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第十七話『影とギルドマスター』


「やっほー蜥蜴クン、首尾は上々かい?」


───グリム大森林東の奥地。

アシエーラ国と青狼族の村を挟んだその場所に、大量のリザードマンが息を潜めていた。


 普通のリザードマンとは違い、鎧を着ていて武器を携帯している上、鳴き声をあげることも無くただただ立っているだけのその姿は、異常としかいいようがないほどおかしな光景だった。


「馬鹿めが……こやつらと一緒にするでは無い」


 そして、その中心にいるリザードマン。

他のリザードマンよりも一回り体躯が小さいが、すらっと引き締まった筋肉に加え、見ただけで人を射殺すような鋭い眼光、空気を凍らせるような風格……


 加えて言葉の端からわかる圧倒的な自信が、彼が強者であることを主張していた。


「あはは!ごめんね〜?えーと、カゲロウ……だったっけ?覚えにくいんだよねー君の名前!」


 そのリザードマンの後ろにいつの間にか立っていた少年は、カゲロウと呼ばれたリザードマンを茶化すように嗤う。


 ボサボサの白髪を横に流し、その小柄な体型に丈の合っていないヨレた服を着ている、どこまでも沈む様なドス黒い赤色の瞳をもった少年。

 口元はその明るい口調とは異なり、人を嘲るように歪んでいる。今もカゲロウのことをニヤニヤと眺めては、小馬鹿にしたように赤の瞳を濁らせている。


「ふん、気色の悪いヤツめ……策はしっかりと成功した。

それ故にお前らの出る幕はない、失せろ!」


 カゲロウは突如、持っていた刀剣(ファルシオン)を後ろへ振るう。その卓越された太刀筋は気配すら悟らせないほどに素早く、そして恐ろしいほど静かだ。


「おっと、あぶないあぶない!」


───しかし、少年は迫り来る刃をその歪んだ赤い瞳で捉え、悠々軽々と後ろへ跳ね避ける。


 明らかに殺気の籠った一撃。

普通であれば少年の首を飛ばしていたであろう、必殺の威力をもった一撃だ。


 しかし、それを回避した少年の身のこなしは驚くほど軽やかで、常人離れしているものであり。

カゲロウの一糸乱れぬ太刀筋が些細な攻撃であると錯覚してしまうほどの、酷く卓越した回避術がそこにはあった。


「チッ……曲者めが」


 カゲロウはその様子を見て、軽く舌打ちをしながらも刀剣(ファルシオン)を納刀する。


 カゲロウ自身もどうやら最初から当たるとは思っていなかったようで、これ以上の追撃をする気はないようだった。

傷一つない少年の姿を見やり忌々しそうに眉をひそめているが、それだけである。


「くふふ……!くせものだなんて、そんなに褒められたら困っちゃうなぁ……!」


「はぁ……もうよい。要件は確認だけか?それが済んだのならさっさと去ね」


 嬉しそうに口を歪ませ嗤う少年を見て、カゲロウは心底嫌そうに顔を顰めて手で払う様な仕草をする。

目に映る害虫を追い払うように、相容れない気味の悪いものを見るかのように。


「そうだね〜……じゃあ、魔王さまにも伝えないといけないし、そろそろ帰ろうかな!」


「あぁ、さっさと居なくなれ。目障りだ」



 そんなカゲロウの言葉を聞いて、少年はにたりと嗤ってカゲロウを凝視した。


カゲロウはそれを見ることもせずに、森の奥へと歩き出した。



「つれないなぁ……


まぁ、いいや。国落とし頑張ってね!"転生者"くん……!」




 カゲロウが歩く後ろから、大量のリザードマンが追従する。

リザードマンは全員が虚ろな目をしていて、意思のない人形のような様子だった。


 少年はそれを見送るように手を振りながら、ニタリとまた嗤った。そして、次の瞬間には何も無かったかのように、少年はその場から消え失せているのだった。






ザッザッザッ……という足音が、森全体に響いている。





それは、全てを絶望へと陥れる、そんな足音だった。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【主人公視点】


「……と、言うわけで。村は壊滅していました」


 腕を組みながらこちらを見定めている、くたびれた男。

シーアシラ港町のギルドマスターであるヴァレントさんに細かい村の状況を話した。


なぜ私が状況説明しているかと言えば、理由は簡単。


応接室……所長室?に通されて少し、馬車で寝ずに走ってきた疲労でノックダウンしてしまったヴォレオさんに変わり、私が分かる範囲で話しているという訳である。


「そうか……」


 ヴァレントさんは私の話を聞き、ぐっと目頭を抑えると忌々しそうに唇を噛む。


 その姿は降って湧いた問題に悩む管理職といった具合であり、苦しそうだ。

私たちとの会話から問題解決の糸口を探そうとしているのだろう、まさに必死そうな出で立ちだ。


「もう少し詳細が分かれば良かったんですが、すみません……」


「いや……報告ご苦労だった。その情報を知らせてくれるだけでも有難い。しかし、青狼族の村が崩壊したとなると相当な災害だな。B、いや、Aランクか……?だとすると……」


