第九話『ながみとわるいひと』
私の名前は永巳 叶夢。今年で24歳になる純日本人だ。
趣味は寝ること。好きな物はふとん。座右の銘は『寝る子は育つ』である。
ここまで来た経緯は様々あるが、話すと長くなってしまうので割愛しよう。
なんだかんだでこの世界にやってきた私は、知りもしない森の中で一人、放り出されてしまった。
そんな私だったが、かつて日本で暮らしていた時にはなかったステータスというものの存在を知り、浮き足立つ。
加えて私の大好きなふとんも召喚できるらしく、この世界も悪くないと思い始めていた。
しかし、この世界は過酷である。
緑の変態に襲われるわ、森は歩きにくいわ、食べ物はないわで、ないない尽くしだったのだ。
それでも私は諦めず、生き残るすべを探した。いや、どちらかと言うと死にたくなかったのだ。
まぁ、そんなわけで、自分を鍛え、スキルを鍛え、強くなっていった。
そして、ある程度戦える力を生み出し、行動を起こそうかという時にそれは起こった。
緑の変態達のボス、怪物の様な強さを持つ存在によって、私は追われる身になったのだ。
あの時は本当に生きた心地がしなかった。
それでも、私は知略をめぐらせて生き残ったのだ。
その後、住処にしていた洞窟を追われ、逃げ出した先で見つけた村。
私にとって人族に出会うことが一番の願いだったため、見つけた時はすごく嬉しかった。
だが、行ってみればその村は何者かに襲われた跡があり、残虐の限りを尽くされたような状態で、希望なんてものは見いだせなかった。
私は心苦しく思いながらも、生き残るために行動を開始する。
見渡した中で比較的火の影響が少ない建物に目をつけて、使えそうな物資を探すことにした。
───そして、そこで見つけたのは、村の端に建てられていた、二階建ての家だった。
中は思っていたよりも綺麗で、家財道具やら食料やらがしっかりと残っていた。
私はそのいくつかを拝借するも、一番欲しかった衣服を見つけられず、自らの足を2階へと進めたのだ。
少し軋む階段を上がり、たどり着いた先。
衣服を見つけるために、とりあえず一番近くにあった扉を開けたのだよ。
しかし、私を出迎えたものは、腹に来る痛烈な痛み。
思わず腹を抑えて下を確認する。
そこには、獣の耳を生やした少女の姿があったのだ!
私は長らく会えていなかった、人間の存在に驚き、感極まっていた!
少し泣き目になりながら彼女を持ち上げる。
私に敵意を持っていることなど、どうでもよかった。
ただ、話さえ出来ればそれ良かったのだ!
しかし、持ちあげた彼女が泣き目になっているのを見て、少しだけ理性を取り戻して......
───今に至るというわけなのだよ......」
少し前に私が漁っていた一階。その中心にあるテーブル席に、対面する形で座っている私たち。
少女抱き上げ事件があったあと、何とか泣き止んでもらい、対面して話すという今の状況に落ち着いているのだ。
さて、目の前にいるであろう少女は、今どんな顔をしているだろうか?
───答えは、私には分からない、である。
というのも、色んなことが申し訳なく思ってしまい、目の前の少女の顔が見れないんだ。
顔を横に向けながらこれまでの経緯を話す私の姿は、それはもう滑稽なものだろう。
だが、仕方がないのだ。
だって......漁ってた家の主が出てきたら、そりゃあ気まずいに決まっている。
その相手が何歳児でも、気まずさに変わりは無いのだよ......
「......」
「......」
しかし、このまま気まずい状況を続けていたところで、どうにもならないのもまた事実。
こんな沈黙が続く状況に身を置いていては、胃にドデカい穴が空くことだろう。
仕方ない......しっかりと顔を見て話すか。
と、私が思っていた矢先、ぽつりと少女が呟いた。
「じゃあ、なぎゃみ......ながみは、わるいひとじゃないってこと?」
話し出した彼女の方を向けば、俯いたまま手をぎゅっと握っている姿が見て取れた。
心細そうに縮こまっているその姿は、おおよそ子供がしていいものでは無い。それに心做しか顔が少し赤い。
今しがたされた質問からして、村の状況は知っているのだろうし、知った上で、"暫定的わるいひと"である私に突撃してきたのだ。
子供ながらにして、相当の覚悟を持って突撃してきたに違いない。私は、少女の心中を察して、いたたまれない気持ちがより増幅していくのを感じていた。
「うーん......」
「......なぎゃみ?......ながみ?」
とりあえず一旦いたたまれない気持ちは置いておいて、質問の内容について考えることにしよう。
質問の内容は、私、なぎゃみはわるいひとであるか?というものである。
うーん......わるいひと......私はわるいひとだろうか?
この家に入る前ならば、素直にわるいひとではないと言えたのだが......
火事場泥棒は、日本にいた頃ならば普通に犯罪だよなぁ......?
じゃあわるいひとなのだろうか?
いや、しかしこの場合のわるいひとというのは、村をこの状態にした者という意味では......?
ならば、私はわるいひとじゃないのか?
いや、しかし事実私の手元には、盗んだ干し肉がしっかりと握られている。
うーん......どうしたものか......。
そうだなぁ。こういう時は......
