第三十五話『罪』
「これが……トップ?」
私にこいつ呼ばわりされたことが気に食わないのか、未だにネチネチと怒っている様子の目の前のおじさんを見て、思わずそう呟く。
命からがらあの大戦闘の中を抜けてきたのか、ローブはボロボロだし汗まみれだし禿げてるし……
どう見てもトップには見えない見た目をしているのに……
「貴様ァッ!なんだその目は?!儂を見下しているなぁ……!?」
私が訝しげな表情でダーレスという野郎を見ていると、ルーチェさんにしていたように唾を撒き散らしながら叫び始めた。
どうやら怒り心頭のようである。
ていうか、撒き散らしてる唾に当たりたくないしちょっと離れよ……
「貴様!なぜ離れるッ!儂は神に選ばれた……」
「ダーレス司祭……わたくしを襲おうとしたのは、貴方だったのですねッ!」
私の方にやってきていたダーレスに向かって、ルーチェさんが問いかける。
すると、ダーレスはギロリとルーチェさんのことを睨み、其方の方へ踵を返した。
「そうだ。儂がお前を襲ったのだ」
「なぜ……何故ですか?!
数年前、わたくしがこの町へやってきた時、子供だったわたくしにあんなに優しくしてくれたというのに……!」
「そのころの儂は馬鹿正直だったからなぁ!
お前のような汚らしい小娘にも手を差し伸べてやったのだ!
この神陽教に巣くう女狐がッ!」
はっ!と見下すように笑い、そうのたまうダーレス。
それを聞いて頭にカチンと来たのか、ルーチェさんは言い返すように口を開く。
「なっ……わたくしはこれまで、神陽教徒として誠実に……」
「誠実であるかなど関係無い!お前の存在自体が目障りなんだよ小娘ッ!」
ダーレスはルーチェさんの言葉に、より一層イライラした様子で叫んだ。
───存在自体が目障り。
その言葉を吐いたダーレスの瞳は、相当な怨みをもった濁った瞳をしている。
そしてそれを裏づけるような、ダーレスが叫んだ言葉の気迫。
その叫びには聞いたものの魂を揺らすような、全てをさらけ出したかのような迫力があった。
「それは、どういうことですか……?」
「わかっていないのならば教えてやろう!」
叫びの真意を問うルーチェさんを嘲るように睨みながら、ダーレスはルーチェさんを襲った経緯を話し始める。
「汚らわしい小娘よ。
今から3年前に行われた、神からの啓示を受け給う儀式のことを覚えているか?」
ダーレスは濁った暗い瞳をルーチェさんに向けて、そう問いかけた。
ルーチェさんは、いきなり落ち着いた口調で話し出したダーレスに困惑しながら質問に答える。
「次の司祭を選ぶための神聖な儀式ですよね……知っています」
「そうかお前のような小娘でも、このぐらいは覚えていたか!
……話を続けよう。儂はその儀式で、神の啓示を受ける大役を任されたのだ!
儂は当時相当な実力と信頼を持った教徒だったからな!」
その理性と狂気が入り交じったような語りを続けるダーレス。
ルーチェさんはその姿に少し恐怖したようすで、言葉を発した。
「そう……ですね。あなたは誰もが感謝するような、とても優秀で優しい方だったと記憶しています」
「そう、誰もが感謝するような、真面目な教徒だった!
実力も、当時の教徒たちの中でひとつ抜きん出ていた!
誰もが、羨む、誠実清廉な教徒!
これを踏まえた上で問う。
……じゃあ、あの儀式で誰が選ばれたかわかるか!?」
ルーチェさんを見ながら、しかし、ルーチェさんでは無い何かを嘲るように言葉を吐く。
「そ、それは、現在司祭として活動している貴方では無いのですか……?」
「ハッ……そうだろう!そう思うだろう!?
誰もが絶対に儂をお選びになるだろうと思っておったわ!」
「ならば……」
「しかし、選ばれたのは……お前だったのだよ、小娘ッ!」
ダーレスは何かを言おうとしたルーチェさんを、声すら聞きたくないとでも言わんばかりに遮ってそう叫んだ。
「神は、長年シーアシラの清廉な教徒としてやってきた儂では無く、あの時成人したばかりだった小娘を選んだのだ!」
「理由は、お前が『太陽神の加護』を持っていたからッ!
儂はそれを知った時、正しく絶望し、神の啓示を偽装して上へ伝えたのだ!」
「あぁ……あぁ妬ましいッ!なぜ、何故儂では無いッ!
何故儂は神に選ばれなかった!?妬ましい……妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましいッ!」
ダーレスは心の内にためていたであろう感情をまくし立て、恨めしそうにルーチェさんを睨みつける。
そして、打ち震えるように発狂し、その拳をルーチェさんに振り上げた。
「それでも、女性に殴りかかるのはどうかと思うぞ?」
私は動揺して動けないルーチェさんを庇うように、そのダーレスの手を掴む。
「……ッ!冒険者ァ!その汚らしい手を離せ!」
「離したら、お前、殴るだろう?」
「煩い!黙れぇぇぇえッ!閃光魔法【聖光線】ッ!」
ダーレスはそう叫ぶと、手を掴んでいる私の頭を撃ち抜くように煌めく謎の光線を放った。
「──ッ、危なっ……!」
私はそれを間一髪で回避して、ダーレスから距離をとる。
ダーレスの撃ち放った光線は、港の地面に直撃して小さな穴を開けて消え去った。
「ながみさん!大丈夫ですか!?」
「あぁ、大丈夫……それより今は……!【探求】!」
私はずっと手を掴んでいた理由の一つである探求を発動する。
思いきり振りほどこうとしてるダーレスに言葉を投げかけて、10秒になるようギリギリまで引き伸ばしたんだ!
