第二十七話『仕事仲間』
「本当に申し訳ない……二人にはしっかりと言い聞かせておくから……!」
「謝ってくれるのは嬉しいけど、そこまではしなくていいよ……!」
髪の毛についたプリンのようなものを拭き取る私。
その目の前で、和装のポニーテールをした女性が大変申し訳なさそうに謝罪する。
それはもう真剣そうな顔で正座をし、地に付くほどに頭を下げているその姿は、所謂日本でいうところの土下座のポーズである。
おそらく彼女なりの誠意なのだろうが、見ているだけで心苦しくなってくるからやめて欲しい……私は小心者なのだよ……!
「私からもごめんねー。めいわくもお菓子も、かけるつもりなかったんだよ〜!」
和装女性に続くようにスライム?の女の子も控えめに笑いながら謝罪の言葉を口にする。
口調がとんでもなく軽いが、眼鏡ショタが目を丸くして驚いているところを見るにおそらく彼女にとっては割と真剣に謝っている方なのだろう。
───ふむ……これは……
さっきの出来事で彼女らへの対応レベルを子供まで引き下げたのだが、悪いと思ったことはしっかりと謝れるようだ。
もしかしたら普段はちゃんとしている良い人達なのかもしれないな……?
てれれれっれれれー
彼女達の株が私の中で少し上がった音がした。
「ほら、アーレ殿も謝って!」
「ふんっ……あんなの避けられない方が悪い!」
しかし全員素直に謝ってくれることは叶わなかった。
ショタは和装女性の謝罪を求める言葉を受けて少し逡巡した様子を見せたが、元々のプライドが高いのか私に怒り……悪口を言い放って部屋の隅の椅子へどんと腰掛けた。
「ちょっと、アーレ殿!あぁ、行ってしまわれた……謝らせなれなくて申し訳ない……!」
その様子を見た和装女性が、眉を下げて申し訳なさそうに私に謝罪した。
「まぁ、それは別にいいけど……貴方が謝らなくても……あ、頭下げなくていいから!」
「……その恩情、痛み入る!
拙者、シン・ミリアネラと申します……!」
ペコペコと謝り倒す和装女性に、凄まじい不憫属性を感じながら土下座しようとするのを慌てて止める。
すると、土下座を止められた彼女は何故か感極まった様に片膝をつき、いきなりの自己紹介を始めた。
「え、えっと……」
唐突な自己紹介に驚きを隠せない私は、とりあえず返事を返す。しかし、それを見てぱっと笑顔になった彼女は、より一層喋り始めてしまった。
「拙者は遥か北にある、寂れた小国の生まれで御座います!
ですが、なんでも古い祖先に龍の血を引く者がおったそうで、自分もこの様に龍の一部を身体に宿しております!」
常に目を瞑っていて、深い至極色、日本で古くからある紫色に近い色をしたポニーテール。
喋らなければ凛とした美人といった感じの彼女は、その美人さを台無しにするように四つん這いになって、突如としてこちらに臀部を突き出した。
「うわぁ……」
「待って!引かないでくだされ……!
拙者は別に臀を見せたい訳ではなく、見せたいのはこの臀から生える龍の尾で御座います!」
そう言って、臀部を横に振るシン。
私はそれを見てより一層引きそうになったが、もうさん付けは一生しないだろうと確信したが、それでもグッと堪えてシンの臀部を確認してあげた。
するとそこには、片手で収まるぐらいのサイズ感の小さな尾が生えていることがわかった。
「……なんだこれ?」
シンの履いている赤い袴のようなものの臀部辺りに拳大の穴が開けられていて、そこから円錐状で薄い鱗の生えた可愛らしい尾が生えている。
色はシンの髪色と同じ至極色という深い紫色であり、ちらっと見える白い肌とのコントラストが綺麗だった。
「何って、龍の尾で御座います!」
シンが自慢げにそう告げる。
フリフリと揺れても可愛さしか感じられないこれが、龍の尾?
鱗が見てわかるほど柔らかそうなこれが、龍の尾……?
絶対にありえない。
もしくは、龍といっても明らかに子龍……!
