真っ赤なコートの女
ホラー“風味”です。
オチはあとがきに。
よう後輩くーん。 仕事がおわってこの後に酒をおごってやるから、俺の話を聞いてくれるか?
何時ものようにひとりで、胸ポケットにチーフをチラつかせる気障スタイルでバッチリキメて、繁華街へいかないのかって?
いまはそんな気分じゃないから、お前を誘ってるんだって。
ほら、お前にも心当たりが有るだろ?
趣味のナンパは大好きだけど、そんな気分じゃない日だって有るだろ?
ナンパが趣味なのは俺だって? 当たり前だ、世のカワイイ女の子達が俺を待ってる~ってね。
それでどうだ? たまには男ふたりで俺の話を肴にして、むさ苦しく酒を楽しまないか?
あ? なんで俺を拒絶するんだよ、悲しいぞ?
匂いが苦手? いやいや、これは良い香りって言うんだよ。
ナンパに成功して、女の子と一夜限りで楽しみ合った勲章だぞ? いやな匂いな訳があるか。
これがモテる男だって証拠。
もしかして羨ましいのかぁ?
ん?
……なんだ違うのか。 それがヤッカミなら可愛い後輩なんだけど…………っておいコラ、俺にはそっちのケはねーよ、ドン引くなって。
で、どうだ? 酒の相手をしてくれないのか?
~~~~~~
お姉さーん、純米酒の良いやつとオススメのつまみを二人分ねー!
ありがとうねー。 注文が増えるかもしれないけど、その時はまたよろしくー。
…………それでな、酒を呑みながらでいいから、ここ半年の間に起きた不思議な話を聞いて欲しいんだ。
ああ。 聞き役の手間賃が酒とつまみだな。
聞いてくれるか、ありがとう。
それでな、さっきも少し言ったが、始まりは半年ほど前だった。
夏の蒸し暑い日の夜だったよ。
趣味のナンパで成果があがらずに帰宅するとき、それは起きたんだよ。
アパート近くに見慣れない、フードをかぶって血みたいに真っ赤なロングコートを着た女とすれ違ったんだ。
夏だぞ? それでロングコートなんてミスマッチも良いところだろ?
だから見た目も強く印象に残ったんだけどさ。
それでそのすれ違う際に、小さい声が聞こえたんだよ。 ぽつりと。
ミ ツ ケ タ 。
ってさ。
あの時ゃビビったね。
ビビったついでにそいつが何者かを知りたくなって、バッと振り向いたけどそいつの格好が格好だろ?
だからなんにも情報が得られなくてな。
季節外れの真っ赤なロングコート位しか。
後は女としか思えない声と、女らしいほっそりした全身のラインと、口に引かれた紅だけだな。
それでネットで情報収集しても、その格好のままアチコチで遭遇報告が有るだけ。
何をしたいのか、その辺はまったく無し。
お手上げだよお手上げ。
こうやって少し胸を張りながら、バンザイするの。
ほらほら、あなたのお手も拝借致しまして。
はい、お手上げ将軍。
俺もお前もお手上げ将軍。
みんな仲良くお手上げ将軍。
なんちゃって。
意味がわからない? そっかぁ、ならいいわ。
それでな、その時は何かの聞き間違いや人違いだと思ってたんだよ。
思っていたんだよ。
でもな、また見かけたんだよ。
しかも一度じゃなくて、何度でも。
アパートの前だけじゃなくて、俺の行動範囲内ならどこででも。
その上ですれ違えば、その度にポツリ。
マ タ ア ッ タ ネ 。
ア ナ タ ヲ ワ ス レ ナ イ 。
マ タ ア イ マ シ ョ ウ 。
コ ン ナ ト コ ロ ニ イ タ 。
そんなのを一言だけ添えて、唇を歪めて去っていく訳だよ。
こえーこえー。
…………んお? お前の酒を呑む手が止まってるぞ?
大丈夫大丈夫。 ナンパで成功したら使う一回分の金までだったら、ちゃんと出せるから呑んで良いぞ?
アホほど高い酒じゃなかったら、その額を越えないだろうし心配するなよ。
そうそう。 お前は会社の飲み会でも結構呑んでたからな、遠慮すんなって。
んでな、真っ赤なロングコートの女との遭遇回数が増えてきて、どれだけの頻度か記録をしてみたんだけどな?
早いと、週に1回。
遅くても、月に1回。
よーく粘着されてるだろ?
流石の俺でも、その結果を見たときに背中が寒くなったわ。
それで更にある時、ふと気付いちまったんだよ。
ロングコートの丈が少しだけ短くなってたんだよ。
なぜ分かったかっつーと、足首より少しだけ上位の長さだったコートが、いつの間にかスネが完全に隠れるかどうか辺りにまで短くなってたんだよな。
それに気付いてからもっとよく見ると、原因は女の腹が膨れてきていてな?
だから分かっちまったんだよ。
こいつは食べるのが趣味で、ここまで太ったんだなって。
それで俺の行動範囲には飲食店が多いから、美味しい店を教えて欲しくて俺にまとわりついていたんだろうな……とな。
…………なんだよ。
なんでお前の俺を見る目が、そんなに冷たいんだよ。
女性に刺されちまえ? なんて物騒な。
女の子と遊んでいても、相手だってその場限りの関係だって理解した上での遊びだぞ?
そんな修羅場にまで行かねーって。
………………なんでさっきより目が冷たくなってんだよ?
一夜のお相手には、優しくてステキだった~とかって評判なんだぞ?
