第二十三話『衛兵』
しっかりとした煉瓦造りの建物が建ち並ぶ大通りを歩き、数分が経った頃。周囲の景色は変わり、初めてここに来た時に見た様々な露天商の姿が見て取れた。
ルフと同じ、獣の耳が生えている種族や、額の部分に鋭い角が生えている種族、大きな尻尾が生えていたり羽が生えていたり……街には本当に様々な種族が集まっている様だった。
「お前らはホント何でも珍しそうに見るな?」
「えっと……田舎出身なもので……」
「だとしたらそりゃ相当な田舎だな!」
「なぎゃみ、いなかずみ?」
「ルフ、言っとくがお前もだぞ……?」
リギドさんの愉快そうな笑い声を聴きながら、前に進んでいく。
変な形の武器、宝石の着いたネックレス、汚れた日用品、毒々しい色をした果実……露店に並んでいる物をざっと横目で見ただけでも分かる、品質のバラつき。
これは確実に当たり外れが有りそうだな……
いや、だからこその掘り出し物か……
私はそんなことを考えながら、関所へと歩いていくリギドさんの後ろをついて行く。
リギドさんは露店の前で何度も止まったりしながらも着実に前に進んでいき、遂に関所へと辿り着いたのだった。
「おぉーい、トレント!いるかぁあ!?」
関所に併設されている、おそらく衛兵の詰所のような場所に向かって大声をあげるリギドさん。周囲の露店で並んでいた人々は遠巻きにこちらを見ていて、目立っていることは丸わかりだった。
「ちょっと、何やってるんですかリギドさん!」
「ん?あぁ、トレントを呼び出してんだ!」
それが当然であるかのように即答するリギドさん。その目は純真しかないようなドスの効いた目で……いや、ドスの効いた目は純真では無いのか……?
「でも叫ぶのは迷惑では……?」
「こんぐらい普通普通!トレントオオォ!出てこおおおぉい!」
「みみ、こわれた……」
耳に響いたのか、耳をぺたんと倒して抑えているルフを撫でながら、さらに叫び出したリギドさんを慌てて止めようとするが全然止まる様子がない。
それどころか、詰所の扉をドンドンと叩き始めてしまった。
ここまで行くと、絵面が悪い人の取り立てみたいになっていて周囲がざわめき始めてしまった。これはまずい事態である!
「おぉーいトレントー!遊ぼうぜー!」
「あんたは子供か!そんなことはやめなさい、迷惑になるから!」
「ん?俺はもう24歳だ!はっはっはっ!舐めんじゃねぇ!」
「みみが……」
暴れ回るリギドさんを何とかして止めようとする。しかし、微動だにしない!
何故だ?何故止まらんのだ!
ていうかこんな見た目で私よりひとつ上程度かよ!
リギドさん見た目に反して若ッ!なんか悲しくなったわ!
と、私たちがそんな風にわちゃわちゃしていると、突然扉がバン!と開き……
「うるせぇぇぇぇえッ!休日ぐらいゆっくりさせろ!」
そう言いながら、前に関所で見た衛兵のお兄さんが出てきたのだった。
「おう!トレント!今日も元気そうだな!」
「あぁ、お前のお陰でなッ!さっきまで穏やかに寝てたが飛び起きたよッ!」
「はっはっはっ!そりゃあ良かった!」
ひと仕事を終えたと言わんばかりに、ふぅと額についた汗を拭うリギドさんを恨めしそうに見つめるトレントさん。
しかし、そこまで狼狽えてないところを見ると、もしかしたらこれが日常茶飯事なのかもしれない……可哀想に……
「……で?今日は何の用だ?」
トレントさんが頭を抑えながら周囲の人に手を振って、私たちにそう問いかける。周囲の人は「なんだ、あいつらか」みたいな感じでぞろぞろとはけていった。日常茶飯事なんだなぁ……
「今日用事があるのは俺じゃねぇのよ!」
リギドさんはそう言うと私たち二人に顔を向けて、顎でクイッとして行けと示した。満面の笑みである。
うわぁ、この不機嫌そうな状態のトレントさんに渡さなきゃいけないのか……嫌だなぁ……
しかし、そうも言ってられない。
私は覚悟を決め、トレントさんの前に出ていった。
「あのー衛兵さん……トレントさん!」
トレントさんは背の高いリギドさんのことを睨んでいたせいか、前に出ても気づいてくれなかった。だから少し大きい声で名前を呼んでみる。
「あ?……あぁ、君たちはこの前ヴォレオさんと一緒に入ってきた人達だね?」
うわぁ、一瞬めちゃくちゃドスの効いた声が出てた……
確実に「あ?」に濁点がついてた……
完全に萎縮しながらも、話を続ける。
「え、えっと……身分証を返しに来たんですけど……」
「あ〜……はいはい、ありがとね。じゃあ、身分証明できるものと一緒に仮の方返してね」
あ、良かった……普通の感じに戻った……
私はそれを見て少し安心すると、私の隣で露店を眺めていたルフにカードを預かり、自分のとまとめてトレントさんに提出する。
トレントさんはそれを受け取ると、カードをしっかりと確認していく。
「すみません……こんなことで起こしてしまって……」
「いや、いいよ。これも仕事だからね……うわっ君飛び級したんだ?しかもDランクに……すごいな?」
「あーまぁそうらしいです……いきなり殴りかかられたんで必死になって対処しただけなんですけどね……?」
私が遠い目でギルドで起きたことを話すと、トレントさんは哀れんだような目で苦笑いした。きっと、私以外にも試験を受けた人を見た事があるのだろう。
「あ〜それは大変だったねー……はい、ナガミさんとルフちゃんね。身分登録完了しました。
これからはギルドカードを見せてくれれば、通行料なしで関所を通れるから。冒険者活動頑張ってね?」
「はい、ありがとうございました!」
「ありがと」
私たちがそうやって礼をすると、先程とは違った笑みを浮かべて手を振ってくれた。トレントさんもいい人だなぁ……
「じゃこれで用は終わったな。ナガミ、俺は外に用事があるから、ここでお別れだ!」
「あ、そうなんですか……なにかの依頼ですか?」
「おう!詳しくは言えねぇけど、何やら大変らしくてな?ギルドマスターから直で依頼貰ったのよ!」
リギドさんは、ぐっと力こぶを作り愉快そうに笑った。
「へぇ〜……大変そうですね」
「まぁでもその分報酬もいいから、帰ってきたらどっか食べいこうぜ!じゃあまたなー!」
「りぎど、またね」
「おう!ルフの嬢ちゃんもいい子にしてるんだぞー!」
リギドさんはそう言うと、関所でトレントさんに何やら話してから走り去って行く。
最初は視線とかすごく怖かったけど、接してみたらお節介焼きのいい人だったな。子供っぽいところはあったけど……
「なぎゃみ……なにする?」
ルフが私の袖を掴みながらそう聞いてきた。
おそらく何かしないと落ち着かないのだろう。
周りを見ながらそわそわしていて、好奇心が抑えきれないような様子である。
「そうだなー……お金ないし、簡単そうな依頼でもこなしてみようか?」
「うん、そうする」
「じゃあ、ギルドに戻るか!」
私はそう言うと、ルフの手を引きながらギルドがある繁華街へと戻っていくのだった。
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