脱出
バタバタと四人は走って歩が連れて行かれた通路を只管進む。姉さんこと"東郷 桃子"は焦っていた。連れて行った男が偉い立場に居る事、乱暴者で他人に気を使える人間では無い事、何より歩を間違い無く女性と勘違いしてる事。
多分だけど服を脱がせた時点で間違いに気付くだろうが、その後の展開次第では血を見る可能性が大き過ぎた。
「無事で居てくれよ。」
通路の曲がり角に扉を見つけた桃子達は乱暴に扉を蹴り開けた。が、部屋の惨状を見て絶句した。
◆
歩は気絶している男を部屋のシーツを裂いて縄代わりに縛り上げて動けなくした。
「これでよし。後は姉さん達と合流して逃げ出さないと。やっぱり女の子だから男の僕が守ってあげないとね。」
意気込みは立派で男らしいが、見た目が可憐な少女のようなので見ていて微笑ましい。
辺りを見回し、壁に掛けられている剣を外して取り敢えずの武器とした。構えてみるが剣先がブルブル震えている。別に武者震いでも、怖くて震えている訳でもない。
「重い……。け、けど振回せさえ出来れば何とかなるかな?なるといいな……。」
無理である。
寧ろ素人が抜身の刃物を振り回す時点で味方にも被害が出兼ねない。
半分引き狡る様に剣を携え唯一の出入り口に向かうと、勢い良く扉が吹っ飛んで来た。開け放たれるとか、乱暴に開けられたでは無く文字通り吹っ飛んで来たのだ。
そして、飛んで来た扉が歩にダイレクトアタック。歩は気絶した。
「あゆむ!無事か?!何処だあゆむ!」
「姉さん……足元足元。」
桃子が足元を見ると、歩の頭だけが辛うじて吹っ飛ばした扉の下から覗いていた。
「あ、やべ!あゆむぅぅぅぅぅぅ!ごめぇぇぇぇん!」
「姉さんやり過ぎっしょ。あ〜あ、歩っち完全に目回してるっすよ。」
「歩が可哀相……。」
「お姉様、レディがはしたない開け方をする物ではありませんわ。」
「柚子まで!」
蜜柑、林檎、柚子の順に非難轟々で流石の桃子もちょっと涙目であった。普段喋らない柚子まで非難してきては反論も出来ない。
「取り敢えず話は後っすよ。先ずは脱出っす。」
「林檎さんは其処に落ちてる剣を、お姉様は歩さんをお願いしますわ。ワタクシと蜜柑ちゃんで後方を警戒します。」
「何か手慣れてるな柚子。」
「昔から松林グループの孫娘だってだけで誘拐の危険性が高かったものですから。」
「聞いてはいたっすけど、大変っすね〜。」
桃子も歩をお姫様抱っこで走り出す。前に剣を持った林檎が、続いて桃子、後ろに並んで蜜柑と柚子が走る。
2分程の時間で出口の光が射して外に出られた。
外に出て辺りを見回すと、お城では無く鬱蒼とした森が目の前に広がっていた。
出てきた建物に振り向くと、確かに城では無く何かの遺跡にみえる。
「ボサッとしている暇は有りませんわ。早く何処かに身を隠しませんと。」
「だな。」
一同が森に向かって走り出そうとした矢先に、森の中から獣が飛び出した。
咄嗟に林檎がすぐ近くに生えてる細い木を斜めに切り倒す。倒した木を今度は枝の生え際からバッサリとカットして柚子に投げ渡す。
「槍の代わり。ちょっと短いかもだけど、無いよりマシ。」
事実長さが2メートルも無さそうであった。本来槍や薙刀に分類される柄物は、穂の長さが約39.4〜42.4cm柄の長さが約90〜180cm。短いのは短槍と言われるが、短槍には長過ぎで長槍には短い。その分取り回しはし易いかも知れない。