そこから他の子を紹介してくれたりしてさぁ、俺ってばモテモテちゃんよ?
なのになんでそんな目を…………今度はため息?
勘弁してよ、そっちのリアクションを見てると、俺は最低な野郎に見られちゃうじゃん。
もしそう見られちゃったら、俺の評判がガタ落ちよ?
ガタ落ちしたら、本気でお手上げ大将軍よ?
……そのネタはもういい? そうかい。
あ? ナンパを趣味にしたのはいつ頃か?
あれは……夏のはじめだな。 梅雨に入るか入らないかの頃。
雨が降ってて、そんな中で赤いポンチョ型のレインコートを着た女性が道路で困っててな、手を貸したのが始まり。
その人はけっこう綺麗でさ、助けたら喜ばれて、そのままの勢いで軽くデートして。
なんか良い雰囲気になっちゃって、ご休憩。
別れ際、助けてくれたお礼にってポケットチーフをくれてさ、
カ ッ コ イ イ デ ス ヨ 。
って褒めてくれてな。
だから俺はそこまで格好いいならって、趣味にしてみたのよ。
結果はそこそこ成功。 いやー、俺って本当にイケメンだよなっ!
………………おい。 せめてこっちへ向いてくれ。
そっぽを向いて、酒を啜ってんじゃねえ。
リアクションをくれ、リアクションを。
…………なんだよ?
その最初の一人をどれだけ覚えているかって?
どこまでも覚えているに決まってるだろ? あんな美人さんと、もっといい出会いをしてたら、最後に交際……いや結婚まで申し込んでいたかもな。
俺も当時は余裕がなかったし、あんな独りよがりで泣かせるばっかりの、お粗末な男じゃなかったらな。
それでもポケットチーフをくれたんだから、あの人は性格も美人だったんだろうよ。
まあいいや、話を戻そうか。
またため息? なに、最初の人の話をもっと聞きたい? 違う?
訳分からん。
あー……それで、記録上は今日なんだよ。
そう。 真っ赤なロングコートを着た女の出没予定日。
夏から冬になって、季節に合う格好になったその女と出会いそうな日。
出会わないで済むように、こうやって俺らしくもない行動にでたって訳だよ。
分かるだろ? こうやって会社の奴におごるなんて、俺はあまりしないからな。
…………ここで大きく頷かれても、それはそれで心にクるな。
じゃなかった。
だからこうして時間を潰して、女から逃げられれば良いなって期待してるんだよ。
よく出会う時間帯が終わるのが、あと1時間。
悪いけどそこまで付き合ってくれ。
~~~~~~
そろそろかな。
念のためで更に30分も時間をもらったけど、もう大丈夫だと思う。
付き合わせて悪かったな。
今日はありがとうな、明日また会社でな。
………………んー、ぼんやりか? どっか一点を見つめてる? よく分からん。 とにかく、なんか反応が悪いな。
まあいいさ。
さぁて、今の内に帰るかぁ。
それじゃあな、後輩よ!
どん
おっと、ぶつかった。
失礼、真っ赤なお嬢さん。
その綺麗な赤いコートを汚してしまうような不注意をしてしまって、すみません。
ケガはありませんでしたk――――――――
――――――――あ。
ア ナ タ ガ オ ソ イ カ ラ シ ン パ イ デ サ ガ シ タ ワ 。
ソ レ ニ プ ロ ポ ー ズ ア リ ガ ト ウ 。
コ レ カ ラ ハ カ ゾ ク ミ ン ナ デ イ ッ シ ョ ニ ク ラ ソ ウ ネ ?
その後の気障を気取っていた彼はちゃんと責任をとって、社内で“恐妻家”の名を欲しいままにして、妻の尻に敷かれ続けているそうです。
それと、彼女はプロポーズされたと嬉しそうでしたが、どうやって聞いていたんでしょうね?(暗黒微笑)
~~~~~~
蛇足
先輩
真っ赤なロングコートの女性の正体に、最後まで全く気付けなかった鈍感野郎。
そのツケを、今後一生をかけて支払っていくでしょう。
趣味だったナンパは終了。
今の趣味は、妻との時間だとする主張を、時々挙動不審になりながらも繰り返している。
真っ赤なロングコートの女
“先輩”をナンパ趣味に走らせてしまった原因。
あの日から3ヶ月位で体調の変化に気付き、責任をとってもらうべく奔走していた。
もちろん体を許すほどだから“先輩”を嫌ってないし、なにより激しく求められたのが癖になってしまった。
生来緊張するとヘンなイントネーションになり、そこを気にし続けていて、軽いコミュ障となっている。
“先輩”の未来は、常に(アレな意味の)腎虚の不安と共にある。
後輩
一応男。
男ったら男。
“先輩”の結婚したい宣言をなぜかコートの女が知っていた所から、当人の設定や背景は未設定なれど、コートの女との繋がりが予想される。
が、実際のところは不明。 コートの女が盗聴器なんかを“先輩”に仕掛けていたとか、第六感で見つけて店内にこっそり潜んでいた可能性だって否定できない。
全ては大切なホラー要素ゆえ、完全には解明されてはならないし、解明させない。
なお“後輩”本人は大酒呑み。
制限がなければ“先輩”の予算を何倍もオーバーして呑めるバケモノ。
本当に余談だが 油断して思うままに妄想の翼を羽ばたかせると“後輩”がロングコートの女と混同してしまい、のっぺらぼう系統の怪談へ変化して、作者の頭が混乱する。