で滑走するように水の上を動き、目的の場所に向かっていく。どうやらヌルの体は水と混じらないようである。
少しの間ヌルの体に包まれながら水上を移動し、シン達とセラヒムが戦闘している場所から少し離れたところに私は降り立つ。
「じゃあ、行ってくるね〜!」
「あぁ!あいつはすごく強いから気をつけろ!」
「うん、ありがと〜!」
手を振りながらぴちゃぴちゃと駆けていくヌルを見送る。
心配だが、ふとんを召喚できない私がどうこうできる問題ではない。
そんなことよりも今はできることをしよう。
私はとりあえず、ヌルの体でぬるぬるになった服を軽く絞ると、目的のものを見つけるために移動を開始するのだった。
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「おい、セラヒムッ!こっちに来い!」
ながみとセラヒムが戦闘している時間を使って、ようやく【掛け布団】から抜け出したダーレス。
彼は頭を抱えながら起き上がり周囲を見渡すと、海面にいるセラヒムに向かって焦ったように叫んだ。
「早くしろウスノロめッ!」
その言葉を聞きダーレスの方へ向かっていくセラヒムに、急かすように罵声を浴びせる。
後ろを確認しながら、焦ったように唾を飛ばしているその姿は、とても司祭とは思えないだろう。
しかし、どことなく焦っているのには理由がある。
それは、先程まで手下の信者たちが戦っていた前方の路地から、二人の冒険者がやってきたせいである。
そうなると、焦るのも無理はない。
ダーレスはあの戦闘の中心から逃げ出してきたため、その強さを身に染みて知っているからだ。
「ダーレス様、遅れて申し訳ございません」
「わかった、わかった!謝罪はもう良い!」
「それよりも、お前は近づいてきている冒険者を儂から遠ざけろ!」
「御心のままに」
無表情で頭を下げるセラヒムにダーレスはそう命令する。
そして、セラヒムが冒険者に突撃して行ったのを確認して、それとは反対方向へと走り出した。
───要するに、逃げたのである。
ダーレスは憎々しそうに歯を食いしばりながら、海岸沿いを走っていくのだった。
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【アーレ視点】
「───複合魔法【マッドロック】!」
シンに目掛けて真っ直ぐ突っ込んできている、全身が濡れた男に対して得意とする魔法を放つ。
しかし、男はさも平然のように空中へ跳び上がり、我の魔法を回避すると、その落下する力で重い掌底打ちを繰り出しこちらを翻弄する。
「くっ……!アーレ!大丈夫ですか!?」
「アホ!攻撃を受けたのはお前だ!
……今は我のことより、戦いに集中しろ!」
我は敵がシンに行った掌底打ちの衝撃波で軽く吹っ飛びそうになるも、発動していた【マッドロック】を防御に使うことによりギリギリで踏みとどまる。
それを見て、心配そうにこちらを振り向くシンに軽く怒鳴ると、我は怪我がないことをアピールした。
「分かりました……この方相手だと拙者も余裕が無い故、その言葉有難く受け取らせて頂きます!」
シンはそう言うと、殺気の籠った瞳でこちらを見てくる男に斬りかかっていく。
シンと敵は凄まじい速度で戦闘を繰り広げながら、我から離れていった。どうやら、シンが遠くに誘導してくれたようだ。
しかし、まさか【マッドロック】が初撃で避けられるとは。
【マッドロック】は土、水、風魔法で大地を動かして火魔法で急速に固めるというかなり無茶苦茶なことをして成り立っている我の大技だ。
それを初見で回避するなんて……
先程合流したルーチェ・ゼーヴィント様から、彼は相当な手練だと聞かされて来たが、まさかこれ程とは思っていなかった。
───全く、ヌルはいきなりどこかに走って行ってまうし、助ける対象のながみは居ないし……どうなってるんだ……!
「ふっ……貴方強いですね。では、拙者も少し全力を出します」
敵と戦っていたシンはそう言って、敵と少し距離を開けたかと思うと剣を鞘に納めて腰を引くような体勢をとった。
敵はそんな無防備なシンに容赦なく近づいて攻撃しようとする。
「───【代一陣・龍闢】ッ!」
しかし殴られそうになったその瞬間、シンは納めていた剣をスっと引き抜き敵を斬りつけた。
その速度は我に知覚できる範囲を超えていて、見えたのは剣を引き抜く瞬間と振り抜いた後の状態のみ。
そして、振り抜いた刃を見てみれば、シンの髪と同じ色のオーラが纏われていた。
「ダーレス様の……邪魔をするな」
「うっ……これも避けますか……!」
しかし、そんな凄まじい技でも、目の前にいる敵には効かない。
シンは元の場所に無傷で立っている敵の姿を確認して、たじろいだような様子で苦言を吐いた。
「これは、勝てないな……!
