ーOrigin vindictaeー
ーーテレビから流れた、とある女性の声明に沙和は青褪める。
応じぬなら武力を、武力を以て応えるならば其れ以上の応酬を。端的に纏めれば彼女の言う事はそういう事だった。
…応えても彼女にいい様に「洗脳」されるだろう。メディアに映された、まるで狂信的に彼女を拝み其の白く細い滑らかな手に深く縋り付きたがる者達が見えたから。
そしてメディアの中心に映る女性が、嵩町有夏であると沙和は確信した。
此の事態になる前から見ていたSNSでの彼女の、謙遜の裏に隠された威圧的な振る舞い、言葉、何より遺された"彼"のノートの記録の記述の通りの容姿だったのだ。
そして其の後ろに控えている数人のーー彼女と同じ装飾具を身に着けている女性が何人か其処に居た。彼女の後ろで並んで立っていた三人の内、かなり年若そうな人物は恐らくででんだろうか。確かに、大陸の異人っぽく見える。
其の隣は餡、ミズノ、両側を取り囲んでいるのは……クロやぺーげさんといった面々だろうか。
ーー其の「嵩町有夏」が、「新たな世界の主」を自称し親しい間柄の人間と言葉巧みに洗脳した人間達を率いて、世界に宣戦布告をした。単なる一級、或いは上級市民でしかないが麗しい立ち振る舞いの令嬢の凛とし厳かにして悲壮な決意の言葉の数々は国のお偉いさん方を酷く動揺させ、映像の全てを支配した彼女の姿は多くの者の目に如何見えただろうか。
『此の病んだ世界に私が終止符を打ちます!!…私が、私達が、貴方方を救う存在となります!!!』
だから、全てを私達に委ねろと。
テレビの中の彼女は言い続ける。私を信じれば全て救われます、保障します、私を信じなさい、貴方達は私の言葉に従い、私の手により魂は救われる。此の聖女ジャンヌを、此の災女パンドラを、そしてでんちゃんが生み出した愛らしい天使であり星座の乙女ソフィアを愛しなさい信じなさい受け入れなさい私達の全てを全てを全てを!と。
私の言葉を聞きなさい、■■■■■は絶対のもの。
私の言葉を聞きなさい、私達が救うと。
私を信仰しなさい、彼女達を信仰しなさい、聖女ジャンヌを今よりもっと偉大なる者としなさい、災女パンドラを始まりの大いなる女と見做しなさい。
そして、私の愛するでんちゃんと、彼女の娘ーーあらゆるものから愛されるべきソフィアちゃんを、最も偉大な女神として信仰しなさい、と。
星の天使にして乙女ソフィアを主神とした統一宗教を。
私達を四体の女神と据え置いた統制のある世界と救済を。
テレビの中の有夏はだらだらと垂れ流し続けている。ーー詰まる所「妄言を現実にする」のだと。
…そして時折、彼女は愛おしそうにお腹を擦った。
まだ膨らみすら見えない、といった程度ではあったが、其の振る舞いが子を宿した女性にあるものであった為に彼女が「妊娠している」事まで伝わった。
そして慈母の様な眼差しから、蕩けた女の眼差しとなって宣言を清聴する者達を見詰めた。見渡す限り戸惑いと崇拝の色に染まる。
『…ですが、この子とは無関係』
有夏はぽつりと小さくそう呟いて、芝居がかった声音と決意の眼差しを世界へ向ける。
『これからの世界は私達が率います!!あなた方の苦しみを!!無念を!!苦悩を!!!!!私達に委ねなさい!』
慈しみ深い女神の様に彼女は微笑み、
先を切り開く為に武器を取った戦乙女の様に立つ。
人の地に再び降り立ったジャンヌ・ダルク。
全てを愛する聖母の如く。
ーー汚い、泥の様なヘドロと錆には目もくれず。
「……………………」
(こんな人間が、母親になる女性だと…)
テレビの中の女性は相変わらず思想を語り、要約して己の意に従え、といった内容を全世界へ語り続けている。
国民の非難と怒号は無視し、世界の言葉も彼女は挑発的に立つ。
『…ああもううるさいな!!』
瞬間、有夏の口から信じられない言葉が出た。革命を宣言し、世界の主となる事を自称しておきながらまるで我儘な子供の様な発言をしたのである。
そして更に恐ろしいのは彼女がそう言った瞬間、彼女を狂信する人間達が非難する人間達を傷付けたり殺しし始めた。
ある者は深手を負い、またある者は見せしめに殺された。
世界的な病に苛まれる鬱屈した環境の中、死を恐れて其れ等を少しでも避けようと懸命に生きている者の目の前で行われた行為。
突然の光景に生き残った者は恐れたり叫び、発狂、悲鳴、怒り、涙…………
動揺と崇拝の空気は世間の様にどっと色を変えた。そして彼女の静粛にしなさい!!という叫びが最も大きく響きわたった頃には、すっかり静かになっていた。
『…私達に従い、信仰するなら保障はしましょう。必ず』
有夏の甘い言葉が「人」を誘った。
ーーテレビの光景を一通り見届けた彼は気分が悪い、と、テレビの電源を落とした。其の様子を見ている"誰か"の存在には気付かずに。




