第十四話『蜥蜴と行商人』
アシエーラ共和国南方にあるシーアシラ港町。
ヒルズ洋の海域に面しているという立地条件から海路を通じた他の大陸からの流通経路が確立されていて、国内外問わず流通の中心地となっている商業国家である。
街には大きな港があり、毎日のように世界各国の船を受け入れていて、様々な種族が入り乱れている。
また、グリム大陸最大の大森林『グリム大森林』に隣接しているため作られた、外敵を阻む大きな門も特徴の一つであり、様々な種族が入り乱れる様や、大きな石門の様子から付けられた異名が『アシエーラの玄関口』ということだ。
そんなシーアシラ港町をアシエーラの玄関口と言わしめる大きな石門だが、そこに繋がっているグリム大森林を抜けるために切り開かれた林道は、あまり使われることは無い。
なぜなら、グリム大森林には多くのゴブリンの集落があり、襲われることが多々あるためである。
───加えて、グリム大森林を抜けた先にあるのは、アルハデス帝国という武力国家。
自国民以外は人では無いという、イカれた思考を持った集団で殆ど鎖国状態の国だ。
そのような、こちらを見下すばかりで交渉に取り合ってもくれない国に行くための道を使うものなど、相当な物好きか、森の途中にある青狼族の村に行く者ぐらいしかいないのだった。
そんな道を走る、一台の馬車。
この世界の行商人は、魔物や野盗、または野生生物から身を守るため護衛を連れて行く事が普通なのだが、この馬車には御者席にて馬を操縦する中年の男性以外に人は居ない。
しかし、舐めした皮の防具をつけていることや、腰に鉄のブロードソードを携えている事から、おそらくは一端の戦士であろうことが伺えた。
彼の名は、ヴォレオ。
若い頃はCランク冒険者としてそこそこ名の売れた戦士であったが、とある依頼で足に傷を負い冒険者を辞め、今はしがない行商人として活動している。
彼が何故こんなに危ない場所を移動しているのかと言うと、答えは簡単である。
青狼族の村であれば、商売敵となる行商人が居ないからだ。
というのも、通常この道を通って青狼族の村に商いをしに行けば、たちまち積荷狙いのゴブリンたちに馬車が襲われてしまうため、それを回避するための護衛を雇う護衛代の方が高くついてしまうのだ。
───だが、そこは元Cランク冒険者。
ゴブリン数匹程度であれば難なく倒せるし、もし仮にホブゴブリンが現れたとしても、勝てはせずとも逃げられる自信が、彼にはあった。
護衛代がかからないならば、稼ぎ場としてここまで楽な場所はない。商売敵もいない上、物品に飢えている村の住人たちは持ってきたものを沢山買ってくれた。
それに、青狼族の彼らに頼られるのが、冒険者を辞め落ちぶれていた彼にとっても良い薬となっていたのだ。
しかし、そんな彼は今、人生最大の危機に陥っていた。
「くそっ!なんでこんな所にリザードマンが居るんだよッ!」
迫ってきた剣を、すんでのところで自らの剣を使い弾く。
目の前にいるのは、ギョロりとした目をこちらに向ける、爬虫類を人型にしたような生物だった。
───これはDランクの魔物、リザードマン。
リザードマンは主に沼地や渓谷などの湿度の高い場所を好むため、グリム大森林には滅多に現れないはずである。
加えて素早さはあるがあまり賢くはなく、ホブゴブリンと同様にDランクである以上、ヴォレオに勝てない相手では無かった。
しかし、今目の前に現れているリザードマンは普通ではなかった。
普通のリザードマンは、剣など振るわないのだ。
十分な知性のない彼らは、衣服などはつけないし、武器も自らの牙や爪を使うはずである。
だと言うのに、目の前にいるリザードマンは鉄の剣を振るい、その胴体には頑強な鉄の軽鎧を身にまとっているのだ。
これがおかしくないわけが無い。
絶対に異常個体だ。しかも、精巧な鎧や剣を持っていることから、なにかが裏に居ることは間違いない。
だが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「キシャァァア……!」
「くッ……!ここまでなのか……?」
なぜなら、現行商人であるヴォレオにとって、今の状況は生き残る事さえ危うい状況なのだから……
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【主人公視点】
「はぁ……はぁ……そろそろ休憩にしないか?」
「なぎゃみ……さっき休憩したばっかり。早く進もう」
そう言って、ルフは楽しそうに先頭を歩き出す。
いや、さっきといっても、休憩したの3時間前なのだが……?
