第二十一話『夢からの目覚め』
『……!……!』
誰かが 呼んでいる。
『……み!…………!』
声は震えていて
今にも泣きそうで
『……がみ!……ったい……!』
どこかで聞いたことのあるような気がするけど
誰だっけ……?
『……がみ!ぜったい……おい……!』
ぽたぽたと私の頬に雫が堕ちる
あぁ……泣かないで
そんな顔、見たくないよ……
『……がみ!ぜったい……おい……から!』
もう動かない私の胸に
彼女は縋り付くように……
ねぇ……泣かないでよ
『ながみ!ぜったい、追いつくから!』
泣かないでよ……───……!
『だから、待っててね……!ぜったい、待っててね……!』
───はそう言って
光となって空に消えていく
私の欠片を抱きしめるのだった。
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「……うわぁッ!」
目が覚める。
なにかに驚いて飛び起きると、知らない部屋のベットで寝かされて居るようだった。
「ここは……私なんで泣いて……?」
ぽたりぽたりと頬を伝い落ちる涙。
それを呆然と眺めながら、なぜ泣いているのかを思い出そうとする。
私は、確か冒険者ギルドに居て……
女の人を倒して、何故か宴会が始まって……
そこから……頭がクラクラして……
そして、その後……なにか夢を
「ッ……!頭が……」
突然の頭痛に頭を抱える。
脳の奥底がつつかれるような痛み……
何故か分からないが悲しい気持ちにさせる様な痛み……
もう少しで何かを思い出せそうだったが、思い出そうとすると頭がそれを拒絶する様に痛みを訴える。
でもそれが大切なもののような気がして、必死に思い出そうとするが、とうとう耐えきれず私はベットに倒れ込んだ。
「何を見たんだろう……なぜ泣いてたんだろうか……」
自問自答を繰り返しながら、ゆっくりと天井を眺める。
しかし、いつまで経っても答えは出ない。
私は酷く鈍い喪失感を覚えながら、暫くの時間を過ごしていた。
そうやって呆然としていると、部屋の扉がノックされる。
宴会中に倒れてしまった私の様子を、誰かが確認しに来たのだろう。きっと何度も来ていたのかもしれない。
そうなると、心配かけてしまったかな……
涙の後を拭いて気持ちをリセットする。このことは忘れよう。
いつまでも悩んでいたらみんなが心配してしまう。
解決できないことは、とりあえず後回しだ!
「起きてます!どうぞー!」
私が無理やり元気をいれてそう告げると、部屋の扉がギィと音を立てて開いた。
それと同時に、ばっと飛び込んでくるひとつの影。
「なぎゃみ!おきた!だいじょうぶ?!」
ルフが猛スピードで私の元へ駆けてきたのだ。
ルフは普段ひとつも揺るがさない表情をくしゃりと曲げて、泣きそうな目で私に抱きついている。
そんなルフの頭を撫で、意図しながら笑顔を作った。
どうやら相当な心配をかけてしまったみたいだな。
「ルフ、心配かけてごめんな……」
「なぎゃみ……とつぜんたおれて、わたし……」
「うん……うん、ごめんな……」
「ううううぅ……!」
ルフはぎゅっと私の服を握る。
服はルフの心配だった気持ちの大きさを表すようにぐしゃりとゆがんだ。
「そうだぜナガミ!倒れた時どうしようかと思ったぜ!」
ルフの付き添いで来てくれたのだろう、扉の近くに立っていたリギドさんがおどけた様な口調で話す。
きっと、場を和ませようとしているのだろう。
ルフの背中をぽんと叩いてガハハと笑い、水を私に渡してくれた。
「ありがとうございますリギドさん。それと、迷惑おかけしてすみませんでした……」
「いやいや、何も聞かずに酒を頼んだのは俺だからな!お前は何も悪くねぇよ!」
私の謝罪に対し、いやいやと手を振りながらそう答える。
それに飽き足らずリギドさんは「こっちこそ酒飲ませて悪かった!」と突風が起きそうなぐらいの速さで頭を下げてみせた。
リギドさん初めはすごく怖い人だと思っていたが、心根はすごく優しい人なんだな……
まぁ、優しくても目つきは怖いけど……頭を下げながらこっちを見てる目が殺気すら感じる様な目をしてるけど……!
「おぉ……起きたか。おはようながみ君」
リギドさんたちが入ってきて開きっぱなしだった扉から、中を覗くようにして声が掛かる。
疲れた時に出る声を5時間ぐらい鍋で煮込んだような、この熟成された特濃の疲れ声は聞き覚えがある。
それは、私がギルドに来てからゆっく〜りと話し合ったあの男。
親切心で渡しましたよ風を装いながらギルド加入試験用の書類を渡してきたあの男!
そう、私が受付のルミネさんと戦う面倒臭い状況を作り出してくれやがった、ギルドマスターのヴァレントさんだ。
「……あ、親切そうなことを言いながら私を騙したギルドマスターのヴァレントさんじゃないですか。どうもこんにちは」
私は受けそうになったルミネさんの拳の意趣返しとばかりに、初手で小言を織りまぜながら挨拶する。
それを聞いたギルドマスターは、引き攣った口角を見せてくれた。よし、動揺しているようだ。
「ははは……ご、ごめんな……?」
申し訳なさそうなくたびれた笑みを浮かべ、謝罪の言葉を口にするヴァレントさん。
凄まじく気まずそうである。
「ふふっ……あの拳、殺気篭ってたなぁ……」
「……ほんとごめん!悪かった!」
ヴァレントさんは私の呟きを聞き、笑みを作るのさえやめてガチ謝りを決行する。
その顔は相当くたびれていて哀愁をすら感じとれるものだった。
まぁこのぐらいで許してやるか……
「嘘ですよ。嘘。全然怒ってないです」
「ながみ君目笑ってないぞ……?」
「……そんなことないですよ?」
そう言って私は笑顔でヴァレントさんを見つめる。
あぁ私はなんて心が広いんだろう!ほとんど実質殺されかけたというのにその相手を許せるなんてすごいね?!
