ーPuella movet etiamー
そひて沙和は有夏の他にも、身内を死に追いやったもう一人の元凶だろうと睨んでいる相手を見ている。
ーー…………張だ。
沙和は彼女の本名を知らなかったし、"彼"の遺した遺品のノートにも記載が無かったので知る筈が無いのも当然だった。
『den……den…でん、でん?』
この時沙和は眼鏡を掛けていなかった所為もあって彼女の名義を「でんでん」と読み間違えてしまったらしいが、取り敢えず件の人物だと認識出来るなら其処ら辺は気にしていなかった。
…と言うより、間違ったまま覚えてしまったのかもしれない。
「ここ最近見ていたもので…目に見えて新しいのは…………9月9日か…後は…」
沙和は彼女のアカウントで呟かれたものを一つ一つ丁寧に拾い、記録してゆく。まるで埋め合わせるかの様に。
「『髪加筆した...』なるほど…この女の子が…あの人のノートに書かれて…ソフィアちゃん…………キャラ……、…」
「絵柄に一目惚れして…ね…………、………先生にGIFをお願いしました....!!あまりにも動きが可愛くて自然と悲鳴が出たし感想を書いている時もずっと見ちゃうからいつまでも文章が完成しない...ほんと可愛い.......ありがとうございました><…………と」
「依頼品?そういうのも描いてるんだ。へぇ」
そう言いながら、彼のペンを走らせる手は止まらない。
「…!!あ、このキャラって…」
ふと、『流血注意』と一言だけ描かれただけの、何のクッションも敷いていない一枚のラフを見て沙和は思い出す。
(推していたなあそう言えば)
何か其の薄暗い過去に、其処まででは無かったのだろうにせよ何処か共感するものがあってーー
だからなのか、無意識の内に沙和は泣いていた。もう二度と帰ってこない存在の事も、そう仕向けた張本人も。
張本人の奴は、同じものを好んでいた事、たった其れだけの理由かどうか、許せんとばかりに追い詰める様な振る舞いを続けて、心の弱い者を容赦無く突き殺した様なものだった、と。
「うーん…『腱鞘炎とレポートで絵が描けないからって過去絵で凌ごうとするな』と呟かれていてもね。その後の呟きに絵描いてるし完成させてるじゃん、描けてるじゃないか充分」
そして投稿時間を見れば流血注意のものは12時間前、腱鞘炎の事は4時間前、二人に拡散され五人が良いねと評価した『■■君顔良……』も4時間前、そして新しいものと思われる呟きは9月20日の午前0時21分のもので、ツリー形式で分けていた。
『■■■■■君…………続→』と書かれていた呟きには三枚の絵、沙和も一応知っているものだ。二枚目は表情の差分らしい。
そして続きが『差分(ちょっと注意)と線画 私影(特に身体)の塗りがとても苦手なので是非塗って下さい…そして是非見せて下さ………』と書かれていた。
塗りが苦手だから塗って見せて下さい?
下手に出ているけれど、烏滸がましさを感じるな、と沙和は心の中で苦々しく彼女の振る舞いを見た。
其の発言の全ても、
行動も、
全部。
ーー一通り最新分まで見た後は、今度は投稿サイトの方へ飛ぶ。
投稿サイトの方は引き継ぐ形でアカウントを持っていたし、例え拒絶されようとも投稿された時間や諸々ははっきり言って丸見えだった。
「これも9月20日投稿で時間はあっちの方が早かったみたい。12時35分。タイトルは『■周年おめでとう』でキャプションは『これからもずっと推してくよ』か………独占したいが為に精神的に追い詰めて人を死なせたのにね、この人も」
『これからもずっと推してくよ』
其れはまるで、お姫様に甘い囁きをする王子の様に、或いは舞台の上の偶像への賛美歌の様に、いや…
まるで愛する彼氏に対してふわりと寄り添う彼女の可愛らしい蜜言の様に、彼女の渾身の、愛に燃え身体を疼かせ続ける性と欲の昇華の如き甘美な愛の言葉の様だった。
とは言え沙和も、まだ普通の人間。この事ばかりは失ったものの心苦しさの方が勝る。だから彼女の作品は自らミュートしていた。
だが、ミュートしていると却って「其れが彼女の作品」であると直ぐ分かってしまい、其の心に喪失感を一瞬で蘇らせてくる彼女の存在や其の作品に殺されてゆく。
其れを沙和は、いつの間にか「彼女が活動している目印」だと認識を変えてゆき、更には生前"彼"が使っていたアプリケーションを通して彼女の作品を見つけたり、もしアカウントが変わっても突き止められる様にまでは特定する能力も備わってきていた。
其の上、此の「張」という人物は己の存在をあらゆる場面に主張し、発するのが好きらしい。だからこそ鍵を掛けて自ら地雷を踏み抜いたり嫌がられる事も、憎まれる事も平気でする様だった。
…心の強さ故の産物なら、其れだけが正しい訳じゃない事を、彼女は知らない。
…………ゆっくりと心を死なせてゆく沙和の行動に、いとこも、二見も、止められなかった。
やがて喪失は憎悪へ変わってゆく。




