第十八話『加入試験』
【ヴァレント視点】
冒険者ギルドの二階にある、調度品の凝られたギルドマスター専用執務室。
その場所で私はぐったりと頭を抱える。
最悪である。最悪の事態である。
頭を抱えた拍子に机の上にあった資料をくしゃりと歪ませてしまうが、今はそれどころではない。
崩壊した青狼族の村。
武装をしたリザードマン。
それが100匹以上の大群となって村を襲っている事実。
「はぁ……」
これで悩まないわけが無い。
こんなのは異常だ。ヴォレオの言っていた通り確実に何かある。
「……」
青狼族は代々伝わる戦闘民族だ。
気という独自の技術を使って敵を翻弄する、神獣フェンリル様の子孫と言われている。
そんな彼らが、一晩で壊滅?
普段群れないはずのリザードマンが集団で襲った?
明らかにおかしい。
こんなの史上類を見ない異常事態だ。
───こんなの、Bランクどころか、Aランクすら軽く超えている。
「直ぐに、戦える者達を集めなければ……!」
私は机の中に閉まっていた"緊急招集書"を取り出すと、必要事項を書き込んでいく。
───緊急招集書。
ギルドに加入しているものを強制的に招集する為の書類だ。
ギルドに加入しているものは、各ギルドでの仕事斡旋や格安の宿、食事などを受けられる代わりに、対価として国や街の緊急時、戦力として強制的に駆り出されることがある。
その時に使われるのが、この緊急招集書なのだ。
「条件……Dランク以上、リザードマンとの戦闘経験があるもの。内容はグリム大森林に現れた、武装したリザードマン100体以上の討伐……」
このぐらいか……
果たして、この緊急招集でどれぐらいの冒険者が集まってくれるだろうか?
分からない。
分からないからこそ、今は一人でも人員が欲しいんだ。
「……」
ヴォレオが助けられたという瞬速の攻撃。
それが本当ならば、今回の件で確実に助けになる。
だから……
「だから……合格してくれよ。新たな冒険者君よ……」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【主人公視点】
「ルフ、お前よく言ったなぁ!すごいぞー!」
「……うん。がんばった」
隣でぎゅっと手を握るルフの頭を撫でながら、ギルドの一階にある受付カウンターに歩を進める。
さっきの話し合いでルフは本当に頑張っていた。
震えながらもきちんと状況を話す姿なんか天才のそれだった!
やはりうちのルフはすごい!
ルフすごい!略してルフい!
「ルフい……ルフいか……!我ながらいい言葉を……」
「なぎゃみ、ついた」
ルフはそう言って私の袖を引っ張る。
何事かと思いそちらを見ると、いつの間にか受付カウンターに辿り着いていたようで、カウンターでは受付のお姉さんが大変そうな様子で仕事をこなしていた。
「次の方どうぞ!はい、それはですね、魔物の討伐部位が───」
受付のお姉さん、もはや大変すぎて右手と左手で違う仕事をしながら冒険者たちの相手までしている始末だ。
なんか、そこまでいくとむしろ効率落ちてるんじゃないだろうかと思わなくもないが、大丈夫なのだろうか……
「これ……話しかけていいのかな?」
「いい。それがおしごと」
私の発言を聞いて、ルフが平然とそう答えた。
「それもそうか……ルフいな……!」
ルフい……やはりいい……!
「おねーさん。つぎ、わたしたちおねがい」
「あ、はい!青狼族の子供……何か用事かなー?」
私がルフいの余韻に浸り続けていると、隣にいたルフがいつの間にか受付を始めていた。
「あ、すみません。用事あるのは私でして……」
私は急いで受付の方へ走っていく。
すると、お姉さんはルフのことを撫でていた手を止めて、私の方へ向き直った。
濃い桃色の髪を後頭部でお団子に丸めて、余りをお団子の下に流している。目は黄色で力強くすらっとした感じだな。
「あぁ、この子はお連れ様ですか!
大変失礼いたしました……!それで、今日はどんなご用事で?」
おぉう。すごいな、話しかけてからこちらに反応するまで一瞬だった……この切り替えの速さ、さては仕事のできる女性だな?!