シン、ながみも居ないから、一旦引くぞ!」
我は守る対象のながみが居ないことを確認すると、戦っているシンに声をかける。
我らでは勝てないというのもあるが、戦うにしても逃げるにしても、一度態勢を立て直したいのだ。
「はい、分かりました!」
我の言葉を聞きばっと後ろに下がったシンは、急いで逃げる準備を整えると我を連れて駆け出した。
さすが準備が速い。
シンは戦闘も得意だが、いちばん得意なのは逃げることだからな……
我の手を引きながら後ろへ下がっていくシンを見てそう考えていた。
……そう、我としたことが注意を怠ってしまっていた。
「───邪魔するものは、排除ッ!」
「ッ……!」
背後から我に拳が迫ってきていたのを庇い、シンが吹っ飛んでいく。
そして壁に打ち付けられると、ぐっと声をあげた。
まずい……!
我と彼奴が1対1で対峙する形は、まずい!
我は慌ててシンの元へ走っていく。
が、我の足では追いつかれないわけがなく、すぐさま背後から風を着る音が聞こえてきた。
「死ねぇッ!」
「くッ!複合魔法【マッドロ……」
「───アーレく〜ん!ド〜ンだよ!」
そう言って現れたヌルは、我に迫っていた拳をそのからだで受け止める。
すると、その拳が当たった部分に一瞬ぱっと穴が空くが……しかし、その数秒後には元通りとなっていた。
「ヌル……!」
「アーレくん……!」
頬?を紅潮?させながら我を見つめるヌル。
そんなヌルに、我は……
「お前、どこいってたんだ!?
いきなり飛び出していくなっていつも言ってるだろう?!
どうしてお前はいつもいつも言ってることを聞かないんだッ!?」
我は感謝の言葉を伝えようと思ったが、直前で恥ずかしくなってしまい代わりに激しく怒鳴ってしまった。
「あぁん!アーレくんひど〜い!そこは褒めてもいいじゃ〜ん」
「う、うるさい!それより、今はこいつを何とかするぞ!」
命を助けて貰ったというのに、感謝の言葉すら言えない自分が嫌になるが、今は自己嫌悪をする時間ではない。
我は水魔法を使い、いつもヌルの攻撃用に出すものより大きい【水球】を、いつもより大量に作りだした。
「ヌル、今日は大盤振る舞いだ!あいつに全部ぶつけてやれ!」
「え!?いいの!?やったぁぁあッ!」
ヌルは半狂乱レベルで喜ぶと、そのからだをぷるんぷるんと震わせながら飛び跳ねた。
……まぁ喜ぶのも無理はない。ヌルは遥か東洋の地に住む水の精霊族の末裔で、その中でも特に精霊の性質を継いだ特異な存在である。
元々魔力だけの存在であった精霊の特質が色濃く出たせいで、元々の肉体の形状を保とうとする魂と、変異しようとする魔力が混じり合い、【半魔力体】なんていう不思議な体を持ってしまったのだ。
そのせいで、MPを消費してしまう魔法はどれだけ願っても使えないし、加えて精霊の性質として魔力を操ることに至極の喜びを感じるというものがある為、常に魔法を使いたくてしょうがないのだ。
だが、魔法を使うというのは自らの魂を使うに等しい。
MPを消費してしまえば、ヌルは死滅してしまう。
だから、ヌルはどれだけ望んでいても魔法を使えないのだ。
「ながみにもたくさん褒められたし、こんなに精霊さんたちと遊べるし……今日はいい日だ〜!」
そう言って、ヌルは空中に浮かんだ【水球】を全て同時に、完璧な魔力操作で操りだした。
彼女はMPの総量が多いのにそれを魔法に使えないという、確かに残念な性質をした人間かもしれない。
しかし、そんな彼女には、一つだけ最強になれる方法がある。
それは……
「さぁ、アーレ君の水妖精さん!あの人を倒しちゃえ〜!」
───魔力の操作をしている時、特に水の魔力を操作している時に限り、ヌルは、絶対に負けることは無い!
ヌルのもとに集まった【水球】は、一つ一つの【水球】に意思があるかのようにそれぞれ動き回ると、目の前にいる敵と対峙するように寄り集まりぐにゃぐにゃと拍動する。
「わぁ〜!アーレ君、すごいよ〜?!ほんとうにたくさん動かせるー!」
「当然だ。我の残り魔力のほぼ全てを使ったからな!」
「そっか!じゃあボクもがんばっちゃうね〜!」
その掛け声とともに、寄り集まった水球たちは大きく蠢き始めて、寄り集まった水球を核にするようにその形を変貌させた。
高さ10メートルはあろうかという程の巨大な身長。
一発でも喰らえば潰れてしまうこと間違いなしの剛腕。
全てを受け止めるであろう最強の水の肉体。
あまりにも規格外なその存在に、ヌルはぱっと笑顔になって命令した。
いや、恐らく命令と言うよりかは……
「さぁ、水の精霊ちゃ〜ん♡ボクと一緒に遊びましょ〜!」
たぶん、遊びの感覚に近いんだろうな。
ヌルがその言葉を口にするとその凄まじい剛腕が、目の前の敵めがけて振り下ろされるのだった。
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