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第三十話『虚ろう心』


「そう、ですね……私の信じる教えは『主神・太陽のアーラ』様を唯一神とする神陽教ですわ……」


 行き場のない怒りが交じったそのアーレ君の言葉に、目を落とし答えるルーチェさん。

口元に浮かんでいた笑みは消え失せ、とても悲しみに溢れているようであった。


「つまり、裏切られた。と……」


 ルーチェさんは話を纏めるように呟いた私の言葉に、無言という名の肯定を示す。

場は最初の和やかな空気とは一転、誰もが顔を顰めて頭の中で依頼内容を咀嚼し始めた。

その表情のどれもが難色を示していたように思う。


しかし、他宗教から襲われたならともかく、まさかの同門とは……


 この世界がどうかは知らないが、中世というか、人によってというか……いつの時代も宗教というのは心の拠り所であったり、社会そのものであったりするからなぁ。


アーレ君の反応からして、とても大変なことに間違いない。


 同じ宗教の信徒から夜襲にあうなんて、思ってもみなかっただろうし、おそらく当事者にとっては相当な心労となるだろう。


 例えるならば虐めの最強バージョンみたいなものなのかもしれない。


……そう考えたら腹が立ってきたなぁ?


 私はそういうの大嫌いだからな。これは護衛だけではなく、襲ってきた奴らを処すぐらいはしないと気が済まないかもしれない。


「……皆さま、この話を聞いて理解したかも知れません。

これは完全に最初の依頼難易度とは異なっているものですわ」


 それぞれ黙って思案している私たちを見て、軽く微笑んでゆっくりと話し出すルーチェさん。


「ゼーヴィント家の体裁を保つ為にも、簡単に外には出せないお話でした。それ故に、このように試すような形になってしまったことを深くお詫び申し上げますわ」


 平然を装っているが、手が震えているのが見て取れる。

それほどまでに参っていたのだろう。

まぁ……裏切られたのなら当然のことであるが。


「ですから、今までのお話を聞いた上で、受けるか受けないかを決めと欲しいと思っていますの」


彼女は薄らと微笑み、私達にそう投げかけた。


私は彼女の顔を凝視して、考える。


裏切られたのなら、当然なのだ。悲しいのは、当然。


当然のことであるが……当然のことであるのだが……


私は自分でもわかるぐらいに顔を歪める。


「あの、どうされましーーー」


「気に食わないな……」


口から溢れ出るようにして、私はその言葉を吐いた。


「えっと、何かお気に触りましたか……?」


それを見た彼女は控えめに首を傾げる。


その顔には、小さな微笑み。


あぁ、やはり気に食わない。


とても気に食わない。


なぜだ?なぜなんだ?


「なぜ、君はそんな顔をしているんだ……?」


「顔、ですか……?すみませんが、何を言っているのか私にはさっぱり……」


 彼女はそう言って、微笑みながら困った様な顔をする。

控えめで、お淑やかな奥ゆかしい表情。


……しかし、その顔が私の心をチクリと逆撫でする。


まただ。またその微笑みだ。


 私は見覚えのあるその微笑みに、とても不快感を覚えて止まない。ふつふつと湧き上がってくる、怒りの感情。


その微笑みが、私には笑っていると思えないのだ。


その微笑みは、確かに必要であるのかもしれないが、笑えていないのだ。


顔ではなく、その裏面りめんが笑っていない。


心の火が揺れているのだ。


今にも消えかかるように。


「君も、精一杯気を使って微笑みを作っているのだろう。

私にもそれはわかっている……だが、すまない……不快だ。

とても不快だ」


「不快……?」


 私は、頭に浮かぶ言葉を感情に任せつらつらと並べていく。

それに従って、彼女の顔が崩れていくのがわかった。


「その、心の笑っていない微笑みだ……!

私にとって不快でしかないんだ……今すぐ辞めてくれよ……!」


 私のその言葉に、顔を俯かせて震える。

そして……


「そんなの……そんなの!

