第三十四話『冒険者』
「君たち!今だ、かかれッ!」
私の叫びを合図にルーチェさんを襲っているローブの男達を囲む様にして、シン達がそれぞれ待機していた路地裏から現れる。
ルーチェさんはその目に涙を溜めているものの、見た目からして外傷は無いようで、後ろからやって来たシンの元へと笑顔で駆けて行った。
他の皆もローブたちに動く暇を与えないよう攻撃を仕掛けている。ローブたちは防戦一方のようだし、全員大丈夫そうだな。
しかし、きゃっ……!という小さな叫び声が聞こえてきたため慌てて指揮をとったが、ルーチェさんが無事なようで本当に良かったよ……!
大丈夫だとわかっていたのだが、やはり囮作戦というのは心臓に悪い……
「ん、んん……どうやら、【加護布】が上手く働いてくれたみたいだな」
日頃出さないような大きな声を上げたせいか、喉がすごく痛いのはとりあえず置いといて……
これで、今ルーチェさんが肩にかけている新しい布団技【加護布】が有用だということが証明されたな。
「あの【結界】にあんな効果があったとはなぁ……おっと、そろそろ私も追撃に向かわなければ……」
独り言もそこそこに、私はつい先日開発したばかりの対人用非殺傷布団技である【布団弾】をローブたちに向かって打ち出し始める。
「グハァッ!」
「な、なんだ?!───が倒れたぞ!?」
「なにぃ!?どこから攻撃された?!」
───ふふふ……混乱してるな……!
いいぞぉ……もっと警戒しろ〜?
私は不敵な笑みを浮かべながら、眼下にて喚いているローブたちにどんどんと【布団弾】をお見舞していく。
ローブたちは困惑して周囲を見渡し攻撃の源を探すが、残念ながら私は地上にはいないのだよ!
何故ならば私はこの作戦のために、ふとんスキル【浮遊】を取得して一枚の布団と共に空中に居るのだから!
ふとんスキルポイントが12しか無かったから、相当苦渋の決断だった……!
だが、私は散々迷った末に、取得することを選んだのだよ!
はっはっはっはっはっ!
「何処だ!何処にいるんだ!」
「余所見していると、危ないで御座いますよ?」
「なっ……ぐはぁッ!」
私の攻撃がどこから来ているかを探そうとしていたローブを、携えていた刀のような武器で切り捨てるシン。
その音もなく抜刀する技術は凄まじいものであった。
変な性格はしているが致命傷を避けて敵を倒している辺り、どうやら実力は本物のようである。
そして、他のふたりも……
「しねぇいッ!」
「わぁ〜!一名さまいらっしゃいだよ〜?」
「なっ!体が埋まって!?は、離せッ!」
「ぎゅ〜ってしてあげるね〜?」
「や、やめ……ゴボぉ……!や……!」
ヌルに斬りかかっていったローブの一人が、私溺死未遂事件の時のようにヌルの身体に埋まっていく。
ローブは抜け出せない上に息ができないという苦しさに、あおい顔をしながらもがいているようだ。
ヌルはそれを見て、嬉しそうににこにこと笑っていた。
うんうん……辛いよな……!わかるよローブ君……!
私もそれを喰らった時は、本当に死を覚悟したからな……
しかし……可愛らしい笑顔で、あんなに惨いことを……
ヌル……恐ろしい子っ……!
「おい、ヌルッ!ちゃんと戦え馬鹿がッ!」
ヌルの中に居るローブが本格的に白目を向き始めた頃、ヌルの後頭部をパチンと平手で叩く影があった。
言わずもがな救世主君である。
彼は叩かれてもなお笑顔のままでいるヌルを叱りつけると、その中に居た人を引きずり出す。
そして、その安否を確認し、無事だったようでふぅとため息をついた。
たとえ悪い人だとしても死ぬのは見ていられないのだろう。
なんてったって、アーレ君は優しいツンデレショタだからな……!
「え〜……だってボク魔法使えないし」
「あぁーッ!もうッ!ほら【水球】ッ!」
ヌルは叱りつけてくるアーレ君に、不満そうな顔でそう答える。
アーレ君はそれを聞き、イライラした顔をしながら手を前に突き出し魔法を発動した。
「これでいいだろ?!はやく殲滅しろッ!」
その言葉と同時に、空中にバスケットボール程の水の球体が幾つか出現する。
それはふよふよと空中を揺蕩うばかりで、何の攻撃にもならなさそうなものだった。
しかし、ヌルはそれを見て、嬉しそうに笑顔を浮かべアーレ君に抱きついた。
「やったぁ〜アーレ君の水魔法だぁ〜!頑張るね〜?」
「ほんッとうにもうお前と組むのヤダッ!マジでヤダ!」
「照れちゃって〜!」
「あぁぁぁぁッ!複合魔法【マッドロック】ッ!!!」
相当イライラしたのだろう。
アーレ君は顔を紅潮させながら叫び声をあげると、八つ当たりのようにローブの人達に向けて魔法を発動した。
それを受けたローブの人達はたちまち動きを止めていく。
彼らも必死に動こうとしているが、誰一人として動くことが出来ないようだ。
例えるならば、まるで地中にいる何かに足を掴まれたように身動きがとれないようだった。
「ふふふ〜♪︎アーレ君の水精霊ちゃんたち〜?
