第二十話『祝いと酒』
「ここの料理は安くて美味いんだぜ!」
「へ、へぇ〜。そうなんですね……」
冒険者ギルドの一角にある酒場と店が併設されたようなテーブル席に、私とルフとスキンヘッド大男とナイフ舐めてる人の4人で座る。
凄まじく場違いなこの状況に胃が痛くなるが、ルフのお腹が空きまくっているようで離れる気配が無い。
これはルフのお腹が脹れるまで一緒に居なければならないようだ……
私がそんなことを考えていると、スキンヘッド大男が荒い紙で出来たメニュー表のようなものを私に渡してくる。
「ほらネェちゃん、何が食べたい?」
「えっと……あまり料理に詳しくないのでおすすめで……」
「おぉ、そうか!じゃあ俺と同じメニューだな!店主、オークサンドとドレイクサラダと……うーん、果実酒二つ!」
……!?
このスキンヘッド酒頼んだぞ?!
いや、おすすめって言ったけどそこで酒をチョイスするやつがあるか!
今私の目飛び出してんじゃないかって思うぐらい驚いたわ!
「お嬢チャンは何か食べたいものあるかァ……?」
そんな私を後目に、ナイフ舐めてる人がルフの注文を聞いていた。意外と気遣いのできる人なのかもしれないがやはり怖い。
子供と話す時もナイフ舐めてるあたりすごく怖い。
「たまごのやつ」
しかし、ルフはそんなことを気にする様な女ではない。
周囲に座って食事をしている人々を観察して、目についたものを指さし答えた。
「エッグミートかァ……いいチョイスだなァッ!?」
ルフの返答に興奮したのか、ナイフを舐める舌の動きが早くなり、口角が大きくつり上がった。
おそらく喜んでいるのだろうが、凄まじく怖い。見た人を殺す様な笑顔である……
「ありがと」
しかしそこはいつでも冷静でクレバーな女であるルフ。
一言そう告げると足をぶらぶらさせながら物思いにふけっているようだった。
「こいつエッグミート好きなんだよ!良かったなぁザック!」
「そうだなァ……ヒャハハハハ!」
大男はそう言って、ザックと呼ばれていたナイフさんの肩をバンバンと叩く。
このナイフさんはザックという名前なのか……大男の方はなんていう名前なんだろうか?
うーん……一応ごはん奢ってもらうし名前ぐらいは聞いといたほうがいいか。
そう思った私は、2人で肩を組み笑いあっている大男に声をかけた。
「あの、えーと……ちょっといいですか?」
「ん?なんだネェちゃん!」
「あ、はい……質問いいですか?」
「おう!なんでも聞いてくれ!」
おどおどとした私の言葉に、ドンと自分の胸を叩いて返す大男。良かった。聞いてくれるようだ。
「じゃあ……話の流れでそちらの方がザックさんというのはわかったのですが、あなたはなんて呼べばいいでしょうか?」
うむ。我ながら他人行儀というかなんというか……
人と話すと取り繕ってしまうんだよなぁ……昔から人付き合いは苦手である。
「あぁ〜そういえば名乗ってなかったな!俺はリギド!リギド・ウォーカーだ!」
「リギドさん……リギドさんですね。了解です」
スキンヘッドで私の1.5倍はありそうな体躯、黒い大きな大剣を持ち人を射殺すような目をした男がリギドさん……
名前を覚えるために、昔からよくやっていたやり方を実践する。相手の印象と名前を結び付けて記憶に残す方法で、顔を見ると芋ずる式に名前を思い出せるのだ。
クラス替えとかの時によくお世話になった覚えがある。
「一応オレも言っとくぜェ……オレはザック・フューリィ……!
