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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

それは違反です。

作者: 遠間千早

 夜の闇に紛れて、小柄な人影が校舎の陰を横切った。



 神経を研ぎ澄まして、周囲を警戒する。

 足元で小石が音を立てるたびに、誰かに見つかるのではないかとひやひやした。

 小脇に抱えたものをぎゅっと抱え直す。

 今日は月明かりが明るく、懐中電灯代わりのスマホで十分見通しがきいた。


 目的の場所に着くと、誰にも見つからなかったのか、ここ数日地道に積み上げた石は崩れずにその場にあった。

 それを確認してほっと一息つく。

 誰かに見つからないようにこっそりここに通うのは大変だった。

 校舎裏の、すぐ側が林になっていているため風も強くない。正に絶好のポイントである。


 口元が緩みそうになるがぐっと堪えて、すぐさま準備に取り掛かった。

 積み石に近付いてその場にしゃがみ込む。

 抱えたものを音を立てないように石の囲いの中に入れて、そっと背負っていたリュックを下ろした。


 緊張からごくりとつばを飲み、ジッパーをゆっくりと開ける。

 中から取り出したものに思わず笑顔が溢れる。


 ここまで、なんと長い道のりだったことか。


 数ヶ月間に及んだ苦労を思い出し、しばし感慨にふけった。


 ようやく、今日で長い苦しみから解放される。


 そんなことを考えたらなんだか涙で視界が歪んでいくようで、慌てて顔を引き締めた。


「ーーいざ」


 小声で自分に喝を入れて、先ほどセットしたものにリュックから取り出したライターを近づけた。




「そこまでだ」

「!!」




 後ろから突然放たれた声に身体がびくりと震えた。

 まさか、と思いながらぎぎぎぎと音が鳴るように顔を後ろに向けてみた。


 少し離れた校舎の陰から、長身の男が歩み寄ってくる。闇に紛れるような黒髪が、月の光で神々しく煌めいていた。

 後ろからもぞろぞろと数人の男達が懐中電灯をこちらに向けながら追いついてくる。

 先頭に立つ男はしゃがみ込んだ生徒が持つものを見て、呆れた顔でため息をついた。


「またお前か。油井」

「……くそっ、なんで風紀委員長が…!」


 しゃがみ込んだ場所まで歩いてきた風紀委員長から、必死で後ろにあるものを隠そうと試みる。


「諦めろ。何度も何度もお前は全く……」


 風紀委員長はかなり苦々しい顔で、油井が握りしめていたライターを奪い取る。


「何度も言ってるだろうが。校舎の外で火を焚くのは禁止だと」

「し、しかし……!」

「おら、それもよこせ」


 必死で抱え込んだリュックを無情にも強引に引き剥がすと、中を確認してまた盛大にため息をついた。


「今度はアジか…」


 とられたものにため息をつかれて、油井はブチ切れた。


「なんだそのため息は!!アジ馬鹿にすんなよ!!何様のつもりだ!!毎回毎回俺になんの恨みがあって邪魔すんだよおお!!」

「……」


 渋い顔をする風紀委員を見て、油井はしゃがみ込んだまま地面に拳を叩きつける。


「なんなんだよ風紀委員!!俺が何したって言うんだ!!俺はただ干物を焼いて食べたいだけだ!!!!」


 全力の油井に風紀委員長の背後に集まった風紀委員達は、また始まったと生暖かい顔を向けた。

 この油井という生徒、今年入学した一般生で、普段はしごくまともな生徒なんである。

 授業態度も真面目、友人関係も良好、クラスでは委員長を任される位には優良。


 しかしただ一つ、風紀を悩ませる問題があった。


 干物が好きすぎる余り、校舎の外で焼こうとするのである。

 当然ながら校舎の外であろうと焚き火をするなんて言語道断である。

 毎回毎回油井が人目を盗んで干物を炙ろうとするのを、未然に防ぐのは大変骨が折れる。


 地面に腕をついてわなわなしている油井に、委員長はため息をついて側にしゃがみ込んだ。


「だから、干物を食べるなら部屋で焼けよ」


 油井はその言葉にぎっと委員長を睨みつけた。


「こっちこそ何度も言わせるな!!同室のやつが焼かせてくれないんだよ!!」


