ーSequi-usque ad mortemー
血の海の中に、レクサプロ、デパス、スルピリド、トラゾドン、ソラナックス等の鬱病への処方薬が沢山散らばっている。沙和のものだろうが、恐らくこんな大量の処方薬、全てでは無いだろう。
亡くなった"彼"が生前処方されていたものだった筈。
「……!!沙和…!!!!」いとこである男が血で汚れてゆくのも構わずに、其の身体を抱き上げ救急要請をした。
「………左腕の損傷が………ですので…には…………」
低い声が遠くから、次第に近く聞こえてくる。
「……部の損傷も酷くて………針も……………………」
無機物の音。
有機的な息。
沙和が自殺をした。
…とは言え"彼"とは違い死ぬ事は叶わなかった。身体の彼方此方に大きな傷を複数残して、多くの血を失くして、引く程白い寝台の上で横たえられていた。
「ああ…」
沙和はまた、心を傷付けてしまった。彼女の振る舞い、発言、其の全てに何かとこじんを結び付けて、勝手だと自覚はしているが死に追いやった者への感情で傷付き、悲嘆し、そして次第に感情を失くしてゆく。
(後を…追えなかった…寂しく…してないかな…………)
曖昧な視界で白い天井を捉えながら、沙和は虚しく心を紡いだ。
沙和が自殺した。然し未遂になってしまった。
……後日、そんな事情を繋がりを経て何処かから聞いても肝心の彼女は構わずにこれからも今まで以上にやってくね!!と主張し、『私は解釈違いだと思った人とはお互いの為に適度な距離を取るので私を追っかけてまで解釈違いです創作やめてください♯♯って言うのはほんと勘弁してほしいし数年間ずっとで今後もそうならもうこれは私の事好きなんだなとそういう解釈しますね』『ブロックしても新垢作って突撃してくるので多分私の事好きなんだと思います.................違います..............................................................................』と戯れを交えながら既に遠くなっている亡き故人への罵倒も含ませた、SNS上の敵達への挑発を止めなかった。
…それにしても、そのSNS上かはさておきで、解釈違いとやらで別に敵を作ってしまっているとは思いもよらなかったものである。
ーー……………………。
「…まあ、本当にその…ででんとかって奴も含めて好きだから個人的な事を突き止めもするし、許せない気持ちの半分優れた人物として評価もするし支持もする。歪んじゃいるけど推してるんじゃないのかな」
『まあそうだったよね。僕も。そんな感じだったよ。でも認められる事は無いどころか拒絶されて無視されて、此の世にまるで僕が存在していない、存在しちゃいけないみたいに扱われていたし、何かと苦しいからさ』
「…そっちと違って、あっちは好意よりはそっちの喪失と其れでも見せ付けてくる有りの侭の彼女の功績や評価に当てられて容認と苦悩で苦しんでるんだろうけど」
或る一人の言葉に、片割れははっとした振る舞いと共に続きを吐いた。
『…そうだろうね。僕の所為で。済まない事をしてしまった。例え只の無意味。彼女達はより隆盛する。ででんに至っては仕事取ってるし、彼女の植物の挿絵は本になる。ソフィアも、ほら、彼女と親しいLEONさんって人が公式とちゃんと解釈云々で■■■■■だって、つまり彼女の其れが本物であり正しく、僕達や他の人の其れは駄目って事だったんだよ、最初から。RTしてるでしょその人の発言を』
片割れは途中から何か不明瞭な言葉を吐き出し始めていた。
「…………。」
『あはは、あはは。僕達のやっていた事は駄目だったんだ。許されなかったんだ。いけなかったんだ。絵を描く事も、彼女みたいに何かを創作する事も。其処では許されなかったんだ。何だったんだろう。今まで。拒絶された時に僕が創っていたものは壊したよ。此方で創り出した人物だって皆殺した。彼女は、殺さずにソフィアを生かしちゃいるし、語りの範疇で、稀にだけど未だにソフィアと其れを夢見てる。向こうにまだ、留まっているけど』
青年の言葉は、まるで虚空の誰かへ向けられているかの様に語られ続ける。最早目の前の黒い青年へ、では無い。
『確かに汚くて下らなくて下手だったよね。努力していたよ。あれでも。でも下手だから目の前で貶されたりしちゃったんだっけ。あ、いやででんからじゃないけど。有夏が、そう。りんって人が気付いて、気付いて、気分を悪くしたらしくて有夏が反応して見える所で悪く言ってたなあははは』
言って次第に悲しくなってきたのか、ぼたぼたと落とした涙が消えてゆく。不安定な情緒が、彼の姿にノイズを走らせる。
『僕は彼女達との事で筆を折ったしもう描けない。あろう事かそれだけじゃなくて存在や努力も否定されてしまった。拒絶されてしまった。だけど僕がそう苦しんだ一方でででんや有夏はより頭目を表して有名になってるだろ、好きを仕事に、好きを金にし始めた。僕がやりたかった、叶えたかった事を、僕を消して叶えただろ』
震えた声の温度は次第に冷めてゆきーー
『僕は辞めたよ。全部無しにした。彼女が怖い。ーーででん、有夏、僕は貴女達が怖い』
「…残滓。最後の言葉はグレートヒェンを彷彿させるじゃないか。君、立場的にメフィストだろ」
座る黒い姿が片割れの絶望へ、緩和を狙って言葉を差し込む。恐らく両者のみにしか分からないであろう茶々は、全く以って無意味だった様だが…
最早苦しんだ片割れの形は保たれていなかった。今にも、崩れて消滅しそうな程に。
「…………。」
黒い青年は暫し沈黙し、そして形を崩し掛ける青年へ語る。
「"君"の中にまだ怨嗟は残されているか。もしそうなら、君はずっと未来の彼女達に仇を成せる筈さ。沙和を復讐者にしなさい。未来では、ででんも有夏も"女神"として尊ばれている筈だから」
『………"女神"……………………』
可能性の因果が交差した時ーー
立ち上がった黒い青年の言葉を受けて、崩れ掛けた者は再び形を取り戻した。