あの人たちを流しちゃえー!ざぶーんだよ〜!」
ローブたちは何故止まっているのか?と思って私が観察していると、そこにヌルが追撃をしかける。
ヌルは空中に浮かんでいる【水球】に一言二言笑顔で話しかけると、アーレ君の魔法で動けないローブ達に向かって指さした。
───すると、先程までただ空中を揺蕩うだけだった水球がいきなり暴れだす。
水球は中から無数の針が飛び出しているかのような形を取り、まるで意思があるように空中を飛び回ったあと、すっとその身を静止させる。
そして、さながら鞭のような形状の水の触手をその身に生やすと、凄まじい速度でもって動かないローブ達に迫っていく。
回避のできないローブ達は、当然その水の触手を受ける訳だが……
「───うわぁあぁぁぁぁぁぁああッ!?」
───バチンッ!という音と共に、立っていたローブ達は一瞬にしてぶっ飛ばされて、路地の対面方向にあった海の中へとダイブさせられていた。
うん……ヌルは加減というものを知らないね……?
アーレ君とシンの戦法も素晴らしかったが、それを見た上で、このパーティでの最強は彼女であると言わしめるほどの威力と恐ろしさをもった一撃だった。
あれを食らったら怪我程度では済まないだろうなぁ……
私はひきつる頬を抑えながら、そう考えるのだった。
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「ルーチェさん、大丈夫だった?」
ひとまずここは任せても大丈夫。
みんなの戦いぶりを見てそう確信した私は、後ろの方で目を丸くしながらみんなを見守っていたルーチェさんの元へと降り立った。
そして、私が後ろから声をかけると、ルーチェさんはビクッと肩を揺らして私の方に振り返った。
「……ながみさん?今、一体どこから来ました?」
「あぁ……えっと、空から来ました」
訝しげな表情でそう問いかけてくるルーチェさんに、なんて答えればいいかが分からずちょっと考える。
しかし、嘘をつくのも嫌だし、妥当な答えを考えるのも面倒くさくなって本当のことを答えた。
「空中から……やはり、やはりそうだったのですね……!」
「やはり……?」
あ、なんか嫌な予感がするな。と思った時には時すでにお寿司。
「やはり、ながみ様は高位の魔術師なのでしょう!?
───それならば、わたくしを弟子にしてくださいまし!」
このように、回転寿司の新幹線もびっくりの速さで面倒事が降り掛かってくるのだ。
「はぁ、何故そうなる……?」
「───だって、一般的に伝わっている空を飛ぶための魔法は【空中歩行】という風魔法の中でも相当な難易度を要求される技か、それこそ空間魔法で空間ごと持ち上げて浮かび上がる等の大変難しい技術か類まれなる才能をお持ちの方にしかできない所業ですわ!
それに加えて、上空からのありえない速度と正確性をもった的確な攻撃と、私を守ってくれたあの白い布のような魔道具!
あんなものを作り出せる者となると、中級でも上位の方に位置する魔導師、いや、上級魔導師クラスの実力者しか有り得ませんわ!」
「え、えっと……」
「もしかすると、あの数々の英雄的な魔導師を排出している伝説の国、"魔導学園都市マナレルム"の出身なのではないでしょうか?!
わたくしが通っていたアシエーラ魔導学校でも貴方ほどの実力者はみませんでしたもの!きっとそうに違いありませんわ!
───ですわよね!ながみ様!?」
うわぁ……好きなことになると早口になるタイプの人だ……!
興奮したように、いや、興奮して迫ってくる残念な美人から逃げるように後ずさりする。
興奮しすぎて瞳孔が開いている彼女から、絶対に逃がさないという気迫を感じるよ……!
私もふとんのことになると早口になってしまうが、いつもこんな感じなんだろうか……?
そうならば次から気をつけよう……ごめんな。いつも話を聞いてくれていた学友……!
マシンガンでも相当威力が高いであろうマシンガンを使いトークをしてくるルーチェさんを呆然と眺めながらそう思った。
「わ、私は全然そんな偉い人じゃないぞ……?」
「別に謙遜しなくてもいいのですわ!
わたくし自慢されても妬んだりしませんのよ?むしろ沢山自慢話を聞かせて欲しいぐらい……」
「そ、そうか……」
「そうですわ!
あっそういえばながみ様の信じている宗派はなんです……」
「───小娘ッ……!よ、ようやく辿り着いたぞッ!」
楽しそうに微笑みながら言葉という名の弾丸を掃射してくるルーチェさんに、ぼろぼろのローブを身にまとった太った老人が叫び散らす。
脂汗を額に滲ませるその姿は、ひどく醜悪といった印象を受けた。
「汚らしいゼーヴィント家の小娘が……手間を掛けさせおって……!」
肩で息をしながらブツブツと悪態を吐く。
ルーチェさんはそれを見て、隠すことも無く嫌悪感を露わにした。
「ルーチェさん、こいつは……?」
「こいつとはなんだ低俗な冒険者風情がッ!儂を誰と心得えるか!」
叫び散らす老人を無視して、私はルーチェさんに視線を向ける。すると、私の言わんとすることを察したのかルーチェさんは口を開いた。
「こいつは、司祭ダーレス。シーアシラ神陽教会の現トップですわ……!」
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