だから、いい情報出ろ!
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ロドルフ・ダーレス 性別︰男 種族︰人族
レベル︰22 MP︰120
スキル
〘経︰8〙〘謀︰3〙〘統制︰2〙
2次スキル
〘閃光魔法︰3〙〘祈祷︰6〙〘隠蔽︰6〙〘偽装︰6〙
アウトスキル
〘嫉妬︰1〙
スキルポイント︰12 スキル検索︰
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そこそこのレベルに、そこそこのスキルだな。
あくどいことをやってきたことがありありと分かる様な隠蔽、偽装スキルに加えて、ランクが高そうな閃光魔法と祈祷というスキル。
きっと目の前で魔法を放とうとしている男が、昔はしっかりとしていた証なのだろう。
そして……
「アウトスキル【嫉妬】……?」
「冒険者ァッ!小娘ェッッ!しねぇええッッッ───!」
「あーもう!ルーチェさん、ちょっと時間稼いでくれないか!?」
「分からないけど、わかりましたわ!
任せてください!閃光魔法【聖護壁】!」
私は襲いかかってくるダーレスをルーチェさんに任せると、彼のステータスの中でも特に異彩を放っているアウトスキルなるものを急いで調べる。
どうやら【探求】で出現した他人のステータスはスキルをタップしても詳細が調べられないようなのだ。
だから自分のステータスを出現させて、初めて使うスキル検索︰の欄をタップして、現れたキーボードのようなものでそのスキルの名前を打ち込んでいく。
「しっ……と……これか!」
そうして現れた、ひとつのスキル。
私はそれを急いでタップした。
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〘嫉妬〙
怨嗟の王の器足り得る者に与えられるスキル
『心に孕んだ 暗き炎は 宿主さえも妬き尽くす』
人心掌握、暗き炎の寄生、宿主の操作、《怨嗟》取得
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「案の定ヤバそうなスキルか……!」
私は閃光魔法同士で争っている、二人の戦いに割って入る。
ルーチェさんが出した光の壁をなかなか撃ち抜けないでいるダーレスに、横合いから【掛け布団】を放ったのだ。
「な、なんだこれは!?何をした冒険者ッ!?」
抜け出そうともがいているダーレスを無視して、ルーチェさんの隣に向かう。
怪我をしていないか身体を確認するも、結果は無傷。
分かってはいたが、数人に襲われても返り討ちにした実力は相当なものだったようだ。
「ルーチェさん、時間稼いでくれてありがとう!」
「いえ、大丈夫ですわ!わたくしはながみ様の弟子ですから!」
「いや弟子ではないが……あー、まぁいい!とりあえずあいつを倒そう!」
「はい!わかりました!」
キラキラした目で私を見つめてくるルーチェさんの言葉は、とりあえず後で考えよう!
私は、今も【掛け布団】から必死になって抜け出そうとしているダーレスに投降する様声をかける。
「ダーレス!お前はそこから抜け出せない!もう終わりだ!」
「そうですわ!諦めて捕まりなさい!」
それを聞くと、ダーレスは動きを止めて【掛け布団】の下から私たちを不気味に見つめた。
「……そうだな。もう終わりだ」
「なら、投降するのか……?」
私はそう声をかけるが、私の言葉が聞こえていないかのように、ダーレスはニヤニヤと笑う。
そして、口を開いた。
「儂がこの手で直々に引導を渡してやろうと思っていたが、どうやらそれは成せないようだ……!」
「───おい、セラヒムッ!こいつらを殺せッ!」
心の底から残念そうにして強がりのような内容の言葉を呟くダーレスだったが、突如として、虚空に向かって誰かに指示を出す様に叫んだ。
私はその叫びの意味が分からず、疑問を口にしようとする。
「何を言って……ッ!?」
「ながみさんッ!」
しかし、その疑問を口にする前に、私の体は大きく後ろへ吹き飛んだ。民家の壁にぶち当たって、ばっと肺から空気が漏れる。
私は腹と背中に感じるとてつもない痛みと衝撃に混乱しながら、先程まで私が立っていた場所にいる男に目を向けた。
「だ……だれだ……!」
青を基調とした美麗な装飾の施された鎧。
すらっとした体型ながらも、要所要所にしっかりと筋肉がついているとわかる無駄の無い肉体。
綺麗な薄い色の金髪に、整った顔立ち……そして、光の灯っていない暗い瞳。
「私は、セラヒム。ダーレス様の忠実なる騎士だ」
一目見ただけでわかる、セラヒムから発せられている濃厚な殺気。
こいつ、気迫が違う。
今の私では敵わないくらい、確実に強い!
「セラヒム……?───セラヒム聖騎士ッ!?
たしか彼は、神陽教大司教メレス様直属の聖騎士ですわ!
だとするならば、私たちだけで太刀打ちなんてとても……!」
ルーチェさんは壁に叩きつけられた私に駆け寄ってきて、なにかの魔法を発動しながらそう呟く。
やはり、相当の手練らしい。
ならば……ならば、これしかないな。
「ぐぅ……!
はぁ……はぁ……ルーチェさん……! 」
私は腹に来る激痛を必死に耐えながら、ルーチェさんに話しかける。
「な、なんですか、ながみ様?」
「向こうにいる、他のみんなを呼んできてくれ……!
……ここは、私が食い止める!」
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