第十五話『シーアシラ港町』
ガタガタと揺れる馬車の荷台で、積んであった毛布にくるまりながら外を確認する。
馬車の走っている前方は以前にして木々が乱立しているが、それでも外からは陽の光が差し込んでおり、どうやら朝になっている事がうかがえた。
「すぅ……すぅ……」
私の肩に頭を預けて、ルフが寝息を立てている。
私はルフを起こさないようにしっかりと肩を抱くと、御者席で運転を続けているヴォレオさんに工程の進捗具合を聞いてみることにした。
「ヴォレオさん、長時間運転させてしまいすみません」
「いや、俺が着いてきてくれって言ったんだし、これぐらい当然だ。気にしなくていい」
とりあえず、あれからずっと運転してくれているのでそのことに対し感謝を述べた。
ヴォレオさんは気にしないでくれと言っているが、恐らく相当疲れているだろう。
その証拠に、私たちが寝る前まで使っていた崩れた敬語が完全になくなっているし、しかも一人称が僕から俺に変わっている。
もう完全に素が出て来ていた。
取り繕えないぐらい疲れきっている姿は、可哀想ではある。
少し休憩を入れてあげたい気持ちもあるのだが……
しかし、私としてももう限界が近い。
ふとんを召喚して私とルフの下に敷くことで下からの衝撃を緩和しているとはいえ、それでも抑えきれない臀部への痛み。
ふとんをもっと重ねてしまえば完全に衝撃を無くせるだろうが、もし馬車が襲撃されてしまったとき用にMPはなるべく残しておきたい。だから、これ以上ふとんを召喚する訳にはいかないのだよ。
そう、このままいけば私の臀部はもう崩壊の一途をたどるばかりだ。
───それに、何故か嫌な予感がするし……ルフの村の件は、絶対に早く伝えた方がいい。
よって多少無理を通してでも、早く街についてくれなければ困るのである!
「そうですか……では、あとどのぐらいで街に着きそうですか?」
「えっと、おそらくもうすぐ見えてくると思うんだが……」
ヴォレオさんは少しそわそわした様子で先を見据えている。その目は不安と疲労が綯い交ぜになった様な瞳をしていた。
「あぁ……急いでくれ……!」
ヴォレオさんが呟く。綱を持っている手が時折震えていた。
どうやら彼も早く街につきたいようだ。焦燥感が痛いほど伝わってきた。
そして、そんな彼の願いが通じたのか、左右全体にあった木々が突如としてなくなっていく。
───木々が消え、ぱっと視界が開けた先。
そこには、太陽の光を反射する広大な草原が広がっており、その草原に続いている道の先には、高さ10メートルはあろうかという程大きな城壁が視界の端まで続いていた。
そして、その城壁に取り付けられている石造りの堅牢な巨門。
城壁とほとんど同じ大きさのそれは、荘厳であり雄大で、ハンマーで頭を殴られるような衝撃を私に与えた。
私が日本で生きてきた時には出会うこともなかった光景が、この世界には広がっているのだと理解させられる光景だった。
「これは凄いな……っとそうだ、ルフ!起きろー!」
私は寝ているルフを揺り起こす。
きっとルフも初めてだろうし、このまま起こさずに門が綺麗だったなんて話をしたら、おそらく拗ねるだろうと予測したからだ。
まだ子供であるルフには、今だけでも、せめてこの旅を楽しんでほしいのだよ。
「んん……?」
揺り起こされたルフはしばらくの間私の肩でぼーっとした後、眠そうに目を擦りながら私の肩から頭を上げた。
そして、周囲を見渡して私と同じ光景を見たようで、眠そうな顔から一転、キラキラとした目で門を見つめていた。
その瞳は、ワクワクが抑えられないといった感情がありありと伝わってくるものであった。
「なぎゃみ!あれ……!」
どうやら相当感動しているようだ。
私の袖口を引っ張りながら、嬉しそうに何度も門を指さしている。
起こした甲斐があったな!