「助かりますわ。薙刀じゃないのが残念ですが、贅沢は言ってられませんわね。」
桃子も臨戦態勢に入るべく、蜜柑に歩を預ける。
「歩を頼む。この中じゃ蜜柑が一番力が弱いから私等に任せろ。イザとなったら私等に構わず歩を連れて逃げてくれ。」
「姉さん!そんな事言わないで。」
蜜柑の両の目からじわりと熱い物が込み上げてくる。
桃子は立ち上がり振り向くと、スカートのポケットから金属製のゴツゴツした物を両の手に嵌める。
かなり使い込んでいるみたいなメリケンサックだった。
「久々にお姉様の鉄拳パンチが見れますわね。」
場を和ます為なのか、柚子がチラリと目線だけ向けながら冗談めいて呟く。その呟きは皆の耳にも届いていた。
「狼のようだが、後ろ足が異様にでかい。多分だけどジャンプして攻撃して来る可能性が高いぞ。」
相手は一匹とはいえ、その体躯は2メートル近い。普通の女子高生がまともに戦える相手では無いだろう。
現代日本でも野犬に大怪我を負わされて病院に担ぎ込まれる被害者が居るほどだ。
緊張で場が張り詰める。正直狼が今まで襲って来なかったのが不思議なくらいだ。
緊張が最高潮まで達した時、先に動いたのは狼の方だった。
桃子の予想通り一気に上空まで飛び上がり、最前列に居た林檎に強襲を仕掛けた。流石に2メートル近い体躯を受け止める力は無い為、林檎は冷静に左に避け真横に上段から剣を振り下ろす。
着地と同時に狼も左に避けるが、剣先が僅かに掠ったのか首元から多少の血飛沫が上がる。
「やっぱり刀じゃないと上手く振れない……。」
贅沢を言っても始まらないのは分かっているが、やはりと言うか林檎も悔しそうな表情は隠せない。
林檎の右側後方に待機していた柚子が木を削って作った槍を裂帛の勢いで突出す。
流石に警戒していたのか、狼も難なく後方に飛び下がる。
仕切り直しである。林檎を中心に右側後方に柚子が、左側後方に桃子が位置を取る。勿論その更に後方には歩を抱きかかえた蜜柑が居る。
絶対に後ろには行かせない。またも緊張が場を支配する。
「技がある……。」
急に後ろに居る蜜柑から気の抜けた声で話し掛けられた。
「何だよ技って。こんな時に気の抜けた事抜かしてるんじゃねぇよ。」
若干イラ付いた声を上げるが、その技が気になる。
「姉さんゴメン。でも、何か出来ないかとステータスボード見てたら、このボードスライドして技の一覧が出てきたの。」
「何?!」
桃子が聞き返すも、逸早く判断を下したのは柚子であった。
「林檎さんは狼の動向に注意。お姉様は技の確認をお願いしますわ。」
言われて桃子がステータスボードを開く。蜜柑の言う通りボードをスライドする様に意識すると、技の一覧が顔を出した。
スキル一覧
パンツァーフィスト Lv 1
ヒールフィスト Lv 1
魔法一覧
キュア Lv 1
マジックボックス Lv 1
「何だよこれ……。ゲームか何かかよ。」
桃子自身はやった事は無いが、弟や妹達は夢中でRPGとか言うゲームをやっていたから多少の知識はあった。
とはいえ、そう言うゲームがあるってだけで、内容迄は把握していないのだが。
「取り敢えず確認はしたぞ。これをどうすれば良いんだ?」
確認しろとは言ったものの、流石に柚子もそれに効果が本当にあるかまでは自身が無い。
ならば、恥ずかしい思いをしてでも、自分が実験台になるしか無いだろう。
因みに柚子の確認した内容はこうだった。
スキル一覧
連撃突き Lv 1
魔法一覧
フレイムジャベリン Lv 1
