第三十一話『信念』
【ルフ視点】
わたしはうぁれんとが貸してくれた二階のへやから出ると、一階におりてカウンターに向かっていく。
だけどカウンターの目の前まできたところで、わたしにはあと少し背がたりなくて、うけつけまでとどかないことに気がついた。
「うぅ〜……!」
ひっしに背をのばして、カウンターに手をのばす。
けど、どうやってもぎりぎりとどかない。
わたしはそのせいで少しむきになってとびはねる。
「あ、ルフちゃんいらっしゃい!何かあった?」
すると、それにきづいたルミネが声をかけてくれた。
「るみね、これうけたい」
こちらをのぞき込むようにしてカウンターの向こうから顔を出すルミネに、くえすとぼーど?からとったいらいを見せる。
「えっと、ギルドに併設された酒場の店員?
……これルフちゃんが選んできたの?」
「うん。すこしだけもじよめるから、できそうなのえらんだ」
くえすとぼーど?の下から見てたのもあって、むずかしい単語が書いてるところは読めなかったけど、ギルド、てんいんと書いてあるのは読めた。
だから、たぶんこれなら受けられると思ってとったのだ。
「へぇ~!その年齢で文字が読めるのはすごいね!
大人でも読めない人多いのに!」
ルミネはそういうと、ぐっと体を伸ばして私の頭を撫でてくれた。カウンターに体がつっかえて、すごく苦しそうだ。
それでも撫でくれるのは、やっぱりすごく優しい。
「でも、どうして依頼を受けたいの?」
「……なぎゃみの助けになりたいから」
ルミネのその質問に、思ってることをすなおに話した。
ながみは、たぶん、助けなんて求めてないとおもう。
でも、ながみがわたしのために、自分の嫌なことをしてまでがんばってくれてるのに、何もしないのは嫌だ。
「そっか……じゃあ、出来ることがあるか酒場の店主さんに聞いてみよっか!」
ルミネはわたしのことばを聞くと、にこりと笑い頷いてそう言ってくれた。
カウンターからこちらに出てきて、わたしの手をひいて酒場の方へ歩き出す。どうやらルミネが連れていってくれるみたいだ。
「ありがとう、るみね」
「いえいえ、どういたしまして!」
わたしは手をつないでいるルミネに感謝のことばをいって、その後をついて行くのだった。
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【ながみ視点】
繁華街の大通りをそこそこの速度で走り抜ける。
空にはギルドから出た時にあった太陽は沈み、代わりに月が昇っていて、頼りとなる明かりは夜遅くまでやっている酒場と静かに照りつける月明かりのみだった。
「少し遅くなってしまった……ルフはいい子にしてるだろうか?」
部屋に置いてきたルフを思い、独り言を呟く。
ルーチェさんの屋敷で、襲ってきた奴らを処す為の作戦を考えていたら気がつけばこんな時間だった。
ギルドやルーチェさんの様な身分の高い人の家には、"時示の魔道具"という時を教えてくれる魔法の物品があるのだが、話し合いが終わる頃には既に10時を超えて深夜になっていたのだ。
ちなみに、この異世界の時間の進み方は殆ど地球と同じである。
私は異世界は化学が進歩してないだろうから、日が落ちた頃に会おう……みたいな原始的な考え方をしていると思っていたため、時計のような存在があるということを知った時は驚いた。
なんでも、手持ちサイズの"時示の魔道具"もあるらしいし、もし金銭に余裕ができるようになったら買いたいな。
……おっと、こんなことを考えている場合ではない!
「ルミネさんも居るし大丈夫だと思うけど、心配だ……!早く帰ろう!」
こんな時間でもちらほらと歩いている町の住人を横目に見ながら、走ることに集中する。
目が合ったら喧嘩ふっかけてきそうな輩が多いのも理由ではあるが……何よりルフが心配である。
もう寝てしまっただろうか?
私がいつまで経っても帰って来ないから、悲しくなってないだろうか?
何か問題は起きてないだろうか……?
「考えれば考えるほど心配だ……!」
そわそわと落ち着かない心を必死に諌めながら、帰路を急ぐ。
いくらルフのことが心配だと言っても、走る以外に私のできることは無いのだが……それでもやはり口に出してしまう。
それほどまでに今の私にとってルフは大切な存在だし、護らなければならないのだ!