今もフリフリと揺れる尾に私が驚いていると、シンはその凛とした顔を赤らめ、うずうずとしたようすでこう話しかけてくる。
「えっと、その……差し支えなければ、名を伺ってもよろしいか……?」
四つん這いの体制から正座の体制に戻り、恥ずかしそうに下を向くシン。
その様子にどこか違和感を感じながらも、リギドさんたちの時と同様また名乗っていなかったことを思い出して自分も自己紹介をすることにした。
「すまない、名乗るのを忘れていたよ……私は永巳 叶夢 、君たちと同じDランク冒険者だ。よろしく」
「ながみ殿……!拙者の、偉大なる主殿……!」
シンはそう言っていきなり私に頭を垂れた。
どうやら感極まったようで涙を流しているようだ。
だが、そんなことはどうでもいい。
私には目の前で頭を垂れている存在が、先程言い放った言葉がいつまでたっても理解できないのだ。
セッシャノ、イダイナルアルジドノ?
魔法か?なにかの魔法か?いや、魔法だと言ってくれ!
私は理解できない言葉、いや理解したくないその言葉を頭の中で反芻しながら、頭を抱えるようにぺたりと後ろにあった椅子へ腰掛けた。
「主殿!いつまでもついて行きます!」
「何故そうなるんだ……!」
きっと私が土下座を止めたからだろうが、それにしても信頼度の上がり方が突飛すぎる。
私の座っている椅子の、横の地面に膝をついているシンを眺めながら、どうやってこれを引き離そうかと考える。
しかしそんなことをしていると、私の横から突如としてスライムの女の子が話に割って入ってきた。
「ごめんね〜?
アーレ君……あの隅っこに居る男の子人見知りだから、知らない人と上手く話せないんだよー」
「は、はぁ……」
えっと……何の話だろうと一瞬悩んだ末に、先程怒って隅っこに行ってしまったショタのことを今謝ってるんだと理解する。
しかし、そうだとしたら凄まじくカバーが遅い。ショタが隅に行ってから、もうかれこれ20分は経っているぞ……!
私も半ば忘れかけていたし……
「いっつもあんな感じで悪口言っちゃうんだけど、内心すごく落ち込んでて〜。本当は面白い子で、暫くすれば慣れてくると思うから悪く思わないであげてね〜?」
彼女は大きく腕を振り、そのプルプルとした肌を震わせる。
彼女の外見は、人の形状をしたスライムというより、スライムになっている人という感じの見た目で、肉体の細部まで割としっかりと人の形になっている。
肉体の細部までしっかりと作られているというのは、輪郭や四肢、より細かい部位の形なんかもしっかりと視認できるということだ。指とか眼とか割としっかり形作られている感じ。
肉体の素材が全てスライムに置き換わっている以外は、ほとんど人間と変わらないと言っていい。
目?はぱっちりとした可愛らしい形で、髪?はボリュームのある形状の肩下の長さをした粘体。
そして、向こう側が見えそうな程、半透明な水色の肌……というか肉体をしている。あと胸がでかい。
服のようなものも着てはいるが、ぬちゃぬちゃとした体によってちょっと透けている。そのため色々と危ない。
私は、身振り手振りで言葉を紡ぎ、あまつさえジャンプしてしまった際に目に飛び込んできた、彼女の戦闘力の高いふたつの水球を見て思わずたじろいだ。
「そ、そうか……でも、もう気にしてないからいいよ……?」
自分とのあまりの格差に、手を震わせながら答える。
今も目の前で揺れているそれは、酷くボリューミーで……!
服が透けてるのも相まってとてつもない存在であると頭が警報を鳴らした。
落ち着け私、クールになるんだ!
こんなことで発狂してはいけない!
そう深呼吸だ……深呼吸……!
ひっひっふー……ひっひっふー……!
しかし、そんな時だった。
私が必死に顔を逸らしながら呼吸をしていると、突如としてぬちゃりとした感覚が右腕を襲った。
「うわぁ!君優しいねぇ〜。ながみちゃんだったっけ〜?
ボク、君のことだいすきになったよ〜」
「うわっ……!ちょっと、これはッ!?」
慌てて彼女の方を見ると、私の右腕に自らの腕を絡めるようにして抱きついてきていた。
しっとりとした弾力のある彼女の体は私の右腕を侵食し、凄まじくぬちゃぬちゃとした不思議な感覚を与えてきた!
