第三十六話『規格外』
民家の壁がぱらぱらと崩れる。
やはりセラヒムの攻撃は相当なものだったようで、壁には大きなヒビが入っていた。
民家の壁に心の中で謝りながら、私は地面にへたりこんでいる状態からぐっと体を起こしルーチェさんの前へ出た。
「な、ながみ様!1人で戦うなんて無理ですわ!
一緒に逃げましょう!?」
「いや、それは無理だ。あいつは絶対に逃がしてくれない」
焦ったように私の手を引こうとするルーチェさんに、ため息混じりに私はそう答える。
こっちに歩いてきているセラヒムの目を見て、絶対に逃がしてくれないと悟ったからだ。
「だから、ほかの皆を呼んできて欲しい。
あいつらが戦っている場所は近いから、そこまで時間はかからないと思う……」
「ですが……!」
「少しの間だけだから、大丈夫!
それと、あいつら皆にこっちに来るように言ったら、そのまま冒険者ギルドに向かってくれ!」
心配した顔で食い下がるルーチェさんに、ぐっと親指を立てた後無理やり背中を押して下がらせる。
心配してくれるのは嬉しいが、これ以上話に時間をかけるときっとあいつの間合いに入ってしまう。
今ターゲットにされてるのはどうやら私だけみたいだし、これ以上近づかれてルーチェさんの方に狙いが移るのは困るのだ。
「……絶対に、生きててくださいねっ!」
その言葉が聞こえたのちに、背後の方向へ走っていく足音が聞こえた。
どうやらみんなの所へ行ってくれたみたいだ。
シン達が戦闘している場所はここからそこまで遠くないから、大体10分もすれば来てくれるだろう。
───それまで、目の前に居るこの男を、止める……
理性の感じられない暗い、しかし、確かな殺気が篭っている瞳をした目の前の男。
今も私の方へとゆっくり歩いてきている彼は、その身にまとった覇気だけで私の心臓の鼓動をバクバクと早めた。
さてと……
「歯ぁ食いしばるか……!」
私はそう呟くと、彼の戦い方を急いで頭の中で想定していく。
まず、疑問点として彼は武器を持たず無手でこちらに迫ってきているところだ。
もしかしたらルミネさんのようなスタイルなのかもしれないが、それにしては些か重装備すぎる。
本格的に無手で戦うのであれば、それこそルミネさんのように体の可動域が広く拳に体重を乗せられる軽装になるはずだし、何より彼は自分のことを"騎士"と言っていた。
ということは、無手は恐らくメインの戦闘スタイルではない。
しかし、それでも知覚できないほどのスピードと威力。
先程の攻撃が奇襲気味だったとはいえ、近づかれたら対処しきれないのは確かだ。
……それに私は元から遠距離特化である。
槍術もあるにはあるが、私の槍術なんて彼の無手の技術にすら及んでいないだろう。
───故に、私のとるべき行動は……
「空中に逃げるッ!ふとん召喚【魔法の絨毯】!」
私は【浮遊】そして【結界】を付与した大きめの布団を召喚すると、それに飛び乗り浮かび上がる。
セラヒムは私をその理性の無い瞳で追うように、ゆっくりと上を見上げた。
とりあえずは、動かなさそうだな……
まだ【浮遊】のレベルが2なので20メートルしか浮かび上がらないが、対人ならこのぐらいの高さがあれば優位は取れるだろう。
しかも【結界】はスキルのレベル回数分【結界】が付与された布団に触れている者のMPを消費して、攻撃を逸らしてくれる。
これによって、下からの魔法攻撃にも防御可能なのである。
空中へと飛ぶことが出来ない者達に対して、相当なアドバンテージを作り出せるというわけだ!
どうだ?
【魔法の絨毯】、最高の魔法だろう!
……え?布団なのに何故絨毯なのかって?
───そりゃあ、空飛ぶ布っていったらアラジンの奴しか思い浮かばないし……魔法の布団にもしようと思ったが、それだと明確なイメージが浮かばないだろう?
魔法はイメージが大事なんだよ!
ということで、苦渋の決断の結果、この名前である!