もしかして彼女の体力は無限大なのだろうか?
私は、子供の元気さ加減を見誤っていたようだ。私より全然体力があるじゃないか……!
「まじかぁ……あ、ちょっと待ってくれ!行くから置いてかないでくれ!」
私は、少し離れてしまったルフに追いつくため、疲れた体に激を入れて走り出す。
しかし、重い荷物を持ちながら走るのは、今の疲れた体にそれ相応のダメージを与えてくる。
走る度に口からぐほぉという情けの無い声が漏れでて悲しかった。
全く、背中でカランカランと鳴る調理道具の音が恨めしいよ……!
私は、重さの原因である調理道具たちの姿を思い浮かべ、どうしようもない恨みを募らせていくのだった。
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「ごはんできたぞー」
旅に出てから、すでに一日が経過した。
色々な問題がありそうなこの旅だったが、今のところ思ったより順調であり、何事もなく歩みを進めている。
「ごはん、ごはん……!」
私が作ってあげたルフ用の箸で、はぐはぐと干し肉を口に入れていくルフ。
まだ上手く箸を扱えないのか、先端で突き刺している姿がなんとも可愛らしい。
私も子供の頃はなかなか上手く使えなかったのを覚えている。
まぁ、きっといつか使えるようになるだろう。それに、もし使えなくてもこの世界ではいらない技術だし……
ルフがご飯を頬張るのを見ながら、その隙にステータスを確認することにした。
私としては、ご飯中にスマホを使うみたいで少し行儀が悪いと感じてしまうが、まぁここにはルフしかいないしいいだろう。
「ステータス……っと」
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永巳 叶夢 性別︰女 種族︰人間
レベル︰10 MP︰85
スキル
〘研究︰9〙〘思考︰10〙〘睡眠︰10〙
〘火魔法︰7〙〘創作︰4〙〘回避︰3〙〘槍術︰1〙〘悪食︰1〙
2次スキル
〘熟考強化︰1〙
固有スキル
〘ふとん召喚〙
スキルポイント︰26 スキル検索︰
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《取得可能》
精神耐性[10]記憶[10]歌唱[10]歩行術[10]
土魔法[10]風魔法[15]
《スキルポイント不足》
水魔法[30]殺生[50]怠惰[100]
《進化可能スキル》
〘思考〙⇒〘高速思考〙・・・1ポイント
〘睡眠〙⇒〘惰眠〙・・・5ポイント
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〘ふとん召喚〙
MPを消費し ふとんを召喚する
消費MP︰10
ふとんポイント︰22
疲労軽減︰1 ホーミング︰1 材質変化︰1 結界︰5
取得可能(消費ポイント)
回復(5) 浮遊(10) 消費MP軽減(15) 走行(30)
進化可能(消費ポイント)
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うおぁ……これはまたすごい上がったな?
えーと、前見たときと変わった点は……
レベルが2上昇、研究、思考、睡眠、火魔法、創作が1ずつ上昇……に加えてスキルポイントが11増加して、にじゅうろく!?
なんでこんなに上がってるんだ……?
なんかしたっけ私……?
……まぁいい、次に行こう。
あと変わったのは、思考と睡眠が2次スキルに進化可能になった点、そして、歩行術とこの……は?
「100ポイント……?」
私はそれを見て驚愕で目を丸くした。
〘怠惰〙というスキルがスキル取得欄に出ているのだが、問題はその必要取得ポイントである。
そう、100ポイント。
殺生より50ポイントも多い。というか倍だ。
何気なくふとんスキルポイントも11上昇しているのだが、それどころではない。
「こ、これはどんなスキルなんだ……」
今の私の頭には、もうその考えしか浮かばなかった。
こうなったら、見てみるしかないな……!
しかし、二次スキルもある事だし、前座としてとりあえずほかから……まずは取得可能スキルの歩行術!
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〘歩行術〙
歩きやすくなるスキル。
体に負荷のかからない歩行を無意識下で行うようになる。
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ふむ?これは便利そうなスキルだな……さっきからまさに歩くのが辛いと思っていたんだ。直ぐに取得して……
いや、しかし10ポイントということはこれから自然と取れる可能性もある、ならば、取得は一旦待とうじゃないか!
節約だ節約!次に行こう!
次は、二次スキルの2つ!
