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『根』シリーズ

『根根』

作者: 佐分利

「強い根」


一言で俺を言うなら,この言葉が一番似合っているかもしれない。

高校時代の友達には,俺はよく「お前は芯が強いな」とよく言われていた。

中学時代の友達やクラスのやつらが不良になっていく中でも,俺は絶対に不良になったり,悪の道に進む気はなかった。


こんな男になったのも,幼少期の頃の経験と母からの告白が深く関わっていた。

俺は物心ついたときから,母親と2人暮らしだった。

2人で公園で遊んでいる時に,俺は無性に雑草を抜くことに惹き付けられていた。

抜ける雑草・抜けない雑草,いろんなものがある。

俺は抜けない雑草を必死に抜こうとするが決して抜けない雑草に憧れを持ち,その様子を見た母親は「あなたは...あなたは絶対に強い根を持つのよ。」と言っていた。


そして高校生になったころ,俺は母親から父親がいない理由を聞かされた。


父親は,俺が生まれてすぐに犯罪に手を出してしまい,母親の下から姿を消したのだという。

その時の,母親が何度も「ごめんね。ごめんね。」と泣きながら俺に謝ってきたことは忘れないし,俺は絶対に父親と同じようにはならない。


強い根を持ってやると誓ったのだ。


そして時は現在に流れて,俺は大学生になった。

県外の大学に進学したこともあり,俺は人生で初めての1人暮らしを始めていた。

1人暮らしは不安なことも多かったが,慣れてみるととても楽しいものだ。

それに大学は授業だけでなく,バイトやら何やらで忙しい毎日だが,仲間と一緒にいれることが楽しかった。


そして,俺の大学生活を色豊かなものにしたのは,サークル活動だ。


サークル活動はとても楽しく,毎日仲間と集まり,朝まで誰かの家で遊ぶのだ。

しかし,俺は絶対に何があっても,クラブや風俗というような闇の匂いがする場所には行かなかった。

サークル仲間からノリが悪いと言われて,悪い気持ちになったことはあったが,母親のためにも俺は耐えた。


流石に,みんなもそんな俺の親友ばかりではないので,何度も俺が断っているうちに,徐々に誘われることもなくなり,俺はとうとう1回生の9月ごろにはサークル内で完全に孤立してしまった。


今まで友達には困ったことがなかった俺が独りぼっちになるとは思わず,学校にも行けなくなるほど,落ち込んでいた。そして,そんな俺を気にかけてくれた人がいた。


それは,サークルの先輩で4回生の武藤元気先輩だ。

みんなからは「むげさん」と言われている。

俺みたいな1回生からするとむげさんはとても大人で人生経験が豊富で仲間思いでとても尊敬できる先輩だ。


「おい。お前,元気か。全く,なんでお前はクラブとか行かねえんだ。結構,楽しいぞ。」


俺はむげさんからの質問の返答として,自分の過去を正直に隠さず語った。

この人なら,俺を軽蔑しない。

信頼できる人だと思ったからだ。


「お前,泣かせるじゃねえか。お母さんもいい息子を持ったんだな。」

むげさんは泣きながら俺のことを肯定してくれた。

やっぱりこの人は器が違う。この人は信頼できると確信した瞬間である。


「お前は,これからもその根を持ち続けるんだ。でもな,ただお前と遊びたがっている他の仲間のことも一度は考えてやってほしい。お前と遊びたいのに,誘っても断られる悲しさを...」


「え,でも俺はあいつらに嫌われて...現にもう俺は誘われないし...」


「いや,そんなことはない!!」


いきなり大きな声をあげるむげさんに俺は驚きつつも,次に何を言うのかとワクワクしていた。


「あいつらはお前に断られるのが怖いんだ。断られるたびに傷ついているんだ。人間は弱いものだ。怖いものは避けたいし,傷つきたくもない。お前のことが大好きなんだよ。あいつらは...それだけは分かってやってくれ。」



