ーPraebebit spem fallacem et mortisー
ーー……と、問われて夢の中の令嬢。
「そりゃ死にたくないでしょ!!何言ってんの愚かなのはそっちでしょ!!!」
いともあっさりと答えを出す。
『…………其処まであっさりと言われればなあ。もう少し考えて欲しいものだよ』青年は拍子抜けした声で返した。
「なーに言ってるんです!!生きる事は楽しい、生きるのは素晴らしい、嫌な事辛い事沢山ありますけれど周りの皆が居るし世界なんて捨てたもんじゃ無いんですよ」
嗚呼生きるって素晴らしい、此れまたよくある「人間」の業らしいなと彼は思った。
『生命賛歌は止し給えよ、反吐が出る。其れは君が生まれながらに恵まれているから言えるのであってね』
「皆が皆とはそりゃ思っちゃいません。ですが私はそうなので」
『…………。まあそこら辺の認識はあるみたいだね。でも履き違えていないか?君の瞳は目映さで曇っているんじゃ無いのか?口先だけで、本能では生きる事が素晴らしいのは世の中全体だとでも錯覚してるんじゃ無いのかな?君自身が甘過ぎる難易度の中で生きているから』
「だったら、此の病は何だって言うんですか。私が恵まれているというのならどうしてこんな病気にならなきゃいけないんですかね」
彼女は強めの声音で青年を問うた。
『あーあ、君みたいなタイプはそういう話になると面倒臭くなるから他当たってくれないかな。そういうのは専門の人居るだろ』
青年は心底面倒そうに応対し、
『でもね、君が其の中々厳しい病を得てるのは所謂「平等」の概念みたいなものなんだよ、一応』
『世の中には苦しんでる者の方が全体的に多い。君はそんな中で優れて勝ってしまった。そういう立場だ。其の時点でも生涯掛けて本当の苦労はしないだろう。だから君には釣り合いを取らせるべくして治せない病と余命の宣告があったんだよ』
『君は君の立場を当たり前だと思ってるが、君がそうやって生きてこれているのは紛れも無く君より格下の奴の苦労や苦しみがあってこそだ。君の代わりに苦しめられている者が沢山居るだろうよ。人の幸せを吸い取って自分のものにして、代わりに自分が受ける不幸等を相手に流す。君がずーっとやってきた事は其れだ。其の病以外はそのお陰で君は幸せにやっていたんだ、…君は搾取者なんだよ』
『まあ案外君が君として生まれる際に神様に「次生まれる時は幸せになりたい〜!!」なんて吐かして、「叶えてやっても良いが其の代わり長く生きられないし良い事しても徳なんて詰めねえぞ」って言われて受け入れてしまったからかもしれないけどもね』
青年は彼女の肩に手を置いて笑う。
「…………………………。」
そして青年の手が大きく払われて。
「ふざけないで!!!何で貴方にそんな事を言われなきゃならないんですか!!!私は私の不幸で苦しいの!!!私が不幸だと思ってるんだから勝ち組な訳無いでしょっ!!!!!私は不幸ですっ!!!!!!!」
わなわなと彼女は震えていた。叫びにも震えが混じる。
『ほう。君は自分が一番不幸だと言うのか』青年はおっとでも言いたげに彼女を見下す。
「決め付けないで!!私より不幸な人はごまんと居るんでしょ!?」彼女は対抗する様に吐き捨てた。
『うんうん。でも君の言い方じゃまるでそうは思えないなあ』
青年は朗らかに彼女にそう言い、ふわりふわりと周りを飛んでいる。
『じゃあ、君の事を少々振り返ろうよ』
青年がぱあっと手を広げた瞬間、走馬灯の様に映し出されてゆく光景達はーー
ーー"■■■■ちゃんは〜………だから!!……〜なんです!!!!!!!!!!"