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〘高速思考〙
思考を高速化するスキル。
思考速度を上げるほかに、正しい行動を導きだしやすくなる効果もある。
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〘惰眠〙
休息を強化するスキル。
どんな状況下でも睡眠できるほか、休憩中の回復効果増大、休憩後の成長速度上昇効果もある。
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ふむふむ……どちらも単純な強化版みたいだな。
思考と睡眠はこっちに来た時からあったスキルだったが、あまり効果の実感が無いんだよなぁ。
でも、もしかしたら自然と助けられているのかもしれないし……
惰眠の方は進化に必要なスキルポイントが5ポイントで少しお高いが、説明を読む限りすごく有用そうだし、取っておくか!
バフは大事だと友達も言ってた!
そして……最後の問題児、100ポイントの怠惰君だが……
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〘怠惰〙
悪夢の王の器足り得る者に与えられるスキル
『眠れ 世界が滅びるその日まで』
スキル熟練速度超上昇、催眠付与、催眠無効、《悪夢》取得
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───怠惰、やはり貴様もか……!
いや、そんな気はしていた。だって怠惰って言ったら七大罪の内の一つである。
そりゃあ、殺生君と同じ部類に入ってくるよ……
"悪夢の王の器足り得る者"って……
『眠れ 世界が滅びるその日まで』って……
これとったらヤバいですよ!って言ってるようなものだよこれは……
でも、やっぱり能力は魅力的なんだよなぁ。特にスキル熟練速度超上昇とか。
まぁでも、結局取得しようにも高すぎて無理だし、関係ないわ!
というわけで、最終的なステータスがこれだ!
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永巳 叶夢 性別︰女 種族︰人間
レベル︰10 MP︰85
スキル
〘研究︰9〙〘火魔法︰7〙〘創作︰4〙〘回避︰3〙
〘槍術︰1〙〘悪食︰1〙
2次スキル
〘熟考強化︰1〙〘高速思考︰1〙〘惰眠︰1〙
固有スキル
〘ふとん召喚〙
スキルポイント︰20 スキル検索︰
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《取得可能》
精神耐性[10]記憶[10]歌唱[10]歩行術[10]
土魔法[10]風魔法[15]
《スキルポイント不足》
水魔法[30]殺生[50]怠惰[100]
《進化可能スキル》
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〘ふとん召喚〙
MPを消費し ふとんを召喚する
消費MP︰10
ふとんポイント︰22
疲労軽減︰1 ホーミング︰1 材質変化︰1 結界︰5
取得可能(消費ポイント)
回復(5) 浮遊(10) 消費MP軽減(15) 走行(30)
進化可能(消費ポイント)
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結果的にいえば二次スキルの〘高速思考〙と〘惰眠〙が新たに加わり、より良いおふとぅんライフが送れるようになったというところだろうか!
「うんうん。いいことだな」
「なぎゃみ、お肉食べないの?」
「あ、いや。食べる食べる」
私は急いでお肉を口に入れると、残っていたスープを頑張って飲み干す。急ぎすぎて何度かむせたのは内緒だ。
「ルフ、待たせてしまってすまなかったな」
「ううん、べつにいい。それより早くまちがみたい」
「そうか……じゃあシーアシラ港町に向けて出発するか?」
「うん、いこう……?」
途中までほんわかとした顔で喋っていたルフだったが、突然顔を大きくしかめた。
「どうしたルフ?何かあったのか?」
私がそう聞くと、少し悩むような仕草を見せたあと、ひとつ頷いてこう答えた。
「……まえのほうから、けんのおとがきこえる」
「ッそれは……行ってみよう!」
「ん……わかった!」
私は、片付けようとしていたお皿なんかを雑にかばんに詰め込むと、ルフの手を取り走り出した。
剣の音ということは、きっと誰かが戦闘しているのだろう。もし危ない状況だったら、助けねばなるまい!