「そ、そっか……じゃあ、これ、君のギルドカードだっ!私はこれで失礼するねッ!」
しかし、私が海よりも広い寛大な心で受け入れたにもかかわらず、ヴァレントさんは2枚のカードをおいて逃げるように走り去ってしまった。
おぉ……なんて罪深いのだろうか……!私はこんなにも優しいのに逃げてしまうなんてなぁ……?
「なんというか……ナガミは怒らせない方がいいということがわかったな……」
私とヴァレントさんの絡みを眺めていたリギドさんが震えている。どうかしたのだろうか?……風邪かな??
「と、そんなことより。ギルド加入おめでとうな!」
リギドさんはこほんと一息ついて気持ちを切り替えると、賞賛の言葉と共に笑顔で手を叩いた。
「え?もうギルド加入したんですか?」
私は驚いてリギドさんに問い掛ける。
ルミネさんの話した時に、しばらく時間が掛かると言ってたので驚いたのだ。
「おう!お前が持ってるギルドカードがその証よぉ!それに、もうっていってるけど、ナガミが試験に合格してから一日は経過してるし……」
「一日!?一日寝てたんですか私!」
「うむ。そりゃもうぐっすりと……」
「なぎゃみすごいぐっすりだった!」
笑顔で頷き合うルフとリギドさん。
そんなものを見ながらも、私は驚きで声が出なかった。
日本にいた頃の記憶を辿る。
そういえば酒を飲んだ次の日は外がやけに明るいなと思っていたが、あれは長い時間が経過していたからなのか……
高校を中退してから、仕事に就き20歳になり……偶にしか飲まなかったから気づかなかったな……
───私はお酒に弱いのか……!
私は愕然としながらその結論にたどり着く。23年生きてきて初めて知った事実である。
しかし、そんなことを考えているとあることを思い出した。
「あ、そういえば仮の身分証返しに行かないと……」
確か、この街に来た時関所の衛兵さんがそう言っていたはずだ。身分の証明出来るものを手に入れたら、仮の身分証を返しに来るように、と。
「ん?あぁ……お前たち外から来たのか!」
リギドさんがぽんと手を叩いてそう声を上げた。
「あ、はい、そうなんです。私は日本っていう遠くの村から来て、ルフは青狼族の村から……」
「へぇ〜そうなんだな……じゃあ今から衛兵のところ行くか?ついでにこの街を案内してやるよ!」
私の話を聞くと少し考えるような素振りを見せてから、ニヤリとした笑顔になりそう提案してくれた。
「いいんですか?そんなことまでして貰って……」
「おうよ!ルフのお嬢ちゃんとも仲良くなったしな!後輩の面倒見るのも先輩の務めよぉ!」
「へぇ、ルフ、リギドさんと仲良くなったんだな。良かったなぁ!」
「うん。りぎと、いいひと」
どことなく嬉しそうにしっぽを振るルフがかわいくて、私は思わず頭を撫でた。すると、ルフは気持ちよさそうに目を細めていた。
「……それに、衛兵のトレントがお前のDランクギルドカードを見て驚くところもみてぇから!」
「……りぎど、わるいひと」
「リギドさん……一瞬で好感度が降下しましたよ……って、そんなことより、Dランクってなんですか?」
聞いたことの無い単語を耳にして、思わず問いかける。
どこかで聞いたことがあるような気もするが、思い出せないので気になってしまった。
「おう、知らねぇなら教えてやろう!いいか?ギルドっていうのはな……」
そう言って、リギドさんはギルドの仕組みについて語ってくれた。
リギドさんから聞いた話を簡単にまとめるとこんな感じである。
まず第一に、ギルドとは民間や国から依頼された仕事を斡旋する施設であるらしい。
その依頼には内容によってランクがつけられるのだが、高いランクの依頼を受けるためには、ある程度の量の依頼をこなして冒険者ランクというものをあげなければならないらしい。
ランクは低い順に『F、E、D、C、B、A、S』となり、高ければ高いほど国から様々な恩恵が受けられるとか……
「で、お前は飛び級でDランクになった訳よ!
こんなの初めてのことだぜ?なんせ、ふつう飛び級があってもEだからな!」
そう言って、何故か誇らしげに胸を張るリギドさん。
どうやら自分の事のように喜んでくれているらしい。本当にいい人だ。とてつもなく目が怖いけど……
「へぇ〜……なんかカード2枚ありますけどこれも意味があるんですか?」
私は手元に持っていた、ある程度の硬度をもった丈夫そうな2枚のカードをリギドさんに見せる。
ひとつは薄茶色のDと書かれたカードで、もうひとつは薄緑色のFと書かれたカード。文字が読めないので、それ以外なんて書いてあるかは分からなかった。
「あぁ、もうひとつのはルフのお嬢ちゃんのやつだな。
ナガミが寝てる間に自分で登録してたんだよ。Fランクでも身分証にはなるからってな!ルフの嬢ちゃんは頭いいなぁ〜!」
「ひつようっていってたから、とった」
「そうか……偉いなルフ!」
「ルフえらい……!」
「はっはっはっ!褒められて良かったなぁルフの嬢ちゃん!」
そんなことを話しながら、私たちはリギドさんと部屋の外に出ていく。
そして、一階に居たザック先輩やほかの冒険者に見送られながら衛兵のトレントさんの所へ向かっていくのだった。
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