自然と涙が出てきた。

全部,あいつらが悪いと思っていた。

俺を認めてくれないあいつらがクソだと思った。

所詮,俺を分かってくれるのは高校時代の友達だけだ思っていた。


違う。

そうじゃなかった。

あいつらを認めなかったのは俺だった。

俺が勝手にサークルから離れていったんだ。

そう考えると,自然と口が開いていた。


「俺,謝りたい。あいつらに会いたいよ。むげさん!!」

そう言うと,むげさんは待ってましたと言わんばかりに俺を外に連れて行った。


「来いよ。今日は,サークルの飲み会があるんだ。お前も来ねえと盛り上がんねえよ。」


居酒屋の入り口につくと,皆がすぐそこにいると思うと,緊張が俺に襲い掛かる。

やっぱり帰りたいという気持ちがでてくるが,むげさんがすべてを見透かしたように俺の背中を押した。


居酒屋の入り口にある暖簾をくぐると,そこにはサークルのやつらがいた。

俺を見つけるやいなや,あいつらは俺を盛大に歓迎した。

「おぉ,待ってたぜ。」

「いつまで,家に籠ってんだよ。心配したぜ。」


みんなの心配は嬉しかったが,俺はみんなに謝らないといけない。俺は覚悟を決めた。

「みんな,聞いてくれ...本当にごめn」

俺の謝罪を遮るように,むげさんが大きな声で話し始めた。


「おいおい,そんな辛気臭い事より,飲み会なんだ。楽しもうぜ!!それによ~お前ら,こいつに謝られることなんてされたか~?」


「謝るなんてそんなことされてねえよ!!俺たち,仲間じゃねえか!!迷惑かけてこそだろ!!」

「そうだよ。ていうか早く飲もうぜ。もう喉が限界だぜ。」


こんなに俺のサークルは暖かい場所だったんだ。

涙が出そうだったが,泣いたらこいつらいじられてしまうと思い,耐えた。

そして,むげさんの乾杯の合図と共に,俺は仲間たちと盛大に酒を交わした。

ちなみに俺は,一浪してるから1回生でも酒が飲める。

目が覚めると,頭の中で爆音が鳴り響いていた。

「う,頭に響く。」


まさか酒を飲みすぎたのか...頭に爆音が響く...そもそもここはどこなんだ。

暗いし,人が多いしでよくわからん。

とりあえず近くにいる仲間に聞くか。


「なぁ,ここって一体,どこなんだよ。」

「おぉ,やっと目が覚めたのかよ。心配したぜ。はやく来いよ。みんなが待ってるし,お前に見せたいものがあるんだよ。きっとお前も喜ぶぜ。」


ここがどこなのかを教えて欲しかったが,仲間に腕を引かれ,俺はただされるがまま,ついていった。

到着した場所は,人の目があまりつかない場所だった。

そしてそこには仲間たちが円を描くように集まっていた。


そしてその中心にいるのはむげさんだ。


むげさんは俺を見つけるとすぐに俺を歓迎した。

「おぉ,やっと目が覚めたか。それにここがどこって感じだな。ここはクラブだ。先に言っとくぞ,俺たちは無理やり連れてきていない。お前がついてきたんだぞ。」


クラブ!?俺がついていった?

本当かと思いたくなるが,不思議と嫌な気分ではなかった。

むしろ,仲間たちとずっと一緒にいれることが幸福ですらあった。


ただ,一つここに連れてこられる時に,言っていたことが気になっていた。


「なぁ,見せたいものってなんだよ。俺も喜ぶって...」

俺がその言葉を言うと,ワイワイと盛り上がっていたのが,急に静かになり,一斉に俺の顔を全員が見た。そして,その異様な雰囲気の中でむげさんが説明を始めた。



「そうだ。そうだ。これをねお前にも見せたかったんだよ。」

そう言って,むげさんはポケットから一つの小袋を取り出した。

中には5粒ほどの小さな錠剤が入っていた。

そして,その錠剤をみんなは宝物でも見るかのような目で見つめていた。


俺の中で,一つの小さな疑問が生まれる。

その疑問を確認する前に,むげさんは話し始めた。


「おいおい。そんな顔するなよ。お前が思ってるような変なものじゃねえよ。これはただの二日酔いの薬だよ。お前も酔ってるだろうし,欲しいだろうと思ったんだよ。それにこいつらも酔ってるし,そりゃ欲しそうな顔をするさ。」


「じゃあ,俺はいいから,みんなにその薬をあげてくださいよ。」


この薬を飲んではいけない。なんとなくそんな気がする。

理由は分からない。だけどダメな気がする。


しかし,周りの仲間たちは俺が遠慮していると思ったのか,ものすごい勢いで俺に薬を飲むように迫った。飲めというコールの中で俺は冗談だと思い,適当に聞き流していた。


しかし,何分たっても,何分たってもそのコールは終わることはなかった。

むしろコールは大きくなり,徐々に円の中心には俺とむげさんがいた。


「\飲―め!飲―め!!飲―め!!!飲―め!!!!/」

俺はそのコールに耐え切れなくなり,大きく息を吸い込み,断ろうとした。


その時だった。


むげさんが俺の耳元で小さく囁いた。

「いいのか?こいつらを裏切って...こいつらはお前のことが大好きなんだ。もう断られるのはいやだろうな。かわいそうなやつらだ。あいつらお前を仲間と思っても,お前は仲間と思っていないんだもんな...」


「......むげさん...」


「ん?なんだ。」


「この薬って本当に二日酔いの薬ですよね?」


「もちろんだ!!俺がお前に嘘をつくわけがないだろ。」

むげさんはいつも以上ににっこりした顔でこう答え,俺に薬を差し出した。



そして,俺は差し出された小袋の中にある薬をすべて飲み込んだ。


その瞬間,仲間たちのコールは一気に歓声へと変わった。


むげさんはニヤリと笑い,意識を失い地面に倒れそうな俺を見下ろしながら小さくつぶやいた。


「全部,飲んじまいやがった。もう終わりだな。ようこそ,今日から俺たちの仲間だ...」

アパートの中にある暗くひどく汚い小さな部屋。

武藤元気はその部屋にいる男に用事があった。玄関を開けると,ひどい匂いが彼の鼻を襲った。


彼が部屋の奥に進むと,ひどくやせ細った人間のようなものがベッドにもたれかかっていた。

その男を見つけると,武藤元気は一人話し始めた。


「おい,元気か?まぁ,お前から返事があるわけがないか。全く,元気なお前とこの部屋で話していたころが懐かしいぜ。お前が強い根をもつことを母親に誓っていたのが昨日のように思い出せるよ。現にお前は強い根を持っていたよ。考えたことがあるか?根が強い雑草も雨が降って地面が弱くなるとすぐに抜けるんだ。強い根も大切かもしれないが、その根にまとわりつく土が大切なんだよ。お前は高校時代はいい仲間に囲まれて悪を知らない環境だったかもしれねえ。ただ,環境が変われば土も変わる。お前が大学で根を張った土は弱すぎんだよ。お前がどれだけ強い根を持っていようが,俺たちと関わった時点でお前の人生は終わってたんだよ。まぁ,俺は帰るわ。まぁ,ずっと一人も寂しいだろうから目の前に鏡を置いといてやるよ。じゃあな。」


痩せた男は,武藤の話に返事をするかのように,一人で呻いていた。

その様子を見た武藤はやれやれと首をかしげながら,男のいる部屋を後にした。


男は動くことも話すこともできない。


ただ目の前の鏡に映る消えゆく「モノ」を眺めることしかできなかった。



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