第二十五話『これから』
「なんだ、そんなことですか!
それならそうと早く言ってくれれば良かったのに!」
カウンター越しに肩を叩いてくるルミネさんは、くすくすと笑いながら私にそう言った。
さっきまでの緊迫したような表情は消え失せており、にこにこと笑顔を作り、こちらを眺めていた。
く、くそぅ……これでもルフの家で書物を見た時からずっと悩んでたことなんだぞ!
文字が全く読めないと知った時の衝撃ときたら……!そりゃもう絶望したね!
だからこそ、もしかしたらバカにされるのでは……?とビクビクしながら話したというのに……!
「それを、そんなこととはなんだ!これでもすごく悩んでたんだぞ……?」
「へぇ……そんな悩んでることを話してくれるなんて、もしかして私信頼されてます?」
怒り心頭の私を横目に、あらあらというような感じで手を頬にあてて、より一層の笑顔を作るルミネさん。
その笑顔を見て、私は少したじろいでしまう。
しかし、質問されたからには答えねばなるまい。今回悩みをうちあけた理由を……
「い、いや、ルフ以外でようやく会えた話しやすい女性だったから……それに殴りあったし……」
「殴りあったから話すって、どこのゴロツキですか!」
「うっ……そういうタイプの人かなと……」
緊張しながら悩みをうちあけた理由を話すと、割と正当な感じでツッコミを入れられてしまった。
ルミネさんの戦闘してる時の楽しそうな表情や仕草から、戦った人は大体友達とか思ってそうな人だなと思ってしまったんだ……すまない、許してくれ……!
加えて年上のお姉さんは私にとって話しやすい存在であったんだ……少なくともこのギルド内では……!
「申し訳ない……!」
「いや……まぁ、そういうタイプではありますけど……!」
ルミネさんは、こうも真正面から言われたのは初めてだ、と言わんばかりの目線を私に向けてきた。
くっ……タイプの考え方はあっていたというのに、後一歩のところで対応を間違えてしまったのか!?
私は昔から人の観察は割と得意だが、それに引替え人付き合いはめっぽう苦手……!
今回の事例はそれがもろに出た結果となったか……!
「くそっ……計算ミスか!」
「計算もなにもないですよ……?」
ルミネさんはがくりと項垂れる私を見て、呆れたようにそう声をかけた。
計算ミスではない……だと?
計算ミスではないとするならば……もしかしてだ。
もしかして、ひとえに私のコミュニケーション能力が欠如していたとでも言いたいのか……!?
がくりとうなだれていた顔をあげる。
そうやってルミネさんの顔を見てみれば、その表情が何よりも雄弁にその通りだと語っているようだった。
くっ……!
私だってわかっているのだ!私はコミュ障だと……!
しかし、しかしだよ!
「しかし、私はお金を稼がなければならないのだよ……!
だから、頼む!いい感じの依頼を私に見繕ってくれないだろうか!?」
食事や衣服、宿代etc……それらのためにも今日中に金を稼がないとダメなのだよ。
私だけなら路頭で迷っていても別に構わないのだが、今の私にはルフという存在があるのだ!
一度請け負った以上、出来ませんでしたで手放す程私は落ちぶれてはいない!
ルフにしっかりとした生活をさせてやる!
その為ならば、たとえ自分の信念を曲げるような行いでもやってのけてやろうじゃないか!犯罪以外で!
「ふふふ……いい顔してますね!
私を負かしたんだからそのぐらいの覚悟がなきゃですよ!」
そう言ってどこかに歩いていき、なにやら紙の束の様なものを持ってくるルミネさん。
綺麗に整理されたそれは、私がかろうじて読めるDランクという文字が印字されているものだった。
「ルミネさん、それ依頼ですか……?」
「はい!しかもこれ、本来なら信頼出来る方にしか受けさせない特別な依頼ですよ!」
目の前でウィンクするルミネさんは、今の私にとって女神のように感じられた。
あぁ……見れば見るほど聖人君子……!
もはや、その背に後光が差しているようだ……!