私は逸る心そのままに、目の端に映り始めたギルドへ走っていく。
ハァハァと息が漏れる。
中は未だあかりが灯っていて、ギルドが閉じられていないことがわかった。
もしかして24時間営業なのだろうか?
そんなことを考えながら、バン!とギルドの扉を開け放った。
その瞬間、私は脇目も振らずに走り込むようにしてギルドの二階へ駆けて行こうとする。
まだ何人か人が居るみたいだが、知るか!
私は早くルフに会いたいんだ!
「ルフ!」
「なに?」
気持ちが逸りに逸り、二階に上がっていく最中でルフの名前を声に出した私。
しかし、そんな私の背後からよく見知った、可愛らしい声が聞こえてくる。
これは?!ギルドから出ていく時にも聞いたこの声は……!?
思わぬ声が掛かったことに、びっくりして其方を振り向く。
「なぎゃみ、おかえり。なにかたべる?」
そこには私の想定どうりの人物の姿があった。
いつものクールな表情でそう言って、私に向かって首を傾げる彼女は、紛れもなくルフである。
しかし……
「ルフ……その格好どうしたんだ?」
「さかばのせいふく」
しかし、ルフの着ている服装はいつも身にまとっているものとは違った。
そこには、装飾の少ないメイド服の様なものを着た、可愛らしい見た目のルフの姿があったのだ!
ボタンが首から胸部辺りまでついている白のブラウスに、チョコレートのような色をしたちょうど膝ぐらいの長さのスカート。
そして、スカートに合わせるようにして存在感を主張している白の腰エプロン。
首元には、ルフを象徴するような青のリボンがつけられていてすごく様になっていた。
正直めっちゃ可愛い。滅茶苦茶に頭を撫でたい……
「……はっ!いや、違う!そうじゃない!」
「?」
「ルフの可愛さに危うく流されるところだったが、私が聞きたいのは何故ここに居るかだ……!」
そう、そうなのだ。
一瞬流されかけたが、どうでも良くなりかけてしまったが、なぜルフが酒場の制服を着て料理を運んでいるんだ!?
───私はそういうことが聞きたかったのだ!
私は混乱し、ルフの可愛さに溺れそうになりながらもルフの返答を待つ。
しかし、ルフは珍しく恥ずかしそうな様子を見せる。
少し俯いて、もじもじとする姿は……相当可愛い……!
今着ている制服もあいまって、私の心にダイレクトアックを仕掛けてくるのだ……!
だが、私も今は一端のチャイルドガーディアン……!
ここで引く訳には……
「いわなきゃ……だめ?」
「ぐはぁッ……!?」
───う、上目遣い……だと……!?
普段表情を全く動かさないルフが……上目遣い……!?
───そんな、そんなのって……!
うるうるとした目で私のことを見つめるルフに、私の心はぐらぐらと揺らぐ。
しかし、それは仕方がない。
何故ならば、ちょっとのことではぴくりとも表情を変えないルフがこれ程までに可愛らしく見つめてきているのだ。
表情を動かさなくても可愛いのだから、その威力は推して知るべしだろう。
だが……
「だがなぁ……私も君を護るという大切な使命が……」
「だめ……?」
「ぐぁぁぁぉぁぁぁぁあッ!」
ルフは私に駆け寄り、ギュッと私の服を掴んでこちらを見上げてくる!クソっ……なんて威力してるんだ!?
私は感情に激しく揺さぶられる脳を必死に律しようとするが、下にいるルフから目が離せない!
くそっ……!どうすればいいんだ!
私はどうしたらルフに話を聞けるんだ!?
うるうるとした目で、今も私の服をぎゅっと掴んで見つめてくる彼女に、どうやって聞けば……!?
どうやって……!?
いや、聞かなくてもいいのかもしれな……
「ルフちゃん。教えたくないのもわかるけど、ながみさんには教えてあげた方がいいと思うなー?」
私たちの後ろ、カウンター方から声がかかる。
私は葛藤と知恵熱により紅潮してしまった顔で、其方に顔を向けた。
声の主は、ギルド受付のルミネさんだった。
「ル、ルミネさん!これは……!?」
「ながみさん顔赤っ……かわいいところあるのねー!」
「いや、それはいいから、話を……!」
にやにやと茶化してくるルミネさんに、ぶんぶんと手を振って誤魔化す。
そして、ルフがこうなっている理由を聞き出そうと話しを持ちかけるのだが……
「まぁ、それを言うのは私じゃないから……ね?ルフちゃん?」
そう言ってルフの頭をポンと触ってカウンターの方へ戻っていってしまった。
あの人、もしかして茶化しにきただけなの……!?
