ーA qui non habes cor erosis Ⅱー
二見が見かねてテレビを消してから、数分の間重く静かな時間が流れた。
青褪めた顔の沙和、黙って座り部屋の天井を眺める二見。内心では「此処に一が居てくれたら良いんだけどな」と思っていた。
「…………昔、」
沙和は重い口を開く。
「きっといとこからはもう聞いていると思います。実母に虐げられていた事、あの人に助けられた事は」
沙和の話に、二見は沈黙で返し、静かに聞く。
「今でも時々、悪夢を見るんです。彼女がふとした時にあの人へ対して行った振る舞いーー聞いた範囲でしか知らないですが。その彼女の振る舞いと実母の振る舞いが似ているせいかもしれないんですけど、」
様々な出来事を思い出してしまっているからか、沙和は過呼吸気味であり、支離滅裂気味に語っていた。
「テレビの内容を見て半ば確信しました。酷な母に重なる彼女の、言葉と行動が矛盾して伴っていない……信用ならないその側面が、悪夢として出て来て幼いぼくへ暴力を、助けに来たあの人を突き飛ばしてから、それで彼女が殺すんです。あの人を精神的に苦しめて絶望させてから、死に追いやるーー」
沙和の手は震え、言葉はより曖昧で滅裂とする。
(悪夢を思い出してるんだろうな)
「……………………。なあちょっと落ち着こうぜ。イチ程上手く言えんけど、今、無理に話そうとすべきじゃないだろ?思い出してしまった事だろうけど、な、考えたりするのとか一旦止めてみ?」
二見はうーんと少し悩んで、其れから沙和を宥める様に語り掛けて、彼を時折見ながら再び沈黙する。
恐らく「上手く言えんかったな…」と後悔しているだろうが。
ーー…………………………………………。
ーー……………………。
ーー…………。
ーー沙和の精神状態が落ち着き、其れを見て沈黙を破った二見から一言。
「あ、そうだそうだ御大層に女神さんやってる奴さんにちょっとした動きがあったんだぜ」
其の一言と共に二見は別のスマートフォンから有夏のアカウントのページを開き、沙和に見せる。
何と彼女は鍵を外してアカウントを公開していたらしい。
「公開状態だし、ログアウトしても見れるぜ」
よく見るとフォローしている人数も増えている。
また、ミズノとの遣り取りがログとして残されている様だった。
『お腹痛すぎて天下分け目の関ヶ腹』やら『鍵外した途端にえっちなアカウントからフォローされたんだけど山崎夏のブロック祭りだからね』と書き込んでいる。
「こっちで独自にアーカイブしておこうかと思ったんだけどどうせあんま意味無いし、それに俺達奴さんのアカウントフォローしているからそこら辺必要性無いと思ってさ」
自分の赤子を監督不届きで死なせて間も無く、ミズノが創作した少女のモデルで動画を作り上げて彼女と楽しく遣り取り。
もう、彼女の中で赤子の存在は既に過去のものになってしまっていたのだろうか。
「さっきの事、まだ引っ張ってるかい?」
「……いいえ、もう…大丈夫です。近日の内容ですから、出来るだけ早く記録しなきゃ」
先程より大分落ち着いた彼は、二見から見せられた内容を元にPCを立ち上げ、予めブックマークしている彼女のアカウントを開いた。矢張り此方の方でも公開状態になっていた。
遺品のノート、使い古されたペン。机に座りPCを見詰める彼は何も書かれていない頁に慣れた手付きでペンを走らせ、辿れる限りのみ、呟いた内容から彼女が上げた動画の内容、画像内のクレジットも全て書き記していった。
…ミズノとの遣り取りも詳細な範囲記録していたが、どうやら有夏は都合の悪い内容や過去の宜しくないものを証拠隠滅する為に『黒歴史クリーナー』というものを利用した様だ。
『ツイを一括削除してたから…どうしたんやろなって!!』というミズノのリプライに対して返された内容だ。『その気になったらやってみようかな。』というミズノの軽いノリへ『リンさんのイラスト消えちゃうからやめてよ!!!!!』と勢い良く返している。