「ルミネさん……!」
「頑張ってくださいね、ながみさん!」
「あぁ……私頑張るよ……!」
私は泣きそうになりながらも深く礼をすると、差し出してきた依頼書を受け取った。
そして、大事に扱いながら依頼書を見て……読めないことを思い出した。
「すまないルミネさん……内容を教えて貰えると……」
「あ、すみません……そうでしたね……!」
ルミネさんはさっきまでの感動シーンみたいな雰囲気も相まって、気まずそうにしながらも依頼の内容を説明してくれるようだ。安心してくれ、私も恥ずかしい……
そんなことはさておき、説明された依頼の内容はこうである。
このシーアシラ港町の実質的なトップである、ルーチェ・ゼーヴィント令嬢。
アシエーラ共和国内で国民から絶大な支持を誇っていて、この町を見てわかる通り政治の腕も優秀。才色兼備を形にした様な人物らしい。
そんな彼女なのだが、最近怪しい輩につけ狙われているらしいのだ。なんでも、彼女が夜のシーアシラ港町を歩いていたところ、背後から突然掴まれそうになったとか……
彼女自身もある程度戦えるため、その時は返り討ちにできたらしいのだが、このままでは気が気でないらしい。
と、そんな諸々の理由で、冒険者ギルドに護衛依頼が回ってきたとの事である。
───そして、大事なのはここからだ……!
一番重要な、報酬の話である!
優良と言っても、まぁそこまでいい仕事ではないだろうとお想いのそこの貴方!
きっと、次の言葉で度肝を抜かれてしまうことだろう……!
なんたって報酬は……
報酬は……
報酬は……なんと、月給3万ゴルド!
3万ゴルドである!
……いや、言いたいことはわかる。
3万ゴルド!と言われても分からない……と言いたいのだろう?
その点については私も分からない。安心して欲しい!
しかし、しかしだよ!
この報酬には私でもわかる優良さがあるのだ!
それは……何を隠そう、"月給"3万ゴルドという所である!
そう、なんとこの依頼、日雇いではないのだ。
正式な国軍兵士がアシエーラ共和国の王城から送られてくるまでの期間、ずっと雇ってくれるという安定した職!
令嬢の申し出によっては変わるかもしれないが、基本的な勤務時間は12時から22時の間で、内容はさっき話した通り護衛のみ!
立ち仕事だから私が寝てしまう心配も無し!
こんないい職場があっていいのだろうか?!
いや、いい!
「これで、私も依頼を受けられるんだな!よし、じゃあ早速行ってくるか!」
私は笑顔で依頼書をカバンに入れると、意気込み十分といった感じで歩き出そうとする。
それにしても、異世界に来て初仕事だな!
仕事自体あまりしたことがないけど、どんな感じなんだろうか?
あ、それに仕事してる間のルフの世話は誰に見てもらおうか?
たしかザック先輩と仲良かったよな……先輩に頼むか……?
いや、ギルドの皆さんに……?
そんな具合にブツブツと考えながら、とりあえずルフを迎えに行こうと歩き出したところで、ルミネさんがとある言葉を言い放った。
「……あの、流石にまだ信用に値する実績がないということで、ほかの優良な冒険者と依頼を行ってもらうことになりますよ?
……ですので、話すの頑張ってくださいね?」
「え……?」
ほかの……冒険者と仕事を……?
私はそれを聞いて、一瞬にして石のように固まりルミネさんを見つめるのだった。
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「ルフ……私頑張ってくるから、ルミネさんの言うことを聞いていい子にしてるんだぞ……!」
「わかった。ルフもがんばる」
「偉いぞぉ……ルフぅ……!」
「なぎゃみ、わかったから……だからなかないで……?」
ルフに縋り付くように抱きつきながら、私はさめざめと涙を流す。
ルフを置いていかなければならないというのも私の涙の要因ではあるのだが、それよりも……
「あぁ……怖い……!冒険者として初めての仕事仲間と仲良くできるだろうか……?いじめられたりしないだろうか……?」
私の心は仕事への恐怖心が8割を占めていた……
いや、わかる。今の私が惨めだと言いたいんだろう君たち……
仮にも幼女と呼ばれるような年頃の女児に縋り付いて泣く23歳成人女性の図は異様だと言いたいんだろう!
しかし、仕方が無いのだ……!