まぁ......彼女の判断に任せるのがいいか!
「そうだなぁ......とりあえずこの村を襲ったのは私では無い」
「やっぱり、なぎゃみ......ながみはわるくないひと?」
まだ舌っ足らずなのだろう。私の名前を間違えたことに少し顔を赤らめ訂正する彼女の姿は、大変可愛らしいものである。
しかし、私の名前はそんなに言いにくだろうか?
ながみ、ながみ......いや、まぁ言い難いっちゃ言い難いか。
おっと......そんな場合ではない。
「いや、先程も話した通り、私はこの家から色々盗んでいる。だから、一概にわるいひとではないと言えないのだよ」
「あと別に言いにくいなら、なぎゃみでもいいのだよ?」
首を傾げて聞いてきた彼女に対し、私が懸念していることを告げる。ついでに呼び方もなぎゃみでいいことを伝えた。
そうすると、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
......なにか悪い事をしただろうか?
「......わかった。なぎゃみはわるいひとじゃない」
彼女は顔を上げ、私を見つめてそう言った。
しかし、そうはいかない。私が盗みを働いてしまったことは許されないことだろう?
もしかしたら、意味を理解できていないのかもしれない。
だから、彼女にもう一度説明をすることにした。
「いや、一概には......」
「わるいひとじゃない」
「いや......」「わるいひとじゃない」
「いやでも......」「わたしがゆるすからいい」
説明をしようとするが、聞いてくれない。
しかも、許すという言葉が出たということは先程の内容がわかっていないわけでもないようだ。
ここまできちんと許すと言われてしまっては、私からは何も言えなくなってしまった……
少しバツが悪い顔で彼女を見る。
今は可愛らしいが、将来きっと美人になるだろう顔立ち。持ち上げた時は泣いていて分からなかったが、成程、年齢の割に理知的な目をしている。
舌っ足らずでまだあどけなさは残るが、きっと見た目に反して頭のキレる少女なのだろう。
私は、彼女を子供としてでは無く、対等な力を持った者として話すことに決めた。
「そうか......じゃあとりあえず謝罪だけでも受け取ってくれ」
「わかった」
彼女は私の謝罪に対し、一言で受け入れてくれた。
「ありがとう。助かるよ......」
これは私の気持ちの整理であったため、受け入れてくれて助かった。
これで、ある程度対等に話し合えるよ。
え?めんどくさい考えだって?
仕方ないのだよ......人と関わってこなかったからな......
そんなことより、こうなったからにはひとつ聞かなければならないことがある。
「すまないが、ひとつ質問をしていいかな?」
「なに?」
「君の名前は、なんて言うんだろうか?」
私は、長らく抱えていた疑問を、ようやく口にしたのだった。
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【ルフ視点】
「君の名前は、なんて言うんだろうか?」
やってしまった。
その質問をされたとき、私はそういえば名乗っていなかったことをおもいだした。
悪い人だと思い込んでいたから、攻撃してしまったし、持ち上げられたときに怖くて泣いてしまったこともあり、それを引きずってしまっていた。
ながみは何からなにまで話してくれたのに、私はじふんの名前を教えることさえ忘れていたんだ。
それが分かり、心底じぶんがいやになった。
しかし、そんなことで落ち込んでる暇はない。
「ごめんなさい。わすれてた」
とりあえず、忘れていたことをあやまる。
謝るのは大事な事だとおかあさんによく言われた。
なので、悪いと思ったことはしっかりと謝るようにしているのだ。私えらい。
「いや、いいよ。ずっと私が話していた訳だし......」
ながみがもうしわけなさそうに視線をそらす。
その動作からは、私を気遣うような思いが感じられた。
うん。絶対にいいひとだ。
わるいひとは、こんなにもうしわけなさそうな顔はしない。
いや、するかもしれないけど、ながみはなんとなく悪い人じゃないとわかる。
なんとなく、おとうさんと同じ音がするのだ。
「わたしのなまえは、ルフ。なぎゃみよろしく」
ながみの名前をちゃんと言えないことに、少し恥ずかしくなりながらも、しっかりと自己紹介を済ませた。
こんなことをしたのは、割と初めてで緊張した。
村には子供が少なかったし、家の外はこわかったから、あまり友達がいなかった。自己紹介なんてしたことなかった。
そんなわけで、ドキドキしながら反応を待つ。
すると、ながみはもうしわけなさそうな顔をやめて、「あぁ、よろしくお願いするよ」と席をたって手を出してくれた。
えっと、たぶん握手かな?
差し出された手をぎゅっと握ると、ながみは嬉しそうに笑う。
良かった、どうやらあってたみたいだ。
心の中でほっと胸を撫でおろした。
すると、安心して緊張がとけたのか、私のおなかがぐぅとなった。
突然の事で、目がまるくなるのがわかった。
今のは、私なのか?
私の、おなかがなったのか?
じゃあ、聞かれた......?
恥ずかしくて、顔を下に向ける。
こんなに恥ずかしい思いは初めてだ。ごはんをつまみ食いしてそとに出されて泣いていた時も、ここまで恥ずかしくはなかった。
握った手が少し汗ばむのを感じた。
「えっと......ごはん食べる?」
そう言われるまで、しばらくの間下を向いていた私だった。
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