「えっと、ギルド加入登録をお願いしたくて……」
「ギルド加入ですか……それでしたら、軽い素性や得意な戦い方等をお聞かせください」
そう言ってお姉さんは、なにかの紙とペンを取り出した。
手渡してこない所を見るに、どうやら代筆してくれるようだ。
助かった……私この世界の文字読めないし書けないからな……
私はそんなことを考えて内心ほっとしながら、自らの素性を話していく。
「えーと、ですね……私の出身は、ここから結構遠くの日本って所でして、今は……世界を見てみたくて旅をしています。
戦闘はあまり得意ではありませんが、中距離なら少しは戦えるかもしれません」
「ながみ、まほうつかえる。すごいひと……!」
私がとりあえずあたりざわりの無い紹介をしていると、隣からルフが割って入ってきた。
キラキラしている瞳は可愛いのだが、しかし自分についてあまり詳しく知られたくないのでこれはまずい。大変ルフくない!
───これは一刻も早くルフのことを止めなければ!
「ル、ルフ!私はそんな凄くな……」
「ッ!魔法ですか?!
いいですねぇ……!私も好きです魔法!貴方はどこの信派の方ですか?」
うわぁ予想以上に食いついてきた!
それに、ルフの目はキラキラして可愛かったが、このお姉さんの目は相当イってる。ギラギラとした飢えた肉食獣の視線だ……!
さっきまでのできる仕事人みたいな雰囲気が一瞬で掻き消えたぞ?!獲物を狩る捕食者の瞳だ!!!
しかし、そんなことより……
「信派……?!え、えっと───!」
初めて聞く単語である。
なんだろうか?魔法にはなにかの派閥が存在するのだろうか?
それとも、魔法を放つ時に呪文唱える派か唱えない派かとか……!?
う、うーん。私は呪文あるなら欲しいけどな……かっこいいし。
いや、私は自身は唱えないけどな?他人が詠唱しているのを見てかっけぇ……!って思いたい派だ、私は……って、こんなくだないことを考えている場合じゃない!
───もし何らかの派閥があるとしたら、返答によっては立場がやばい可能性……!これはどう返答すればっ……!
「……あれ?魔法使いの方は信じる神を持っているものですよね?」
「え……あ、あぁはい、神ね!そうですよね!知ってました!」
あぁ信派って宗教的なあれか!
一体どこの神様信じてるのきみぃ?ってことか!
なぁんだ良かった……って、いやいや宗教問題の方が派閥よりも不味くないか!??
「良かった、知ってらしたんですね!」
くそっ!これは何としても話題を変えなければ!
「……えぇ、それはもう!と、そんなことより登録を……」
「で、どこの信派の方なんですか?」
ぐっ……話題変え失敗……!
この女、何がなんでも信派を聞く気だ……!信派絶対至上主義だ!!!異端者として殺される?!!!!
「えーと……」
「はい!」
───まずいまずいまずい!
私この世界の神なんて1人たりとも知らんぞ?!
前世でも無神教だったし、適当に言ってダメだったら……?
時代によっては、斬首刑とか……!!??
「どうしたんですか?早く教えてくださいよ!」
「ぐ!?いや、その……!!」
せ、急かしてくるだと……!?
なんて図々しいんだ!信派のことになってから変容具合が凄まじいぞこの女!何としても聞き出して私を斬首刑にしようとしているのか!??
くっ……こうなったら適当に言うしかない!
えーと何を言えば……!なにか、なにか……!
「さぁ……!」
───人間こういう時に思い出すのは、意外と全く関係ないものだったりするのだ。好きなものだったり、普段身につけてるものだったり。
だからこそ私は、頭の中に巡る膨大な言葉の中から、咄嗟に前に躍り出てきたその言葉を口にした。
「え、えーと、ふとん教かな……?」
───あぁ……やってしまった。
くなんだよふとん教って……一体どんな教団なんだよ……
教義は安眠か?教義は安眠なのか?教義は安眠なんだろう!?みんな快眠でよかったなぁええ!??
パニックになってそんなことを考えながら、汗をダラダラと流す私。もう心臓がバクバクである。二千BPMぐらいの速さで鼓動がリズムを刻み始めている。
「ふむふむ、ふとん教……その先程話されていたニホン村で信仰されていたんですかね?
聞いたことないですが、なんだかかっこいい名前ですね……
───はい、ということで記入完了しました!」
しかし、そんな私に対し、お姉さんは至って冷静だった。
そう言って、爽やかな笑顔でニコッと笑いかけてくるお姉さん。私はそのお姉さんの笑顔を見て、思わず拍子抜けした返事を返してしまう。
「え……?あ、ありがとうございます?」
えっと、疑われなかった……?