私の心の奥には、仕事に対する……いや、仕事仲間……むしろ大人に対する絶対的なトラウマを抱えているのだ……!
あれは、久々に名前を出すが……私が『超高性能移動式ふとん』の研究にのめり込む原因にもなった事件だ……
話は『超高性能移動式ふとん』の研究を行うよりも前に戻る。
私、前にも言ったが、寝坊して一瞬で会社をやめているという話はしただろう?
その話には話していない部分があるのだ。
私はたしかに何度も寝坊して会社に迷惑をかけてしまった。
……というのも辞めさせられた理由の中にはあったのだが。
しかし、寝坊して辞めさせられただけなら別にトラウマにはならない。
それだけならば、自分の非を認めてそれをきちんと受け入れて他の仕事を探しただろう。
───それだけならば、な……
現実とはかくも非情である。
実は当時、私は会社の上司や同僚から、酷い虐めを受けていてね……?
虐めの内容は、簡単な暴力から、私のロッカーへの古典的な落書き、あからさまな無視等……様々なものがあったが、中でも私の心を蝕んだのは、私がずっと伸ばしていた髪を鋏で切られた時だった。
なんでも、寝坊する癖に生意気だとか、髪が長いのは不潔だとか言っていた。
私の長い髪は、母上が綺麗だといってくれて、その時からずっと伸ばしていたものだったから本当にショックだった。
異世界に来た今ではそんなことどうでもいいのだが、当時の私には耐えられないぐらいの相当な心労を孕んでしまったのだ。
だからこそ、私は突飛な考えで研究にのめり込んだし、家や友達、様々なものから逃げたのだ。
怖かった。
心が病んでしまっている私を見て、大切な人々が離れてしまうと思って、怖かったのだ。
───そんなわけで、逃げたのだ。
幸い頭は元々良かったため一人で色々やれたし、『超高性能移動式ふとん』の存在があったため、死のうなんて考えも持たなかった。
あの時は気づかなかったけど、友達も親もそんな私を陰ながら見守ってくれていたと、こっちに来てからゆっくり考えるようになって気づいたし、そんな彼らのおかげで逃げてもいい環境が揃っていたんだと思う。
───でも、今は逃げられないんだよー……!
怖いけど、頑張らないと……!
だって、ルフは私が守らないと……!
私より悲しい目に遭ってるし、何よりいい子だから助けたい……!
こんな子供に、絶望なんてさせたくないんだよぉ……!
「なぎゃみ……だいじょうぶ……なぎゃみはいいひとだから、ぜったいになかよくなれる」
ルフはそう言って、いつも私がルフの頭を撫でるように私の頭を撫でてくれた。
その手は、小さいながらも、大きくて暖かい……うぅ……
「わかった、ルフ、頑張ってくる……!」
「うん、わたしもまけない!」
ルフは普段見せないような表情を浮かべて、やり慣れてない様子のガッツポーズを取る。どうやら、私を励まそうとしてくれてるらしい。
はぁ……いい子すぎる……!
こんなの、頑張らないなんて選択肢ないじゃないか!
私は、パンと自分の頬を両手で叩くと、縋り付く形から一転、ばっと立ち上がり腕を振り上げた!
「うん!ありがとうルフ、元気出たよ!……じゃあ、行ってくる!」
「うん、いってらっしゃい」
そう言いながら手を振るルフを背に、私は歩き出すのだった。
ギルドの2階にある借りていた部屋から出て、目に溜まっていた涙を拭く。
もう、ルフに涙は見せない。
これ以上、彼女に心配はかけられない!
「じゃあながみさん、頑張ってきてね!」
「うむ!二階に居るルフをよろしく!」
下の階に降りてルミネさんの所で受付を済ませ、ギルドの外へと歩んでいく。
港町特有の潮風と、繁華街の喧騒が私を出迎えた。
「さぁー!やるぞー!出稼ぎだー!」
綺麗な青空に浮かぶ大きな入道雲。
その遥かな高みに手を伸ばすようにぐっと背伸びをした。
心は軽い。
まだ少し不安はあるけど、今はそれよりも暖かい気持ちで溢れている。
───だから大丈夫!
───だから……
───だから……ルフ、私頑張るから……これからも……!
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