ーSubita morteー
紫煙が其の部屋の空気と、あの人の身体を包んだ。
ーー某年初夏頃 或る者の終わった憧憬。
あまりにも突然過ぎた、身近な人の死。
夏に迫って暑くなってゆく環境の中で、明るい太陽が見せた陽炎の中で、たった独りだけ置いてけぼりにされたかの様に漠然とした。
もしかしたら、頭を強く打たれてしまって、何もかもが認識不明瞭になってしまったかの様な、そんな感覚だった。
訃報は突然だった。
独り立ちを喜んでくれた人の、臨終が、白衣の集団から告げられて。
酷い実親の虐待から救ってくれた人の死が、浮世離れしている様に思えて。
どうせ勘違いしているだけだと、叫ぶ壮年の男性も、部屋を出て行ってしまった中年の女性も、きっと似てるだけで別の人。
そう信じたかった。
そうーー
「な……んで……………………」
口を突いて出たのはたったその一言だけだった。ぼくは、どうすれば良いのか混乱していて、上手く飲み込めなくて、
「沙和」
傍に立っていた、従兄弟が呼ぶ。
「…大丈夫ですか」
何時に無く低かった彼の声が、落胆の所為なのか。重かった。
ーー少し遡らせて欲しい。此れよりも以前の頃だった。
『自分が生きていちゃ駄目なんだ。彼女達は僕が生きている事を許してはくれない』
なんて、とても暗い言葉を聞かされた。普通になりたくてもなれなかった事と、集団からの虐めと、ぼくと同じ実親(母親)からの虐待を受けていたあの人は、成長に伴って思い悩み苦しむ事が多かった。
対人への恐怖も強かった。なのに、寂しくて、同好を求めた。
でも下手だった。其れでもあの人は向き合った。あの人なりの遣り方だったから、良いとは言えなかったかもしれない。
其れをあの人は愚かだ、馬鹿だ、と自分を罵った。
どうして?と聞いても、殆どの事を噤んだ。
でも、諦めず問い質したら、根負けして聞く事が出来た。
シヨさんと、ででんさんという人、りりんという人、餡という人。其の人から人格も努力も苦しみも存在も、何もかも全否定されたのだと言う。
シヨさんとりりんさんが、見える所で…いや、見せ付ける様にあの人の事を否定的に話していたそうだった。其れも、楽しそうに団結して。
……其の後彼女達との件であの人はもっと塞ぎ込む様になってしまった。
でも、あまりにも唐突だった。
ででんさんという人から受けた仕打ちが決定打になったのか、それともシヨさんとやらが絡んでいるのか、彼女達の事を苦にして、あの人は自殺してしまった。
恨み言と、贖罪と、己への呪いを込めた言葉を書き残して。
あの人は、死んでしまった。
ーー外に出て、従兄弟と一緒に冷たい飲み物を飲む。
「……好きじゃなければ、私のと交換しましょうか」
従兄弟の少しズレた優しさが軽い呆れを生んだが、あっさりと潰えてしまう。こんな遣り取りにさえあの人との日々を思い出してしまう。
昔みたいに、自分と、従兄弟、あの人と三人で囲んで飲んだジュース。
夏日の近付いた、初夏の昼下がり。
かたや田舎の出来事だけれど、過ぎ去ってしまった思い出。
「…いや、いいよ。これにする」
カシュッと栓を開けて、ぐっと飲み干した。冷たさが喉を通って下ってゆく。
ぬるりとした汗が一筋だけ滴り落ちた。
「最近は夏みたいに暑くなりましたよね」
5月の昼下がりですら、夏日と変わらない、と疲れた声に変えて言った。
「……………………。」
だけどぼくは、従兄弟の其の言葉にすら何も返せない。
「……………………。」
従兄弟もまた、ぼくと同じ様に沈黙した。
「………!!………、…………」
「!!」看護婦から呼び出されたらしい。従兄弟が「戻ろう」と言って、其の場から院内へ進んでゆく。ぼくは暫くぼんやり俯いてから、もう一度、あの人の横たわる病室へ戻っていった。