"■■■■■は神話"
"私、余命宣告されたんですよ"
"私送迎は■ム………なんですけど〜…………………"
"この■■ムに私のご先■■が〜"
"で■ち■■ピア……くのも〜………■よね"
"創作■■〜………、■■■が………、〜、………"
何と、殆どがSNSの光景ばかりであった。
『…にしても君ってSNSばっかじゃない?大丈夫?病気ヤバいんでしょ?朝から深夜まで張り付き過ぎじゃない?』
青年の言う通りだ。熱を出したりする事が多いにも関わらず常に居座り、しかも自分の些細な個人情報を世界中に発信してしまっているのである。
『しかも、しかもさ。元号が変わってからも治療とは言ってるけど殆どピンピンしてるのに近い訳だし改元後の6月頃になーに創作ナントカの話なんてしに夜頃浮上してるのさ』
そんなんだと少ない寿命更に縮んで此の後直ぐ死ぬよ?等と言われてしまう。
『まあ君がそうやって出て来たって事は好きな版権の周年記念でふっかーつ!!なんて吐かして遊ぶ為だったんだろ?何か察したよ』
「悪いんですか?そういう事が」打って変わって更に強気な彼女を横目に、青年はまあ僕も其の版権知ってたしね、と小さく笑いながら呟いていた。
『…という事で、うん、君の事は振り返って分かったよ。自分自身の事を一番にって思想の割には他者との、特に自分が好きな奴との繋がりを優先し過ぎていて馬鹿みたいに顧みないね』
『だからかな、君が人を殺したのは』
青年の此の言葉に、彼女は静かに逆上した。
「…私が人殺し、ですって?直接手を下していないんですから、私が裁かれる立場な訳はありません。何を根拠に」
『へーえ、自分は悪くない。そう言うんだ?「判明してしまえば自分が不利になる様な不正」を行って相手を脅してまで、ねえ?』
「っーー!!!!!」有夏は青年の返した言葉に大きく目を見開いた。何故其の事を知っているのか、自分と、其の相手しか知らない事を。
『言っておくが此の時点で僕は何でもお見通しな存在だからさ』彼女の考えを読み取ったかの様に青年は彼女へ向けた。そして改めて、彼は言う。
『君に機会を与えよう。恵まれた女神、有夏。ーー此の儘病に絶命して祝福と共に真実の青を得るか、其れとも己の全てを優先して他者より命と幸を奪い続け君の為に死んだ他者の屍と血で染まった殉教の赤を纏うか!!此れは運命!!よって選択は君にしか存在しない!!』
外套の青年は大きく手を広げて、有夏に二択を強要する。
「運…命……」へたりと座り込み、呆然とする。
彼女の瞳には魅惑的な道が二つ見えている様であった。
『選択肢は二つと無い!!全ては二極で出来ている。第三の道は作れないよ!!!!!』仰々しく青年は語る。
そして青年は身を振って二つの道を説明する。
『ーー…死の与える真実の青を選べば君は人として死ぬが、死後は安寧だ』
そして大きく広げて語る。
『…だが君が他者の血による殉教の赤を選べば、君の病は治るよ!!ーーそして君は、完全に恵まれた者になれる!!!』
「!!!!!!!!!!」彼女の瞳が希望で爛々と輝いた。
『ーーだけど安いものじゃない。絶対的にして強大な力、不幸享受の代替行為、赤色は君の為に死んでゆく者の色。君に殺された不幸な人達の…君へ向けられた苦悩と怨嗟によるものだ』
「でも、この病気が………治る……………」
『治るさ。其の病が治るのに必要な分の人の命を、成立した時点で吸い尽くすのだからね。でも治れば君は体重増やせてお医者様から怒られもしなくなる。お父さん達は喜ぶだろうね。好きな事、もっと出来るよ』
「死ぬのは嫌だ……死にたくない………生きたい………………………………」
有夏はすうっと手を伸ばす。
『そうだ、だから選べ。全ての者よりも最も安らかな死後か、世界に恨まれ神様を裏切って得る自分本位の幸福か』
二つの光を携えて青年は両手を伸ばし、彼女へ向けている。
然し、最早既に答えなど出ていた。
生きる事に執着し、抱えた病を治す為に治療と手術に専念し、恵まれた環境だから許される立場を大いに利用してまで愛され続ける女神の様な彼女の選択する道など。
「病気が治るなら、生きられるなら、代償なんかじゃ、無い……!」
彼女が彼の手を握った。
そうして、嵩町有夏は、他者の殉教に染まった赤を取った。