アイテムボックス Lv 1
ショボい。そんな言葉が頭に浮かんだ。しかし、間違っても口には出さない。レディがそんな言葉を口にする物では無いと常々言い聞かされて来た柚子には出来ない事だ。
何はともあれ、確認出来た以上やる事は一つだ。
狼は予想以上に此方を警戒してくれていたようで、未だに襲って来る様子が無かった。やはり最初に一撃入れられたのが効いてるみたいだ。
「林檎さん、突っ込んで下さい。お姉様はここで待機。機を見て突っ込んで下さい。」
いうが早いか林檎が走りだす。今度は狼が迎え撃つ気の様で、低い唸りを上げて姿勢を低くする。
辿り着いた林檎が上段からの振り下ろしで攻撃。狼はまたも上空にジャンプして後方から追い掛けていた柚子に襲いかかる。
「読んでいましたわ。」
ニヤリと笑う柚子が木の槍を上に向けて撃ち出す。
「連撃突き!」
撃ち出した槍が分身でもしたかのように、幾本もの突きを繰り出す。
一番無防備な腹を突かれて堪らず鳴き声を上げる狼。柚子の後方に着地した狼の腹から血が滴り落ちている。
しかし、柚子の槍も尖端が丸くなっており、槍としてはもう使えないだろう。
狼が振り向き柚子を凝視する。柚子の持つ槍は最早脅威では無いと悟った狼は再び柚子に襲いかかる動作を始める。
柚子も勝算が無かった訳ではないが、出来るなら此処で倒して置きたかった。
狼に向き合った柚子がニヤリと微笑む。
「後は任せましたわ。お姉様…。」
そう、待機をしていた桃子が狼の後ろから物凄い勢いで突進して来ていたのだ。
「やり方は覚えた。お手柄だぜ柚子。」
狼が気付いて桃子の方を振り返った時にはもう遅い。
裂帛の気合と共に振り抜いたメリケンサック付きの拳が狼の傷付いた腹に突き刺さる。
「パンツァーフィストォォォォォォ!!」
ドカン!と言う音で拳が振り抜かれる。2メートルもの巨体の腹をグチャグチャにしながら森の方へと吹っ飛ばされる狼。
其処に待ち構えていた様に林檎が剣を狼に向かって振り抜く。
「剣技一閃……。」
最早頭を下に飛ばされるだけだった狼の首が胴体と亡き別れになる。
林檎の後方迄飛ばされた狼の亡骸がボトリと地面に落ちる。
「うはぁ。疲れたぁ……。」
トボトボと歩いてきた林檎も心無しか疲れた様子。
「でも、ゆっくりしてる暇は無いですわよ。追手が来ない内に逃げないと。」
「そうだった!蜜柑無事か?」
後ろの蜜柑の方に視線を向けると、何やらむくれた様な蜜柑の顔が。
「蜜柑?どうした?」
泣きそうな恨めしそうな顔で蜜柑が言った。
「姉さん達ばっかりズルい〜!私も活躍したかった〜!ズルいズルいズルいズルい〜!ても、無事で良かった〜!わあぁぁぁぁぁぁぁん!」
言いたい事言って泣き出す蜜柑に、桃子は優しげな顔で頭を撫でてやる。
「何だよ、文句言うのか泣くのかどっちかにしろよ。」
「だって〜。」
転がっている歩を今度は背負い、蜜柑の頭を再び撫でてやる。
「ほら、行くぞ。グズグズしてたら捕まっちまうかも知れねぇからな。」
「うん……。」
まだグジグジ泣き声だが、漸く蜜柑も笑顔を見せて走りだす。
「っかし、歩の奴はこんな状況でもオネンネたぁ神経太いな……。」
愚痴る桃子だが、歩がこうなったのも自分のせいだからあまり悪くも言えない。
死んでねぇよな?肩に乗っかる頭に耳を傾けると、微かにスヤスヤと呼吸音が聴こえる。
本当は寝てるだけじゃねぇのか?歩の株が爆下がりし始めた瞬間であった。