そんなことを考えながら、ルーチェさんが走っていった方向を見て独り言をつぶやく。
「ルーチェさんももう見えないぐらい離れてるし、このまま意識をこっちに向けさせながら空中からちまちまと攻撃すれば……───ッ!?」
「冒険者よ、死ね。」
しかし、いつの間にか背後の空中に居たセラヒムに、気がつくまもなく拳を振り下ろされる。
「くっ……!」
その拳は私の【空飛ぶ絨毯】に付与されていた結界によってギャリギャリと音を立てながら横に逸れていった。そして、自由落下していくセラヒム。
「もしかして、あの距離をジャンプで……!?」
これは……まずいな。
空に浮かぶ魔法だったらまだしも、素の身体能力で20メートル飛ぶとは……!足の筋肉どうなってんだ!?
私は、いつでも見れるように召喚しておいたステータスを確認する。
───残りMPは……12……!?
ローブの奴らの殲滅に使ったのもあるが、それでも30は残っていたはず……!
ふとんスキルの結界は、受けた攻撃の威力によってMPを消費して攻撃を逸らすスキルだ。
しかし、そのMP消費量は決して多くなく、実験によって相当なダメージを受けても10も減らないことが明らかになっている。
例えば、結界に攻撃が当たった際のMP消費量をリギドさんに手伝ってもらい調べた時、私の一番攻撃力が高い【布団手裏剣】でも最高10MPしか減らなかった!
生物の肉と骨を易々と切断する【布団手裏剣】でも10なのだ!
だと言うのに、20近くも減らすだと?
あの、力の入らないであろう体勢で……?!
私は20メートルの高さから地面に落ちても、ほとんど無傷でゆっくりと立ち上がるセラヒムを見て改めて戦慄した。
最初の攻撃で私が生きていたのは奇跡みたいなものだったんだな……!
「これは……次の攻撃が来たら不味い……!」
私はゆっくりとしか前に進むことの出来ない【魔法の絨毯】を全力で動かして、少しでもセラヒムから離れようとする。
こうなったら海の方へ行くしかない!
海ならば下が地面じゃないから飛び上がれないし、もし攻撃をくらって落ちたとしても最悪水面!
私は泳ぎは苦手だが、地面に叩きつけられるよりかはマシだ!
「……きたッ!」
私はジャンプする体勢を取っているセラヒムを見て、ぐっと体を身構える。
深呼吸をして頭を回す。
───よし、オーケー……作戦は整った!
セラヒムがギリギリまで私に近づいて、攻撃をしようとした瞬間に後ろに飛ぶ……!これしかない!
なぜなら、次に結界で攻撃を受けてしまえばMPが0になって一歩も動けなくなるッ!
そうなれば、私が1番嫌な溺死ルートである!
くそっ!
溺死、お前とは何故か縁が深いな?そろそろ絶縁したいよッ!
「───殺すッ……!」
「クソがっ!こうなったらもうやけだ!飛べぇぇぇぇえッ!」
今度は前から飛んでやってきたセラヒムの姿を視認して、私は考える間もなくばっと空中に体を投げ出した。
それと同時に、急いで着水体制をとる。
完全にテレビの見様見真似ではあるが、それでも無理矢理やるしかない!
だって、訓練していない人間が27メートル以上の高さから水面に着水したら、まじで死にかねないというデータがあるからだ!
今回は20メートルだが、それでも着水時には相当な衝撃があるはず!
いわゆるベリーフロップ、腹打ち飛び込みをしてしまえば、骨折どころでは済まない!
だから、なるべく水面にぶつかる面積を減らすッ!
腕に思っきり力を込めて、身体に着けるように下げるッ!
着水時の衝撃に備えて全身の筋肉に力を込めて固めるッ!
脳裏には昔ネットで見たことのある、スイカを人体に見立てて上空から落とす実験映像が浮かび上がっていた。
スイカは水面に落ちた瞬間、水しぶきを上げて中身をまき散らしていたなぁ……!
はっはっはっー!
……死にたくないいいいぃぃ!
私はそんなことを考えながら、眼下に着々と近づいて来ている水面を見て、覚悟を決めてぎゅっと目を閉じた。
そして、次の瞬間。
「……ながみ、だいじょうぶ〜?」
───思っていた衝撃と違う小さな衝撃と、ぐにゃり、ぬるぬる、ひんやりとした感触。
全身に絡みつくようなその感覚は、空中に投げ出された時のような、無防備のまま危険に晒された感覚とは対照的に、全てを包み込むように私にくっついていて……とても安心する。
「ヌル……?」
「ヌルだよ〜!な〜が〜み〜♡」
その聞き覚えのある声が、体が、ぎゅっと抱きしめるようにして、私の体を包み込んだのだった。
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