 ヴァレントさんは申し訳なさそうに頭を下げる私に向けて、多少のため息混じりに労いの言葉を掛けた後、手元に持っていた資料を眺めながらブツブツと何かを呟く。


 AランクがどうとかBランクがどうだとか、なにか暗号のような文言が聞こえるが一体なんの話しだろう。

牛肉の等級とかだろうか。この世界に牛って存在するのかな……?


「こうなったら、あいつに頼るか……?いやしかし……」


 そんなことを考えながら、資料をまとめているヴァレントさんを観察する。何やらひとりごとを呟いているが、大丈夫だろうか。


 目の下にクマが出来ているし、心なしか痩せぎすだ。

彼の顔の隣に来るぐらい、執務机に大量の紙束が重なっている。見ただけで察せられる仕事量の多さである。


「しかし、リザードマンが集団で人里を襲うなんてな……同族の争いにでも巻き込まれたか……?」


「───ッ!

そうだ、それについてはギルドマスターに話したいことがある!

今回の件、少々厄介かもしれないんだ!」


 ヴォレオさんがばっと起き上がり、口を開く。

その勢いと口ぶりから察するに異常性の高いリザードマンの件だろう。


「なんだ、まだあるのか……?」


「あぁ、ながみが先ほど話した、村を襲撃したリザードマンなんだが……何かおかしいんだ。

村の住人を集団で襲っていたり、そもそも通常の個体と別格の強さを備えていたり。


……加えて、俺が出会ったモノなんかは、鉄剣を持って武装している明らかな異常個体だった」


 真面目な表情で話すヴォレオさん。

その目はヴァレントさんの瞳を真剣に見つめており、言葉にも力が籠っている。


自らの話が嘘でないと訴えかけるようなものだった。


「武装した魔物だと……?」


 ヴァレントさんはその話を聞き、切れ長の目をより鋭く尖らせる。


「そうだ。装備の質は国軍の一般兵士並み、裏に何かあると思っていい」


「なんてこった……」


 髪をくしゃくしゃと掻きあげ、はぁ……と大きくため息をつく。ヴォレントさんの表情は、この話し合いの中でどんどんとやつれていくようですらある。

魔物が武装するというのは、それほど大変なことなのか……?


「……ながみ、ふつう低級の魔物ってのは人を襲うだけで大した知性がないんだ。凶暴になった動物みたいなもんだ。

だから、大した知性のない魔物(リザードマン)なんかに、武器が扱えるはずもないのだが……」


きっと疑問が顔に出ていたのだろう私に、そう説明してくれるヴォレオさん。注釈助かるや。


なるほど、例えるなら野生動物がいきなり刀で斬りかかってくるみたいなものか。

そう考えると、あのリザードマンは本当に相当異常な個体だったんだな。私はひとり納得して頷く。


そんな私たちの様子をみて、ヴァレントさんがふと、口を開いた。


「それで……襲撃した数は?」


ギルドマスターとして確認すべきことなのだろう。

敵の情勢を知ることは大事なことで、戦において最も重要視される所である。


───しかし、それは私にもヴォレオさんにも分からない。


 何故ならば、当時の現場にいたのは私たちではない。

リザードマンの総数を把握しているのは、青狼族の村襲撃の日、時を同じくして青狼族の村に居た者だけだ。


───だから、それは唯一、村の生き残りのルフだけが知っている情報だ。



けれど……ルフはまだ子供だ。話しをさせるのはあまりに酷というものだろう。


「ギルドマスターさん、それについてはもう少し───」



「……わるいひと、ひゃくいじょういた」



 だが、私がルフに気を遣い話しを切ろうとした直後、隣で俯いていたルフがそう答える。


 その手は以前震えていて、冷たい。

しかし、ぎゅっと私の手を掴んで離さないルフの手から、震えと共にルフの感情が伝わってくる。


「ルフ……大丈夫か?」


「(こくり)……もう、むらのひとみたいに、しんでほしくないから。だいじょうぶ……」


 その言葉を聞いて、私はルフの手をもう一度しっかりと握った。きっと思い出すのも億劫だろうに、ルフはしっかりと伝えようとしてくれているのだ。


これほどまでに出来た子はそうそう居ないだろう。


 彼女は、これ以上誰かの大切なものを奪われないよう、これ以上犠牲者を出さないよう、その小さな手で救える方法を必死に考えてくれている。

 居場所を失い、仲間を失い、家族を失い、泣き崩れてしまってもおかしくないような状況で、しっかりと自分を保って発言しているのだ。


「むらのみんな、ころされた。これいじょう、やらせないでほしい」


 ヴァレントさんのことを真っ直ぐに見つめて、自分の知っていること、思っていることをきちんと言葉にして吐き出すルフ。

その姿に、私は一種の畏敬と尊敬の念を抱いた。


 自分ではない誰かのために、自分ではない誰かが同じ目に合わないように、自らが窮地に陥っていながら他人に力を貸すという行為。


 そんなことが何人の人間に可能だろうか。そんなことが、どれだけの大人に出来るのだろうか。


"これ以上犠牲を出さない為、これ以上みんなを苦しめないために"