そうして少しばかり走った先、林道のカーブを曲がった所で音の正体が姿を現す。
「くそっ……!くるな!このっ……!」
鉄鎧と鉄剣を纏った二足歩行の蜥蜴怪物。
そして、その蜥蜴怪物に襲われている、皮の鎧を身につけた自然な鈍い金髪の中年男性の姿だった。
蜥蜴怪物が剣を振り上げる。
男性は、先程受けた怪物の剣によって、体制を崩していた。
私は、咄嗟に手を構える。
イメージ。蜥蜴怪物の腕に狙いをつける。
硬い硬い布団が回転する様。
それは何者をも切り裂く、必殺の刃。
「───【布団手裏剣】ッ!」
次の瞬間、怪物の振り上げていた腕がごとりと地面に落ちた。
そして、続くように響く鉄の震える音。
私が放った【布団手裏剣】は間一髪、何とか蜥蜴怪物の腕を切り落とすことに成功したようだ。
「なぎゃみ……すごい!」
ルフがきらきらした目で見つめてくるが、今はそれどころではない。蜥蜴怪物はいきなり腕を失ったことにたじろいでいる様子で、後ろから走りよっている私に気づいていない。
私は、予め取り出しておいた私制作の木の槍を、蜥蜴怪物の後頭部めがけて突き出した。
「おらぁぁぁあ!」
……が、私の槍が怪物に突き刺さるよりも前に、襲われていた男性が、持っていた剣で蜥蜴怪物の首を切り落としたのだった。
「はぁ……はぁ……助かったぁ……!」
男性が地面にへたり込む。
その顔は心底安心した様子であり、私たちに気づくと感極まったような笑顔になってバッと立ち上がった。
「すまない、助けてくれてありがとう!」
「あ、いや。偶然居合わせただけなので……」
そう言って握手を求めてくるが、遠慮して言葉を返す。
いや、どちらかというとテンションの差でちょっと引いてしまった。
いけないいけない。陰の部分が出てしまった……ちゃんと対応せねば……!
「いやいや、君がいなかったら死んでたよ!僕はヴォレオ、こんななりだが、行商人をやっているよ」
「あ〜……どうもご丁寧に。私は永巳 叶夢って言います。呼び方はどちらでもお好きにどうぞ」
「そうですか。じゃあ、ながみさんと呼ばせてもらおうかな。
ところで、そこの青狼族のお嬢さんは……」
あ、そうだった。ルフも紹介しないとな……
「この子はルフです。この先にある村が崩壊しているのを私が見つけ、村を探索してみたところこの子が居たので、今は一緒に街へ向かう最中なんですよ」
「え?この先の村って、青狼族の村のことか?!」
私がものすごい説明口調でルフとの関係性を語ると、ヴォレオは驚いた様子で声を荒らげた。
うむ。この荒々しい感じが素なんだろうな。どうりで敬語が似合わないわけだ。
「そうですね。多分青狼族であってます。ルフの話を聞く限りでは、わるいひとに襲われたそうで……」
「わるいひと……?」
ヴォレオが首を傾げる。わるいひとが何かわからないのだろう。安心して欲しい。私もしっかりとは分からない。
しかし、そんなことを思ったのが神にでも通じたのか、突然事態は動き出した。
「あ、これ……わるいひとだ……!」
ルフが、私の後ろから蜥蜴怪物の死体を指さし呟いた。
「え?ルフ、これがわるいひとなのか?」
「うん、まちがいないとおもう。まどからたくさんいるのを見た」
「リザードマンが集団で村を襲う……?そんなことが……」
どうやらあの蜥蜴怪物はリザードマンというらしい。覚えておこう。
「そのリザードマンというのが村を襲うというのはまずいことなんですか?」
「あぁ……普通リザードマンは群れない。しかも、こんな防具をつけていないはずなんだ」
「へぇ……じゃあ特別異常な個体なわけですね?」
「あぁそういうことになるな……すまないが、村の件も兼ねてこの事をギルドに伝えたいので、着いてきてくれないか?」
ギルドというのは、あの友達の話で噂の冒険者ギルドと言うやつだろう。……ということは、街に同行してくれと言ってるのか?
……もしやこれはいけるか?
もしかして、ワンチャン馬車に乗せてもらえるのか?
聞いてみよう!
「えっと、それは馬車に乗せてってくれるということですか?」
「……?あぁ、そのつもりだが?」
「───ッ、是非!喜んでお供しますよ!」
私グッジョブ!やはり人には手を差し伸べるものである!
もし馬車にあったとしても乗せて貰えなかったり、金を要求されたりした時のことも考えていたので、これは助かったな……!
「……なぎゃみ……げんきん」
私が後ろ手で小さくガッツポーズをしたのを見て、ルフが小声でそう呟くのが聞こえた。
私はとりあえずバレないように、ルフの頭をそっと撫でておいたのだった。