私がその事に気づき驚いて目を丸くしていると、足元でもじもじしていたルフが、ふぅと息を吐いていつもの顔に戻った。
「わかった……ほんとのことおしえる」
ルフは観念した様子で、口を開いた。
「ルフ……!
……もしかしてさっきの顔作って」
「わたし、なぎゃみにすこしでも、らくしてほしかった」
私は気になったことをルフに聞こうと思ったが、それを遮るようにしてルフは喋り始めた。
「だから、わたしでもできるようないらいをさがしたの……」
「ルフ……そんなことしなくても……!」
「なぎゃみだけにたいへんなことは、させたくない」
俯きながら話していくルフに、私は思わず声を挟む。
そんなことをしなくても、私はルフが居るだけで嬉しいのだ。
そう思って言葉を発するが、続くルフの言葉に遮られる。
「だが、君は……まだ子供だ……!」
その気持ちはとても嬉しい。
だが、ルフがいくら理知的としても、子供であることには変わりがないのだ。
子供というのは、誰かに護られるべきである。
この世界では違うかもしれないが、私の基準は日本だ。
だからルフには、私を助けるために大切な子供である時間を割いてまで依頼を行って欲しくは無いのだ。
彼女には、自分のやりたいことを……
「そう、わたしは、まだこどもだけど……でも、すこしでも助けになりたいの……!
……わたしは、なぎゃみの助けになりたい!」
ルフは私に訴えかけるように、その綺麗な瞳でじっと私を見つめてくる。
さっきの演技の上目遣いなどとは違う、すっと芯の通った、綺麗で……熱い瞳。
「……」
その瞳には、私が映っている。
全てを見透かすようにして、私を見ている。
きっと彼女は、私の言わんとする事を理解しておきながら、あの発言を……
「君は……それが一番やりたい事なのか?」
「うん……わたしはなぎゃみのために、わたしのためにこれをやりたい!」
自分のやりたいこと……かぁ。
そういえば、ルフと会った時に『ながみは、わるいひと?』という質問をされ、揉めたことがあったな。
そのときに私は彼女の家の干し肉を盗んでいて、一概に悪い人じゃないとは言えなかった。
でも、その話をきちんと話した上で、彼女は私をわるいひとでは無いといい、そこから何を言っても一歩も譲らなかったよなぁ……
思えば、彼女は出会った時から、しっかりと自分のやりたいことを……信念を貫いていた。
……そうだ。ルフと過ごして忘れていたが、わるいひと論争の後に決めたことがあったじゃないか……!
「……『私は、彼女を子供としてでは無く、対等な力を持った者として話すことに決めた』だったな、私……」
「……?」
私の呟いた言葉に首を傾げるルフを見ながら、改めて思う。
彼女は私に対して、これ程までに考えて行動してくれているというのに、私と来たら……
自分で見定めた事も忘れて、彼女を子供扱いして頭ごなしにしかけるなんて……
はぁ……こんなにも大切なことを忘れていた自分が恥ずかしいよ。
「ルフ、わかった。君の好きなことをしてくれ。
私も、これからは君と"対等に"助け合っていくと誓おう」
「……!なぎゃみ……いいの?」
「あぁ……大いに自分のやりたいことをしてもらって構わない。だが……」
「しんぱいはかけない」
あぁ、やっぱりこの子は凄い。
こっちの意図をすぐに読み取ってくれる。
「ルフ、君はいつでもルフいなぁ……!」
「るふい……?なぁにそれ?」
私は困惑したようなルフの頭を、くしゃくしゃと撫でる。
ルフは目を細めると、私の袖をぎゅっと掴んだ。
「いやいや、なんでもないよ!……さぁ、お腹すいたし、ご飯でも食べよう!」
「じゃあ、てんちょうにごはんたのもう……!てんちょうのごはんはおいしい……!」
「そうか!じゃあ決まりだな!店長さんなんかおいしいもの二つ……」
そんなことを話しながら、二人で進んでいく。
私が手を引くのではなく、共に、一緒に……
二人並んで、前へと……
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