 そんなことを口にできる子供が、この世界にどれだけ居るのだろうか。少なくとも私が子供の時はそんな事言えなかった。


きっと、この優しさがルフの強みなのだろう……とても強い子だ。



───しかし……だからこそ支えてやらねばと思う。


他人ために自らを犠牲にできるこの子を、一人にしてはならない。私は、震えているルフの肩を抱きながらそう思った。


「君はそうか、生き残りの……」


「なまえはるふ。

むらのひとたちはよる、いきなりおそわれてやられた。

わるいひと、ぜんいんぶきとよろいきてた。それがたくさん……ひゃくぐらいはいたはず。それから───」



 それからルフが話して聞かせたのは、襲撃時の村の詳細な話であった。


当時の村の様子から、襲撃時のリザードマン達の行動まで、何から何まで知っていることを話してくれた。

その様子は至って冷静で、話をしていく中で自らの感情を表に出すことはなく、聞かれたことに対し必要なことだけを子供ながらに整理して話してくれた。


 ヴァレントさんはそんな子供から出た感情的ではない言葉の数々に、終始、驚いたように目を見開いていたのを覚えている。


「これで、ぜんぶはなした。わたしがしってるのはこれでおわり」


「そうか……青狼族のルフ、情報感謝する」


きっと、ルフの気持ちが伝わったんだろう。

ヴァレントさんはルフに対して深く頭を下げて感謝した。


 形だけの感謝ではない。

"青狼族のルフ"に感謝を述べている事実が、それを裏づける大きな証となっていた。


「しかし、君たち……本当に助かったよ。その様子だと寝ずに走ってくれたんだろう?」


「いえ、私とルフは馬車の中で寝ていたのでそこまででは無いですが……」


 頑張ったルフの頭を撫でながら、ヴォレオさんの方を見る。

今回一番頑張ってくれたのは、間違いなく寝ずに馬車を動かしてくれたヴォレオさんだ。


 ヴォレオさんは私の視線に気がつくと、腕を上げて笑顔を作った。


「まぁ腐っても元Cランク冒険者よ!危険だと判断したからにゃあ早く伝えに行かないとな!」


「そうか……ありがとう。それならば休むのにギルド二階の休憩室を使ってくれていい。臨時報酬もあとから支払おう」


ヴァレントさんは「ついてきてくれ」と言い、外に出ていく。

私たちは、座っていた椅子から腰をあげると、彼について行くのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


先程の部屋から少し歩いた先にある小部屋にヴォレオさんを案内したあと、ヴァレントさんは私たちに声をかけた。


「関所の兵士から伝達があったのだが、君たちはまだギルドカードを持っていないんだろう?」


「えぇ、そうですが……?」


ヴァレントさんは手元に持っていた紙に何かを記入し、私に渡してくる。


「これは?」


「それは、ギルドマスターの推薦状だ。身分の証明された国民であればそこまで難しくは無いのだが、異国の人々となるとギルド加入の審査が大変になるだろう」


「だから、ここまで頑張ってくれた君たちに、せめてと思ってな」


 余計なお世話だったか?と付け加えた彼は、その鋭い目付きで私たちを見つめた。


 眼光が鋭い。正直怖い。

が、しかしそんな子供に怖がられるような目をしているギルドマスターだが、この人はきっと優しいんだと私は思う。


最初の印象とは違って、話もしっかりと聞いてくれたし。


「ありがとう。ありがたく受け取るよ!」


「うぁれんと、ありがとう」


「いや、この程度しかできないからな……ギルド加入の受付は下のカウンターで受けられる。頑張れよ!」


 そう言って、ヴァレントさんはぐっと親指を立てた。

その様子は至ってお人好しそうな良い人であり、私はふっと息を吐いて手を振った。


「いい人だったなルフ。話し合いも何事もなく済んだし」


「うん。いいますたーだった」


 そんな私たちを見送ったあと、ヴァレントさんはフラフラとした足取りで、2階の奥の部屋へ戻って行った。


暗い顔で頭を抱えながらも、私たちに一枚の書状を渡して……



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

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