不快ではないのだが、胸が……!くっ……!
「ボクはヌル・エルって言うんだ〜。よろしくね〜!」
「うわぁッ……!頼む離れッ……ぷはッ……!」
自己紹介した彼女は私に体を預けるようにして、より一層深く絡みつくように抱きついてくる。
全身がぬちゃぬちゃとして、ひんやり冷たい感覚。
一刻も早く抜け出したいが完璧に粘着されていて抜け出せない!
表面部の粘体はしっとりとした表皮のようになっているらしく、肌に触れるだけなら肉体に沈み込むようなことは無いようだ。
しかし、それでもやはり半液体。
顔を覆うようにぎゅっと抱きつかれた私は息が出来ずにもがき苦しむ。
……しかも、顔に当たっている部分がたわわな水球ともなれば、弱者である私への苦しみは精神的なダメージ合わせて2倍である。ダブルパンチだ。
うわァァァァァ!たわわな水球が私の顔にィ!息がッ……!
「ながみ〜ながみ〜。優しいながみ〜♡」
私が苦しんでいるなど露ほども思ってもいないのだろう。
ヌルは私が座っていた椅子、いや、私に跨るように膝の上に座り、ぬちゃぬちゃパタパタと楽しそうに足を動かし変な歌を歌っていた。
手を伸ばし助けを求めるが、頼みの綱であったシンは数分前から土下座のポーズを取ったっきり動く気配がない。
ヌルを自分で退けようにも、水分で出来ているためか相当重くて動かない上、加えて軽い粘性ときている。
非力な私ではこの拘束を抜け出すすべは無い。
そう、これ以上何も手がないのだ。簡単にいうと詰みである。
死ぬんだ、私。自分には無い実りに包まれて……私、死ぬんだ。
神よ……なんて皮肉なんだろうか……
「おい!ヌル、やめろ!その女死ぬぞ!」
私が死を覚悟し、神に呪詛を吐きだそうとしたその時、意外なところから助け舟が出される。
ブロンド髪の天然パーマ。傍らに常に本を携帯している。
物静かな印象を受ける薄茶色の瞳でルフと同じぐらい身長が低い眼鏡をかけたぶすっとした少年。
そう、怒って隅っこに行ってしまった、眼鏡ショタ!
───ヌル曰くのアーレ君である!
彼は丸見えになっているヌルの背中をバチンと叩くと、な〜に〜?というヌルに向かって大きく怒鳴った。
「何じゃない!その女が死ぬから離れろと言ってるんだ馬鹿がッ!」
「え〜……?!あぁ〜ごめんねぇながみ〜?
そっか〜、私のせいで息できてないの気づかなかったよ〜!」
いそいそと私から立ち退くヌルを横目に、荒い呼吸を繰り返して生を実感する。
空気が美味い……こんなにも意識して呼吸をしたのは、溺死して異世界で目覚めた時以来である。
まさかトラウマになっている溺死を、陸地で体験しかける羽目になるとは……
「アーレ君……!本当に、本当にありがとう……!」
地面に片膝をつきながら未だぬるぬるとする口を動かし、今までにこんなに心を込めた礼をしたことがあっただろうか?と思うほどの人生最大の礼をアーレ君に捧げる。
本当に神である。私にとっての救世主だ……!
先程悪口を言われたことなど、全て許し無に帰してもまだお釣りが来るほど感謝しているよ!
「ふ、ふん!お前のためにやった訳では無い!我はただ、メンバーが人を殺すのを止めただけで……」
「そうかそうか!この際なんでもいいよ!
ありがとう……本当にありがとう!」
私はアーレ君の手を握り、ぶんぶんと握手する。
アーレ君はビクッと肩を揺らしながら「や、やめろ!」と言ってくるが、これが辞められるものか!
私は今本当に感謝している!この気持ちのやり場はここしか無いのだ!
「やーめーろー!はーなーせー!」
「本当にありがとう……!ありがとう……!」
「ながみ〜、ながみ〜、な〜が〜み〜♡」
「主殿……!有り難きお言葉……むにゃむにゃ……」
そのカオスな空間は、部屋に依頼主がやってくるまで続いた……




