ーOdium prius viderat in somnioー
寝台に沈む彼女の夢に、暗い影が一つ。じわりじわりと迫り喉元に喰らい付きそうな誰かの胸中の怨嗟。
「ーー………あーー」
彼女は思わず、ぽつりと声を発する。
ーー何も無い。
喩えるならば虚無とでも呼ぶべきの暗い空間だろうか。
自分の為に光の一筋すら差し込まないと言うのに、目の前に、明瞭な程ハッキリと映った人物が現れている。
「だ……れですか、貴方………は!?」患者衣を着た儘の彼女の目の前に突如現れた人物は、夜の帳の様に黒い外套を深く身に纏い、薄っすらと覗かせる口元を微笑ませている。
僅かに見えた髪は、夜闇の様に黒かった。
『どうも。ある意味初顔合わせになるね、嵩町有夏』
驚く程通った声。程々に低い声は青年のものだと分かった。
嵩町有夏、と彼女の名を呼んでいる。
「………っ!!!!!!!!!!」有夏は両手で己の口を隠した。本名なんて喋っていないーー。見知らぬ筈の目の前の人物が自分の名前を知っている筈が、無いのだから。
『…………。嗚呼、まあ、面倒だな。もうちゃっちゃと話を進めてしまおうか。君は死にたくないの?』
「っ当然です!!死にたくありません!!!!!」
はっーーと再び口を隠した。反射的に返してしまった。
迂闊だ、と己を自制しようとする。
『ふうん。…確か、「寿命は1000年欲しい」…だったっけ』
黒衣の外套の青年はさらりと打ち明けた。
『えーっと、君の名前は嵩町有夏で、在住は某■某市■■町……あっ君ちょっと変わってるんだな、其の名前とかさ、よく見ると。「高町」じゃ無いとかね』
淡々と話す青年は、彼女にとって改めて不気味に見えた。
『好きなものは沢山あって、特にとある版権の■■■■ってキャラクターと■■■■ってキャラクターが一番好きなんだね。あと其の版権繋がりで親しくなった異人の血を引いてる年下の子の■■■■■って二次創作を崇めたり…?してる過激派とやらで其の子とはリアルでもお付き合いあるんだ。ふうん。……中々厳しい病を得ていて、現在治療専念中……………か。あと多才能で裕福なんだね。完全に勝ち組じゃん』
あろう事か外套の青年は有夏の来歴等を知り尽くしているらしく、ペラペラと語ってしまう。……死神なのか?彼女の心に大きな不安と僅かな好奇心が募る。
「貴方は…誰なんですか………」恐る恐る…令嬢の如き振る舞いを以て青年を質す。
『嗚呼良いよ態々、か弱いのに芯のある強いお嬢様っぽく振る舞わなくたって。此処に居るのは僕と君だけだぞ』
「そんなつもりありません…!!棘のある言い方はお止め下さい!!!」
『棘があるってwふははっ、別に僕は君の中にある"君の本質"を見て正直に言っただけじゃないか!!』
青年は大いに笑って彼女へ返す。
「兎に角貴方は何者なんですか?死神!?そんな奴なんか私が徹底的にボコって追い出してやりますからね!!!」
『早合点しないでよ。誰が「死神」なんて言ったんだ?君が決め付けただけだろう?』
指摘を受けて、病床より治療専念中の令嬢。
「う、っ…ーー」
其の通りの事を言われて口を噤む。
『まあまあ良いさ良いさ、突然こんな所に連れて来られて警戒するのは当然だろうし、ね、人間』
次に有夏が気付いた時には、既に青年は彼女の傍をふわりと浮いていた。
そして青年は問う。
『ーー生に執着する愚かな君に訊ねよう。死より遥かに苦しく生きたいか』…と。