こんな時に心まで笑えるわけないでしょう!?」


 大きく顔を歪ませて、私にそう叫んだ。

顔は紅潮し、テーブルをドンと大きく叩く。


それは心の奥に隠していた、本心そのものだ。


「あぁそうだろうな……仲間だと思っていたものから裏切られたのなら、そりゃあ笑えないだろうな」


「貴方は何が言いたいのですか……そこまで理解しておいてッ!」


 その彼女の気持ちを煽るような当たり前の言葉を聞いて、完全に怒ったのか私を睨みつける。


「な、ながみ様……それ以上は」


「なら笑うなよ、辛いなら辛いと言ってくれないか……!」


 そろそろまずいと思ったのか、私を静止しようとしたシンを手で制してそう彼女に言葉をぶつけた。


「ッ……!」


彼女の睨んでいた顔が、ハッとしたように緩む。


もう少しだ……もう少しで……!


私は、先の言葉に続くように、今度は優しく話を続ける。


「何故……なぜ、君が苦しんで微笑む必要がある……?!」


「それは……」


 言い淀む彼女。

きっと彼女も頭では理解している筈だ。


「私は、その目をした人を見た事がある。

だからこそ、その目をした人には、素直に、心に素直になって欲しいんだ」


きっとその心の内は、悲しい気持ちで溢れているはずだ。


「自分を押し殺して笑うのではなく、辛いなら辛いと、苦しいなら、苦しいと言って欲しい」


辛いはずだ。苦しいはずだ。


「だから、君の本当の気持ちをきかせてかれないだろうか……?

できるならば、助けたいんだ。君のことを……!」


───そう、昔の私がそうだったように、彼女も、きっと……!


他の皆は俯いている彼女を見守るように、口を閉ざしている。


数秒の静寂……


「わたくしは……私はッ……!」


 ルーチェさんは、普段から気をつけていると思われる丁寧な言葉使いも忘れて、その心の内を吐き出していく。


「ずっと、幼い頃から信じてきた、神陽教に裏切られて……

心に穴が空いたような、世界が、全てが私に牙を向いた様な……そんな気持ちでした……!」


そうだな。怖いよな。


「心の中がぐちゃぐちゃで、祈る神も縋るものも、もうわからなくて、苦しくて、辛くて……」


気持ちが、心が、黒く染って……辛くて苦しいよな。


「だから、だから……助けて欲しい……!

私はどうすればいいの……?どうすれば、この恐怖は消えるの?!」


 ルーチェさんはその綺麗な顔を涙でぐちゃぐちゃにして、悲痛な心を吐き出す。


そして……


「誰でもいい……助けて、助けてよ……!」


そう言って、ルーチェさんは縋るように私を見つめた。


部屋には救いを求める様な泣き声が響いていた。


やはり、やはりか。


過去の私と、同じ心を持っている。


それが、君の答えか。


そうか、ならば……私は、君が過去の私と同じように、自分を押し殺して行く様なことは絶対に許さない。


だから……


「わかった……私が、私の全力をもって力になると誓う……!」


大切なものから逃げるようなことは、させない。


きっと、助ける……!


「そういうことなら~!私もルーちゃんのこと助けるよ~!

実は、ボクは人を助けるために冒険者になったんだよ~!今回の依頼にお似合いだ〜」


「拙者もお力になりたいと思っています!

それにしてもながみ殿の熱い気持ち……かっこいい……!」


「……ふん。

助ける助けないはどうでもいいが、その裏切り者は見過ごせない。だから……我も手伝ってやってもいいぞ……?」


 そんな私に続くように、次々と助けるという意を表してくれる冒険者達。

シンもヌルもアーレ君も、きっと人を助けるという点において私よりも長く活動してきたのだろう。


暗い空気を晴らすように、わちゃわちゃと騒ぎ出した。


「皆さま……!ありがとう……ありがとうございます……!」


 それは、今日会ってからルーチェさんが発した言葉の中で、一番本心のこもった言葉だった。

今流している涙も、悲しみのものではなく明るい光に当てられて目が霞んでいるだけなのだろう。


「ふふふ……いい顔だ。そうと決まれば、計画をねろうか!」


 私はわちゃわちゃと騒がしくている彼らに、ニヤリと笑って見せた。


きっと、今の私はすごく悪い顔をしていることだろう。


「そう。ルーチェさんを陥れようとした、糞野郎共を処す為の計画をな!」


こうして、長かった今日という日が更けていくことになる。


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