ーMors de infansー
「……様、今日も美しかったわね!」
沙和はマスクを身に着け、買い出しに外へ出た。外ではマスクを身に着けない「女神の信者」達が有夏達の事を話して賑わっていた。
其れも或る意味当然なのかもしれない。何せ信者達からしたら、有夏ーー改め、「女神シーフォーン」は命を脅かす恐ろしい感染症から命を救ってくれる存在。
女神の奇跡とかいう魔法めいた奇妙な力で、患者の病を取り払い、更にもうマスクなんて要らないですよ!とまるで爽やかな夏の女優の如く言い放ったのだ。
ーーそんな有夏が、何時の間にか赤子を産み、母親になっていた。
「赤ちゃんいるので浮上率低くなります」と彼女がSNS、そして汐屋という名義で活動しているアカウントで宣言して間も無く、世間は狂喜的な祝福と賛美、そして極僅かだが、彼女に纏わる良からぬ噂が立っていた。
「…が、どうやら気に入らない他人を鬱に追い込んだらしい」
「私は不妊にまでって聞いたわよ?」
「現に、赤ん坊を産んでおきながら母親としての矜持を忘れたのか汐屋って名義の方でかなり活動しているらしいんだ」
「えーっ…それって育児放棄じゃない?」
横切った夫婦らしき男女が彼女について話していた。
マスクをしていない辺り、一応は彼女の信者なのだろう。
(信者である筈なのに、どうして彼女の良くない噂を話すのだろうか…)
沙和は少しばかり違和感を覚えたが、外は長居するべきではない。なるべく早く店へ向かった。
ーー沙和は、調べもの序でに彼女のアカウントを見に行った。
確かに、ゲーム内の汐屋アカウントは稼働中であり、数時間前に確認した時からかれこれ3時間以上は経過しているにも関わらずログイン状態は「1時間以内」と表示されたままだった。
(汐屋、ユーザIDは65403403、一言は「赤ちゃんいるので浮上率低いです」……か…1時間前と1時間以内の表示を何度も繰り返しているみたいだからずっと張り付いているんだな彼女…)
表向きもそうでない方も、両方共彼にとっては重要な情報だった。どんなに小さくても、記録するには最も価値がある。
此処最近どうもこの汐屋の名義のアカウントが、シヨーー改めC0と大分前に作り直したアカウントと同じく活動的らしい。
そして其れに合わせて記録する為に沙和は小さめの手帳を取り出し、事細やかに記録していった。
沙和はC0の方のアカウントも、前のシヨの方のアカウントも、一応仮設したアカウントでフォローしている。ただ時間を割けない事が多いので二見や其の友人が手を回してくれている。
…と、店内に居ても彼女の噂話をする者が多い。帰り際と思わしき学生ですら、「シーフォーン様って美人だし正直羨ましい~、あとあんなに綺麗なのに赤ちゃんがいるんでしょ?聖母様みたい~」などとうっとりと恍惚しながら話している。
(まるで殆どの人間が彼女に洗脳されているみたいだ。気味が悪い)
沙和は毒吐きながら会計を済ませ、帰路に着く事にした。
ーー世間はシーフォーン率いる革命の女達の事ででもちきりになっている。
彼女達を、彼女を賛美する声が明らかに多いが、小さく、小さく良くない噂も黒点の様に浮かび上がっていた。
世界は彼女達という存在、言葉によって都合良く弄ばれ、操られている様に思えてしまう程。
シーフォーンへの賛美、
シーフォーンへの恍惚、
有夏への賞賛、
有夏への祝福、
"彼女"へ向けられている疑念、
"彼女"へ対する呆れ。
……まるで、シーフォーンという存在が、世界の主軸其のものにでもなった様な錯覚。
事実なのだろうが、過激の一途を辿り始めかけていた。
ーーきっと、真夏日の暑さが原因では無い。
沙和は喧騒を乗り切るべく、イヤホンを繋げ音楽を聴きながら帰路に着く。
暑さに曝され、只今は家に帰りたい、と彼は歩く。
暑さが彼から視野を奪ったのか、彼が通り行く道にある大型モニター、家電量販店のウインドウに並べられたテレビに映し出される「某日未明、今年春頃お生まれになったシーフォーン様のお子様が夭折されました」の字幕にも、ナレーターの哀悼を抑えつつも淡々とした台詞にも、彼は見向きもしなかった。




