第二十八話『依頼主』
私の初の仕事仲間となるシン、ヌル、アーレの三人によって引き起こった私溺死未遂事件から数分後、誰かが部屋の扉をがちゃりと開けて入ってきた。
「お仕事が立て込んでしまいまして、遅れてごめんなさい!……って、あら?」
部屋に入ってきた白髪の美人さんが、先程の騒動によって揉みくちゃになっている私たちを見て頬に手を当てる。
光の反射が光輪のように映っている長い白髪をゆったりと編み込み、眼は優しそうな印象を受けるたれ目。
服装は白を基調として、植物を模したような金色の装飾を施した、美麗なワンピースだった。
その姿はさながら女神のようであり、彼女の一挙手一投足はどれもが凄まじく絵になっていた。
そんな彼女が口を開く。
「皆さま、もう仲良くなられたのですね!」
嬉しそうに手を合わせにこりと笑う彼女。
その笑顔もすごく可愛らしいのだが、この状況を見てそれを言うのは少し頭のネジが外れていると言わざるおえない。
一人は頭を地につけた状態で寝ていて、一人は笑顔で机に座りながらふにゃふにゃした歌を歌っている。
そして、全身びっしゃびしゃの甘い香り漂う泣き顔の女と、その女から握手をされ逃げようとしているショタ……
……な?異常事態だろ?
「おい!そろそろ離せッ!
依頼主らしき人物が来ているのだぞ!?非常識だ!」
そう言って私の手を無理やり引き剥がそうと藻掻くアーレ君。
私の救世主である彼は心底恥ずかしそうに私を睨んできた。
うーむ……一理ある……さすがに握手したままは失礼かもしれない……!
しかし、私の救世主であるアーレ君の手を離してしまえば、またいつ死にかけるかわかったものでは無い!
よってギリギリまで離してなるものか!
私は縋るように目の前の美人さんに目を向けると、何かを察したように美人さんが微笑んだ。
「あらあら、別に手を繋いでいてもわたくしは構いませんよ?」
「ほんとですか?!」
「はい!」
私はその返答を聞き、目の前にいるのが女神だと悟った……!
「はい!……じゃないッ!我が困ると言ってるんだ!」
「あぁッ……!」
私が女神に惚けた一瞬の隙をつき、救世主(アーレ君)は私の手を振り払った。
そして、ヌルの後ろへ隠れるように走って行ってしまった。
くっ……既に私のトラウマとなっているヌルの近くに行くとは……!頭のいい救世主め……!
……まぁでもそろそろ震えも収まってきたし、しっかりと仕事するか!
私は隣の床で土下座しながら寝ている馬鹿を無理やり起こしてから、美人さんが座っている対面の席へと座った。
救世主ならまだしも、シンやヌルに大事な話を任せる訳にはいかないからな……私も人と話すのは苦手だが……
ただ、苦手というだけで普通に話す事はできるし、建前に塗り固められた形式的な話ならばあまり気負いもない。
それにアーレ君は私を警戒して端に座ったせいでちゃんと話せなさそうである。
これは少しだけ私のせいであるため、まぁこのぐらいは頑張るか!
「こほん……先程はすみません。少々取り乱してしまいました」
「いえいえ、楽しそうで何よりでしたわ!」
そう言うと彼女は、いつの間にか用意されていた綺麗な琥珀色の紅茶を口に運んだ。
彼女の横には、私を部屋まで案内してくれた高齢の執事が立っている。足音すら聞こえなかったんだか?
「わぁ、お茶だー!ありがと〜おじいちゃん!」
ヌルはそう言って、紅茶をぐいっと一気飲みしグラスを置く。
紅茶の色が身体に残るんじゃないかと思い少し見ていたが、紅茶はヌルの口の中へ入っていくと、何も無かったかのようにふわりと消えていった。
混ざりあったのだろうか……?
いや、そんなことより執事さんをおじいちゃん呼ばわりは……
怒っていないだろうかと思い執事さんの顔を見るが、執事さんはどちらかというと嬉しそうな顔をしているようだった。
あ、軽く手まで振っている……
「あらあら、爺、良かったですわね?」
「はい、お嬢様。じいや、嬉しゅうございます」
「……寛大なお心感謝します」
「寛大な心なんて、そんな大層なものではないですのよ。
それより、そろそろ依頼の話に移りましょうか!」
「そうですね。では……まず貴方が、依頼主のルーチェ・ゼーヴィントさんで間違いないですね?」
「如何にもわたくしがルーチェ・ゼーヴィントですわ!」
ルーチェさんは自信満々に胸を張る。
どうやら、自分の家柄が自慢らしい。才色兼備と聞いていたので、真面目で知的なお姉さんを想像していたが、割と子供っぽいところもあるようだ。
「では、次に私共の名前を……」
「それならわたくし知ってますわ!
目をつぶってる方がシン・ミリアネラさん、精霊のお嬢さんがヌル・エルさん、その隣に座っている男の子がアーレ・ノーベルさん……
そして、貴方が最近ギルトを騒がせた新人のナガミ・カナムさんですわ!」
「へぇ……よく知ってますね?」
子供が自分の知っている知識を自慢するかのように、嬉しそうな様子で話すルーチェさん。
先程もだったが、やはり度々子供っぽさが露呈してしまうようだ。そんな姿も絵になるぐらい可愛らしいのだが……
でも、私がギルドで大立ち回りをしたのも知ってるのか……他の冒険者の説明も私が知らないようなことを知っているし。
思わず、品定めをするような目線でルーチェさんのことを眺めてしまう。
するとその視線に気づいたのか、先程の説明に付け加えるように言葉を紡いだ。
「わたくしこれでもこの町の代表ですから!
この町で起こったことに関してなら、ある程度把握してますのよ?」
「それは……凄いですね」
「えぇ!ですから、ながみさんは……そうですね、ルフちゃんの為にお仕事頑張って下さいね?」
「!……お気遣いありがとうございます」
能天気な様子でにこりと笑う彼女の顔に、一瞬恐ろしい程理知的な色が見えた気がした。
しかし、ルフのことまで知ってるのか……
ルーチェさん、これは相当な情報通か……もしくはギルドとの繋がりが凄まじいか……いや、両方だろう。
これは下手すると喰われるな……!
「では、依頼の細かなすり合わせをしていきますので、皆さまご清聴お願いしますわ!」
ルーチェはそう言うと、少しだけ気を引き締めた私を見て、にこりと微笑みながら依頼の内容について話していくのだった。
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