『■■■ちゃんの動画はあとで再掲するから安心してイイねイイね
画像だけ残す機能かー、ふぁぼられ呟きは削除対象にしない機能はあるけど普通に日常呟きでもふぁぼられてるもんなぁ』
『やったー!他の子達のも消えちゃうの寂しいもん(´・ω・`)
なるほどね?私は変なことばっか呟いてたから新垢建てるか作成中だったからありがたい!』
『やっべ教えるんじゃなかったリンさんのイラスト消えそう消したら末代まで祝う』
……………………
有夏、そしてミズノの二人の遣り取りも一通り記録した沙和は、改めて有夏の印象を振り返る。此れ迄の印象の中に「保身も兼ねて過去の呟きを消し証拠隠滅する人物」という印象が新たに追加された。
「ででん」こと張との関係は公に露見しているからか、ダイレクトメール等を利用して遣り取りしているのだろう。
証拠隠滅の後残った範囲は、彼女とミズノの遣り取り。一見するとミズノに乗り換えた様にも見えるが、二人が前々からの付き合いで、ミズノが張と有夏の関係に踏み込むつもりはない事もノートを通して知っている。
そして有夏は鍵を長らく掛けていたC0アカウントの鍵を開けっ放しにしている様だった。
彼女が鍵を開けている間に見たミズノの方はミズノの方で、日常やゲーム含めた絵アカウントの中で「今年でもう30代になる~」と呟いていたりきょうだいの事を上げたり、更によく見ると彼女の絵柄は以前から変わっている。新しくしていないのか其れ以前に描いた絵は上げっぱなしなのだろう。もっと過去を辿ってみたいが、優先順位はあくまでも有夏だ。
有夏との遣り取りでも書かれていたがどうやらPCや据え置き向けのバトロワ系のゲームで有夏を含めた幾人かと遊んでいる様だ。絵以上のスクリーンショットも多数上げられている。
…またこれも遣り取り内に出ていた事からだが、5年程前から新しいアカウントを作る建てる作成すると言っていたとノートに書いてあった事を覚えているが、未だに行動には至っていないらしい。
…取り敢えず些細な情報や彼女達の近況も、本質の分析の元にはなるだろう。
少しでも充分な程情報は得られた。更新されてゆく彼女達を知る事が出来る。敵を知り、多少でも本質を見詰め、理解してみようと思った。
そしてあの人を死なせた彼女達が死ぬ時に、其の中で多くを嘯いた有夏が死ぬ時、自分が其の前に立っている事を願って馳せる。
赤子絡みの身の潔白の証明のつもりなのか他に何らかの意図があってかもしれないだろうが、鍵を開けっ放しにした有夏には感謝せざるを得ない。
一旦切り上げてから再び彼女のアカウントを外部から見た時、また一つ新しい呟きが増えていた。猫のトピックに関するものらしい。
ーーもう5年近くになるかもしれない、其のアカウントの彼女は未だに健在で、彼女があれ程自称して更に余命宣告されたんだとまで言っていた難病とやらが影すら出さなくなってはしゃぎ倒す彼女の様子に、信じられない奇跡は本当に起きてしまったのだと再認識する。
そして其の結果、彼女は妙な力、女の園の様な互助、ででんやミズノ、餡との甘い密の様な関係を引き、元から備わっていたのかもしれないカリスマを振るって世界の改革に踏み出した。
新たな世界の代表者を自負し、
心霊療法が如く奇妙な力で流行り病を次々と癒し、
己の理論こそ正しく自分と仲間が創り上げた少女達は絶対と布教し始め、
少女の内ソフィアという少女を崇めよと、
そして彼女の物語は美しい神話だと流布し、
武力を以て、
言葉巧みに信者を増やして。
私難病だけど、がよく出ていて自称の多かった彼女は最早過去の中のお嬢様。
今、世の中に居る「嵩村侑夏」という女性は「次代の偉大な女神シーフォーン」となった、一斉を風靡する運命の女だ。世界中に喧嘩を売って世界を自分達のものにする事を掲げる。