「うんうん、すごいなぁ……」
「いしのかべ、かっこいい!」
「そうだな。かっこいいな」
「すごく長い!あとあれが……」
「そうだな。長いなぁ……」
その後、ルフは門にたどり着くまでの間、ずっとずっと話をしていたのだった。
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高い城塞に取り付けられた、大きな石門。
下から見上げることで、ようやくそのデカさがはっきりするようなその扉の……隣側に、私たちは並んでいた。
門の隣側には馬車が通れるぐらいの通り道が作られている場所があり、そこに数台の馬車が並んでいる。
どうやら城壁に取り付けられている石門が開くのは、イベントの時か軍事行動を起こす時のみらしく、通常の時はこの隣にある関所を通って街に入るそうだ。
それを聞くとルフはテンションが下がったようで、「そうなんだ……」と言って少しつまらなそうにしていた。
まぁ開くと思っていた大きな扉が、ただの石の壁だったら悲しいだろう。私もちょっとテンション下がったし……
「えーと、ヴォレオさんですね。随分早いお帰りで……後ろの方はどうされましたか?」
関所の兵士の方が手元にある紙を見ながら、馬車を確認する。
どうやらヴォレオさんが商売に出ていく時は居なかった、私たちの存在が気になっているようだ。
......まぁ当然だろうな。外からの来訪者の身元やら何やらを確認するのが関所の仕事だし。
そんな私の考えをよそ目に、ヴォレオさんが関所の兵士さんに私たちのことを説明する。
「……実は、青狼族の村が何者かの襲撃にあったらしくてな。その報告の発見者としてこの二人に動向を願ったわけなんだ」
「襲撃に……!そうですか……では、これはお二人の仮の入国書です。ギルドでの報告が終わりましたら、何らかの身分証明書を持って役所へ返しに来てくださいね」
襲撃と聞いた途端、今までのほほんとした優しそうな表情をしていた兵士さんは険しい表情になると、船の絵の書かれた鉄のプレート二枚をヴォレオさんに渡した。
兵士さんはこちらが急いでいる意を汲んでくれたのだろう。すごくスムーズに事が進んだ。
「あぁ、ありがとう!じゃあギルドに向かわせてもらうよ」
ヴォレオさんは受け取った鉄のプレートを私たちに渡すと、兵士さんにそう告げる。
「はい、どうぞお通りください」
そうすると、通り道の先にあった木の扉が開かれていく。
扉が開くと、高い城壁で陽の光が遮られていた城壁下に、ぱっと明るい光が漏れ出てきた。
「これが……シーアシラ港町……!」
私のその言葉に、ルフがキラキラとした目で辺りを見渡す。
露店や商店が道の端に所狭しと並んでいる。
店に置いている商品や建物も日本では見たこと無いものばかりだし、なんなら店を出している商人も様々な種族の者達が居た。
ルフと同じように獣の耳が生えた種族や、頭部に角の生やした種族、背が私の腰下ぐらいしかない種族、魚のような鱗の生えた種族など、本当に様々だ。
また、街は中央に行くほど賑わいを見せていく。
門の入口から少し進んだ所までは、床に布を引いて商品を並べるような、いわゆる露天商と呼ばれるものが多かった。
しかし、馬車で移動している途中からしっかりとした作りの建物に変わっていき、木にジョッキの絵が描かれたおそらく飲み屋と思われる場所や、その他大量にある様々な種類の飲食店、荘厳な雰囲気のある教会など、たくさんの施設が取り揃えられているようだった。
「中央に行くほど栄えていくようだな?」
「そうだな。国によって区画が明確に整備されてるんだよ」
「へぇ〜……しっかりしてるんだな」
「外からの流入が多いから必然的にこうなっただけさ。……そんなことより、あれがギルドだ。さぁ行こう!」
そして、そんな中でも一際目立っている横長の建物。
鎧を着た兵士風の人や、大きな大剣を持った人、ローブを身にまとった人などが出入りしているその建物は、見つけた時から私の目を引いていた。
「やっぱり、あれがギルドか……」
私たちは馬車を適当な場所に駐車すると、ギルドの両開きの扉を開けて、中へと歩みを進めるのだった。