 入学して早々に、干物を部屋のキッチンで焼いた油井を同室のチワワは叱り飛ばした。

 なんでもチワワはそもそも魚が好きではないらしく、干物の匂いが許せなかったらしい。

 なんという不運。

 それから部屋で干物を焼くことを禁じられ、油井は絶望した。


 そのうちに、部屋でダメなら外で焼けばいいという思考に陥ったらしい。

 校舎の外で干物を焼こうとする油井を制止する風紀委員、という光景は最近割とよくある光景になっている気がして委員長は頭が痛い。


 何度も同じことを聞いている委員長は、しかしながらやはりため息をつく。


「だからといって校舎の外で焼くのは辞めろ。家庭科室を使わせてもらうとか、食堂で焼いてもらうとかあるだろ」

「調理部には同室のチワワと同じ理由で断られた。あいつらお菓子専門らしい。匂いが移るから嫌だと。食堂は自分で焼けないから却下」

「はぁ……」


 油井には自分の絶妙なタイミングで干物を網から下ろして食べたいという無駄なこだわりがあるらしい。


「とりあえず、その石で作った焼き場は解体な」

「!!」


 委員長は油井の後ろに作られた、無駄に精密に積み上げられた石の囲いを崩すように後ろの風紀委員達に指示する。


「や、止めろ!!これを作り上げるのにどれだけ時間がかかったと思ってるんだ!!」


 青い顔になって必死に囲いを守ろうとする油井を委員長が羽交い締めにして、委員たちがガラガラと石を崩していく。


「やめろおお!人でなし!!俺が何したっていうんだああああ」


 委員長の腕の中で暴れながらめそめそし始めた油井を、風紀委員達はなんとも言えない顔で見る。


「いや、俺らも出来ればこんなことで夜集まりたくないしね…」

「油井が焚き火してないかって夜も見回りとかさせられてるからね…」

「まぁかわいそうはかわいそうだけどな~」


 最後に油井がセットした固形燃料を回収して、風紀委員は散会といういつもの流れが、今日は油井が泣きやまないため若干変わった。


「油井、泣くなよ」

「うう……」


 いつもとは違い、数日間地道に作り上げた石場を壊されたのが余程ショックだったらしい。

 今日はあと少しで干物に辿り着けたというだけあって、悲しみが深いようである。


 委員長は頭を掻きながら、立ち上がってめそめそしている油井を見る。

 そしてため息をついて言った。


「わかった。俺の部屋に来い」

「……ぐすっ……?」


 しょんぼりしていた油井はその言葉に顔を上げて委員長の顔を見つめた。


「俺は一人部屋だから気にするヤツもいないし、好きなだけ焼けばいい」

「ほ、ほんと……?」


 うるうるした目で見つめられて委員長はうっとなりながらも頷いた。


「委員長!!!愛してる!!!」


 油井は満面の笑みでガバッと委員長に抱きついた。

 委員長は苦笑いしながらも油井を受け止めて頭を撫でる。


「しょうがねぇなぁ。もう外で焼こうとすんなよ」

「しない!!もう委員長の部屋でしか焼かないから!!」

「お、おう……」


 そうと決まれば早く部屋に行こう!と油井はリュックを持ったままだった委員長を引っ張って、寮の方へとダッシュしていく。

 引きずられるように去っていく委員長を見て、残された風紀委員の一人が口を開いた。


「委員長がほだされるに賭けたヤツ誰だっけ」

「俺」

「俺も」

「まじかよ……委員長は耐えきると思ったのに……」

「委員長何気に油井のこと気にしてたしな……」

「誰かの部屋で焼かれるのが嫌だったんだな」

「……帰ろうぜ」

「ああ、もう夜の見回りしなくて良くなったのか。最高だ」

「帰って寝よう」



 ぞろぞろと風紀委員たちもその場から立ち去っていく。


 委員長の部屋で、油井の為にこっそり用意してあった七輪を見て、油井が大歓喜したのは誰も知らない。

風紀委員長×学級委員長

何これ


無性に単なるアホな話を書きたくなった結果。

委員長は干物を取り上げるたびにうるうるする油井にやられました。

そのまま一緒に住めばいいよ!!


改行と字下げが気になったので、修正しました(R6.2)

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