もしかして、どんな神を崇めていても良かったってことか???
私は思わず安堵のため息を洩らし、緊張を解く。
反応を見るに土着的な信仰にも寛容な感じなのか異世界……
それならあまり恐れなくて良かったかもしれないな……はは、斬首刑とかあるわけないか!良かった……!
「では、これで私も冒険者になれるということでいいんですかね?」
「はい……しかし、ですね。
少々問題がありまして。規定取り、書類の記入は終わったんですが……」
「ッはい!?えっと、どんな問題が……?!!」
や、やっぱりふとん教ダメだったか!?私殺され───
「あの、異国の方ということで、冒険者登録の方に少々お時間がかかってしまう状況でして……すみません」
そう言って気まずそうに眉を下げるお姉さん。
お姉さんの表情から、明らかに申し無さげな感じが伝わってきてすごく可哀想である。
なんだ、そんなことか!
しかし、それならご心配無用だな。何故ならば……
「あの、ギルドマスターさんから、なにかの書状を貰ってます!どうぞ!」
「書状……ですか?」
私が渡した紙を、受け取って読み始める。
ふむふむと頷きながら読んでいる姿は、少しふわふわとした雰囲気で面白い。
お姉さんは紙を読み終えると、ふぅと顔を上げた。
「どうでした?これで何とかなりますかね?」
何故か神妙な面持ちをしているお姉さんに問いかける。
大丈夫な筈だ。なんたってギルドマスターのヴァレントさんが私たちを気遣って渡してくれたものなんだから……
だが、なんだろうかこの嫌な予感は……
「わかりました……」
「わかりました……?」
「はい……これより、ギルド選定試験を開始します!」
お姉さんは周りに聞こえるようにして、高らかに告げる。
その瞬間、周りがザワつくのがわかった。
「ギルド……選定試験……?」
「はい、ギルド選定試験です!貴方に資格があるかを見定めさせていただきます!」
あぁ……反応からして理解してしまった……
これは絶対に問題事だ……
───あの腐れギルドマスター、気遣ってるように見せかけて私を騙しやがったな……!?
「はっはっはっ!選定試験なんて久々に聞いたな!」
「おい!あの嬢ちゃんが合格するかどうかかけようぜ!?」
「へぇ、面白そうじゃん?お手並み拝見と行こうかな……」
強面のスキンヘッド、ナイフ舐めてる人、フード被った顔見えない人etc……さっきまで後ろで騒いでいただけの奴らが、こうもぞろぞろと……!
私は祭りごとかよ……人に見られるのは苦手なんだがなぁ……!
ギルドマスター、今度あったら絶対に永眠させてやる……!
「では、参りましょうか?」
そう言って、お姉さんはカウンターから出て歩き出す。
私の手を逃げないようしっかりと握り、ギルド入口とは真逆に存在している裏口から外へ出ていく。
裏口の先には小規模な学校の運動場のような、体の動かせる施設が作られていた。
私たちの後ろから着いてきていた強面の冒険者たちが、それぞれ好きな場所に座り始めた。
見てみれば、酒を飲んだり私の合格を賭けていたりすごく自由そうだ。
しかしこうなると、前も後ろも囲まれて逃げられそうにないなぁ……
「……ルフ、ちょっと離れてて?」
「なぎゃみ、だいじょうぶ?」
「分からない……けど、逃げられないっぽいからな……そこの人ちょっと頼んだ!」
私のことを心配しているルフの頭を撫で、近くに居たいい人そうな冒険者に世話を頼んだ。いい人そうな冒険者君は嫌がることも無く、一言返事でOKしてくれる。
さて、何をやるかは説明されなかったが、こんな場所に連れてきたってことは十中八九争い事だろう。
面倒臭いが、やるしかないか……
私は重い背負いかばんをおろして木の槍を取り出す。
……木の槍を取り出した瞬間、後ろから笑い声が聞こえたがまぁ良しとしよう。
「準備は出来たようですね。理解が早くて助かります」
どうやら争い事で合っていたらしい。
お姉さんは私に向けて拳を構え、真っ直ぐに見つめてきた。
勝負する相手お姉さんかよ!?
しかも、お姉さんあんなに魔法に食いついたのに戦闘スタイル無手って……!
「さぁ……始めましょうか!熱いバトルを……!」
「あぁ、もうどうにでもなれだッ───!」
その言葉を合図に、私の選定試験が始まるのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