これでもBランク冒険者だァ!」
「ザックさん……Bランクのザックさん……」
「そうだァ……ザック先輩と呼べェ……!」
「あ、はい。了解です……」
口元に大きな傷のある、細つり目の黒髪男。大男程ではないが身長が高く細身で、ナイフを舐めるのが特徴のザック先輩……
「で、そっちはなんて名前なんだ?」
私が必死になって名前を覚えていると、スキンヘッド……リギドさんがそう聞いてくる。
それを聞いて、私の脳は思考を一瞬停止すると、その後熱を持ち高速で回り出した。
……簡単にいうと、相手を名乗らせたのに自分が名乗ってなかった恥ずかしさで頭がいっぱいになったのだ。
「……すみません名乗ってませんでした!私はながみ。永巳 叶夢 といいます。で、こっちが……」
「るふ。はっさいです」
顔を赤くしながら私がそう答える。ついでにルフの紹介もしようとしたが、ルフは私が言う前に自分で答えた。
ていうかルフって8歳だったんだな……はじめて知ったわ。
「ナガミとルフだな!改めてよろしく!」
リギドさんはそう言うと、ちょうどやってきた料理を私たちに渡して果実酒を掲げる。
それに続くようにザック先輩、ルフ、少し遅れて私が掲げる。
すると、周りで食事をとっていた人々もそれにつられるように自分達の飲み物を掲げていった。
「じゃあ、新たに新人が加わったことを祝して!カンパーイ!」
「「「「「「カンパーイッ!!!」」」」」」
木のジョッキが当たる、カンッという小気味よい音が辺りに響く。目の前にいたリギドさんは果実酒を一気飲みし、隣にいるルフは飲み物に口をつけずエッグミートを食べ始め、ザック先輩はナイフをべろべろと舐めている。
そこらじゅうから騒ぎ立てるような大きな笑い声が聞こえ、勢いに負け少したじろぐ。
私はとりあえず1口だけ果実酒を口にして、リギドさんのおすすめらしいオークサンドを食べることにした。
オークサンドは、ナンのような生地をしたパンに豚肉?を挟んだシンプルな食べ物のようだ。
アメリカのポークサンドみたいなものだと思ってもらえればいいかもしれない。名前も似てるし……
私は両手でオークサンドを持ち上げると、口へ運ぶ。
「ん……!」
───すると、ひとつ齧った瞬間に口の中全体へと肉汁が広がっていった!
脂質だ……!味の濃い食べ物だ!
私は長らく口にしていなかった味の濃い食べ物に、先程まで萎縮していたテンションが最高潮へ到達した。
「この肉汁の圧倒的な旨みに加え、口に残るピリッとした後味……そこに柔らかく優しい風味のパンを加えることで凄まじい相乗効果をもたらしているッ!」
「おっ、ネェちゃんわかってるねぇ!ほら、ドレイクサラダも食べな!」
私があまりの美味しさに思わず口を走らせると、それを聞いていたリギドさんが嬉しそうにしながらサラダを渡してきた。
「これはな、マンドレイクっていう植物系の魔物を使ったサラダなんだよ!この時期にしか食えないんだぜ?」
「マンドレイク?」
マンドレイクというものが気になり、目の前にあるサラダを観察する。
キャベツとレタスの中間のような野菜、おそらくゴマだと思われる種、ごぼうのようなもの……
それらを千切りにしてなにかの調味料で和えたと思われるサラダが木のボウルの中に入っていた。
「……ごぼうの和え物?」
「ごぼう?それがなんだか知らねぇが、その薄茶色いのがマンドレイクだぜ!
マンドレイクは花と葉っぱに毒があるんだけどよぉ、根っこは毒がなくてコリコリしててうめぇのよ!」
そう言うと、リギドさんは自分のサラダをガっと一口で平らげた。その後、いつの間にか頼んでいた果実酒を一気飲みする。
かぁあ!うめぇ!というリギドさんの声が響いた。
それを見てとりあえず安心だとわかった私は、取り出した箸でサラダを掴み恐る恐る口へ運ぶ。
口へ運ぶと、マンドレイクの根がコリコリとした心地よい食感を私の脳へ伝える。
そこに、柔らかいキャベツとレタスの中間のような野菜とゴマの風味が混じり合い、それを纏めるようにして酸味の効いた調味料が存在感を主張する。
全てが互いを引き立たせ、全てが完璧に引き立っている。
控えめに言って最高。
それ以外の言葉は必要ないぐらいの幸せを私に与えてくれた。
「ネェちゃん嬉しそうに食うなぁ!」
「はい、食事が久々だったので……」
「そうかそうか!たくさん食えよ!」
リギドさんにそう言われ、テンションの上がり方が子供っぽかったかと思い返して少し恥ずかしくなる。
久しぶりのちゃんとした食事だったので、舞い上がってしまったようだ。
私は恥ずかしさを隠すように酒を口にすると、またゆっくりとごはんを食べ始めようとした。
「ん……?」
しかし、少しして頭がクラクラすることに気づく。
世界が曲がり、揺れ、ぐわんぐわんと頭の中が混ざっていく感覚。こんな感覚は初めてである。
なんか、ふわふわとした……
からだがぽかぽかするような……
……ん〜ダメだ、なにもかんがえられない。
「……どうしたネェちゃん?大丈夫か?」
「ん〜……?だいじょーぶ、だ……」
「おい?おいネェちゃん?」
私が覚えている最後の記憶は、対面から私を揺らす心配そうなリギドさんの表情だった。
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