第三十三話『作戦開始』
「ルーチェさん、大丈夫だとは思うけど気をつけてね」
「はい、お気遣いありがとうございます。気をつけますわ!
では……行ってきます。皆様」
ルーチェさんはそう言って、肩に一枚白い布を纏い外に出ていく。
外には綺麗な三日月か昇っていて、その光に照らされて白い布がきらきらと輝いているように見えた。
「行ったな……よし、じゃあ私も行くか!」
私はルーチェさんを見送ると、すぐに屋敷の裏口へ向かう。
扉の隙間から周囲に誰もいないことを確認し、繋がっている路地にこっそりと出ていく。
そして、ルーチェさんが歩いていった方向へ進み出す。
向かっている場所は、港横にある海岸。
ルーチェさんがいつも夜の散歩コースに使っている場所である。
「包囲作戦、開始だ……!」
月明かりの中で、私は一人そう呟き駆け出した。
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【三人称視点】
「対象に動きがあった。
どうやら、いつもの海岸へ向かっているようだ」
豪華絢爛な富裕層のお屋敷が立ち並ぶ大通りに面した、ひとつの暗い路地裏。
その闇をも呑み込むような暗がりから、何かを監視している様子のローブを身につけた男の姿があった。
「現在も屋敷から港方面へ移動中」
男は監視している対象の動きを、空中に向かって報告する。
当然無線などがある世界では無いので、傍から見たら頭のおかしい男とでも思われるかもしれない。
しかし、ここは剣と魔法の世界。
男が空中に向かって話しているのも情報伝達の魔法であり、
『妖精の言伝』という高位の魔法使いしか使うことの出来ない高等な魔法である。
「路地の途中で司祭様と合流して奇襲……了解しました。
今すぐそちらに向かいます」
男は発動していた『妖精の言伝』を解除すると、影魔法『影歩き』によって影と同化するようにして気配を消した。
そして、数分後。
「司祭様、ただいま戻りました」
男は港方面の路地に居た、恰幅の良い老人とそのお付らしき者たちの元へと音もなく現れた。
恰幅の良い老人はいきなり現れた男に一瞬たじろぐも、頭を垂れる男を見てすぐさま態度を変える。
「おぉ、セラヒムか……!
よくぞ戻った……して、忌々しいゼーヴィントの小娘は今何処におる?」
酷く尊大な態度で、男が頭を垂れている姿を眺めながら、恰幅の良い老人はそう問いかけた。
「はっ……対象は現在もこちらに向かってきております」
「ふはははは!
そうかそうか……ならば、太陽神の加護を受けているなどと吹聴する身の程を弁えない小童に、儂が直接制裁を加えてやろうぞ!」
男の報告を聞くと、恰幅の良い老人は堪えきれないといった様子で意地の悪い笑い声を上げた。
それに合わせるようにして、お付らしき者たちも下卑た笑みを浮かべる。
「清廉なる神の使徒達よ!今からあの悪女を討伐しに行く!
儂についてくるのだァ!これは、聖戦であるッ!」
老人はお付らしき者たちの前に立ち、高らかにそう宣言する。
そして、老人が杖を振り上げると彼らは一斉に手を合わせて外していたフードを被った。
「行くぞぉ!」
「「「「はっ……!」」」」
フードを被った老人が、港の方へと続く路地を進んでいく。
その後ろを、怪しげなローブの集団が足音もなくついて行く。
嫉妬に狂った異常な王と、その狂信者達の狂気の宴。
その光景は、異様であり、異端。
「司祭よ。御心のままに……」
男は、その様子を見て意にも介さずに頭を垂れると、闇に溶けるように消えていった。
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【ルーチェ視点】
綺麗な三日月の下を、ゆっくりと進んでいく。
はるか上空にある月は目下にある全てを照らし、道を示してくれる。
それはきっと、わたくしも例外ではないのでしょうね。
「……」
わたくしは、できる限り平然を装いながら港へと向かう。
仕事で疲れた時や落ち着きたい時に、気分転換としてよく歩いている散歩道だけど……
───でも、今日に限ってはいつもの散歩道とは思えないわ。
鼓動はドクドクと早まり、見える影全てが怪物の様に感じます。
はぁ。良かった。今まで、曲者ばかりの気難しい貴族たち相手に化かし合いしてきた甲斐がありましたわ。
何故ならば、このような状況においてもわたくしは表情を変えずにいられるのですから……
しかし、それでも皆様が見守って下さっていると知っていなければ、きっと足を動かすこともできなかったでしょう……
───あぁ、神様……どうか成功しますように……!
わたくしは祈るようにして肩にかけた白い布を触ると、自然な動作を心がけながら歩みを進めていく。
そうすると、貴族階級の人々が住むお屋敷の立ち並ぶ区画をぬけて、全体的に淡い色の建物が特徴的な港近くの区画へとやってきました。
ここ辺りの建物は海が近い為潮風が強く吹き、塩害の影響を受けやすいらしく、特殊素材を使った淡い色の建物が立っている……らしいです。
なんでも、海の厄介者と呼ばれるシーサーペントの鱗を粉末にして、練り込んであるとか……
気を紛らわすために、そんなことを考えながら足を前に出す。
港はあと少しで私の前に姿を現してくれる。
ここを真っ直ぐ歩いていき、港近くにある海岸まで行ったらゴールだ。
「……」
わたくしはそのまま演技をつづけながら、時偶にちらりと周囲を見たり……
少しだけ早くなっているかもしれない歩く速度を必死に抑えて、気分転換に務めた。
そして……
「着きましたわ……!」
淡い建物が突如として無くなり、視界がバッと開けた先。
そこには、他国からの船がいくつか止まっている大きな石造りの港と、その横側に続く、穢れ一つない見事な海岸線が視界に入ってきた。
わたくしはひどく見慣れた、この国で一番大好きな景色に安心して、ふぅと息を吐いた。
……それがいけなかったのかもしれない。
「死ねぇッ!」
「きゃっ……!」
わたくしが息を吐いたと同時に、背後の路地から飛び出してくる数人のローブ姿の者達。
手にはそれぞれの得物を持っていて、わたくしを殺さんとする意思がありありと感じられました。
そのローブ姿の者達はわたくしに飛びかかって、わたくしへと得物を振り上げました。
そして、わたくしの身体にぶつかり……
「なにッ!?」
「えっ……?!」
───ぶつかりそうになった手前で何かに阻まれるように、するりとわたくしを避けて行くのでした……
「小娘ッ!何をした!」
困惑した様子の襲いかかってきたローブ姿の者達をかき分けて、後ろから一人のローブが出てきます。
その人は私の目の前にやってきて、唾を撒き散らしながら叫びました。
すごく汚いですわ……!
「わ、わたくしは何も……」
「う、嘘だ!何もしないで儂の精鋭達の攻撃を防げる訳が……」
「君たち!今だ、かかれッ!」
困惑した私を見て、動揺したように叫び散らすローブの話を遮るようにして、どこからともなく高らかな声が聞こえてきました。
ローブの者達に攻撃された時はわたくしにも何が起こっているのかは分かりませんでしたが、これはわたくしでも分かります。
「皆様……来てくれたのですね!」
先の声を合図に、ローブ達を挟み込むようにして現れた四人の冒険者たち。
彼らは私に対してひとつ、ニヤリと笑うと、包囲作戦の仕上げにかかるのでした……
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