ーBonus:sanctorum tuorum fabula deaー
ーーベルトニウム第一陣が収束して三日程過ぎた頃、第二陣実行の日取りを決める為の話し合いに参加した有夏達は大体の段取りも終え、其々休息に入っていた。
「姉ちゃんまた■■やってるの〜?」
「復帰したから面白いのw」
割と有り触れた遣り取りを行っていたが、どうやら有夏は張の部屋にしょっちゅう入り浸る事が増えてしまったらしい。
「せめて自分の部屋でやったらどう?」
「えー、でいんちゃんひどーい、私の事が嫌いになったのか〜」
「そんなんじゃないよ、姉ちゃんの事は…」
「だったら私がでいんちゃんの部屋に居ても良いでしょ♡」
有夏はどうも張の部屋が大層気に入ってる上に、張や■■■■が居る事が何より幸せらしく、一分一秒でも近くに居たい様だった。
「あれ?姉ちゃん変わったね、■■。それって…姉ちゃんの好きな■■■■ちゃんシリーズの新しい……サルベーション・■■■■だっけ?」
張が顔を覗かせて有夏のスマートフォンを覗き見ると、確かに、有夏のゲームデータに変化があった。
「そう!遂に■■■■ちゃん最大にしたんだよw」
自信満々に彼女が見せたものは、聖女■■■■シリーズの最新である「救済の聖女」の最終の姿だった。
「48の高コストで実装されたのどうしても欲しくて買い集めたんだwメインにしたの♡やっぱり■■■■ちゃんは美しいよね〜」
ゲームの仕様上、メインにするとリーダーとしてそのキャラクターが出て来る様になっている。
「姉ちゃん…!!おめでとうっっ!!!」
「えっへへっwありがとっ♡」張は我が事の様に喜び、思わず有夏の小さな身体を抱き締めた。
有夏は特に嫌がる様子も無く嬉しそうに抱き締め返す。
然し張が改めて彼女のゲームデータを見ると、一言が
ウケる
に変わっている事に気付いて、改めて目の前の人物を問う。
「姉ちゃん…「ウケる」ってどゆこと?」
特に疑念的なもの、と言うよりは気になるから、的な意味合いが強かったが、有夏は其れを察した上でまるで誰かへ向けた嫌がらせの様に話し始める。
「うん、あのねwきっとでいんちゃんも知ってると思うんだけどさ、アイツw」
「…あー、アイツかw」張も其の相手が誰なのか察し、小馬鹿にした態度に変わって有夏の話を聞き始めた。
「アイツ、いや厳密に言ったら身内かしら。本っ当に馬鹿だと思うww代わりにやってたであろうアイツの所見ても馬鹿過ぎてwそれに何か不幸があったんだろうねwいい気味wwww」
有夏は相手の不幸を大いに喜び、其の感情を込めて「ウケる」と己の一言に書いたのだ。
「あっ、でもさwそいつももう死んでるし、姉ちゃんのベルトニウムでそいつの身内も家族も、みんなみんな死んでるんだよね?」
張の言葉に、有夏は更に嬉しそうに気分を高揚させた。
「そうそう!!怒りのベルちゃん塩寒天爆弾!!ことベルトニウムでアイツの身内や家族は全員死んだはず!!!だってアイツに関係ある奴なんかみーんな不幸になって、みーんな死んじゃった方が良いもの!!」
有夏は不気味に微笑む。
「アイツにはもっともっと不幸になってもらわなきゃ!!例え自殺してもそれだけじゃ甘いわ、死んでからももっと苦しまないといけないの!!「自分が自殺したせいで、自分の両親やきょうだいも死んでしまった」ってね!!!」
有夏はこれは天の罰、愚かな行為をした馬鹿に更なる鉄槌、天に代わり自分達が成し遂げた大義ある行為だと高く嗤った。
「姉ちゃんは本当に英断出来ちゃうよねぇ、姉ちゃんじゃなきゃ出来ないよ、流石」
張も有夏が神に愛され恵まれた天才であり、此の世たった一人の寵児だと讃えんばかりに彼女を褒めそやした。
誰もが寵児になれる世界で、貴女一人だけが至上の寵児だと。
「…ん?でいんちゃん、これ、本物の花?」
有夏はふと、窓辺にそっと飾られていた蒼い花に気付き、指を指す。
「あ。うん、■■■■ちゃんが綺麗なお花!って取ってきたから」
張は何気無く有夏の疑問に答え、執筆の為に卓へ戻ろうとすると、
ーーガシャァァァァンッ!!!!!
いきなり強い力で花瓶ごと払われ、床に落ちた其れは、見事な迄に割れて爆ぜた様に散らばる。
「っ姉ちゃん!!?」張が驚いて駆け寄る。
怪我は無いかと問う前に、有夏が床に落ちた蒼い花を足で強く踏みグシャグシャに踏み躙る。
「〜っ!!!こんなもの!!こんなものっっっ!!!!!」
まるで何かに取り憑かれたかの様に有夏は一心不乱に踏み躙り続け、蒼い花は飾られていた時の様な姿を失っていた。
…幸い有夏も張も靴を履いていた為、硝子片が刺さる事は無かったが、辺りに散らばっており、無惨な花の姿が映る。
「姉ちゃん…ごめん、ごめんね」
ハァ…ハァ……と肩で息をする有夏を見て、張は動揺しながらも床に散らばる硝子と花を片付けた。
「……………■■ちゃん、」
張はびくりと肩が跳ねた。其の名前を呼ぶ時は大体真面目な事ばかりであり、其の時の有夏はある意味恐ろしい存在になるからだ。
「は…な、なに?」
震えた声で有夏に応える張は、後ろから突き刺さる有夏の鋭い気に小刻みに身震いせざるを得なかった。
「……蒼い花なんて、私達には似合わない。赤い花を飾りましょ。燃え上がる私達の想いに勝る赤い花を」
どんよりとする迄も無いが、地の底から聞こえてくる様な、恐ろしく重い彼女の声に、張は震えが止まらなかった。
「う………うん、…そうだ、そうだね。ねねね姉ちゃん…の、ごめ、ごめんなさい。赤い花にしようね、赤い花」
ガチガチと歯が鳴る。全身が震えて目が潤む。下半身は震えに震えて、己の胎宮は何故か疼く。
「ーーうん。そうして欲しいな。ごめんねでいんちゃん、怖かったよね。それにこの部屋には合わない赤い花にしろなんて」
ぱっ、とまるで人格が変わる様に有夏は穏やかな態度に変わり、震える張を慰めた。
張の背に刺さっていた彼女の鋭さが消え、張の震えは止まったが、胎の仄かな疼きは収まっていなかった。
「んっ、いいの、いいんだよ姉ちゃん。それに赤い花って、何だか■■くんの色みたいだし、ね!!」
張は慌てて此の場に相応しい言葉を選び、順に述べてゆく。
「ーーありがと♡」
有夏はすっと身を振り直し、扉の方へ踵を返した。
「でいんちゃん怖がらせちゃったから、暫く自分の部屋に戻るね。執筆に影響出ちゃったら嫌だもん」
其の一言だけ告げた後、有夏は部屋を出て行ってしまった。
ーー張は暫く経って考える。
彼女のゲームデータに書かれた「ウケる」。
あれは、きっと嘲笑だけじゃない。
アイツを徹底的に貶め、苦しめる意図のある言葉だ。
侮蔑、
軽蔑、不幸、
彼を見下し、彼を詰り、彼を馬鹿にする。
自分の方が相変わらず恵まれており、
自分の方があらゆる意味で勝っている。
自分の方がお前なんかより優れている。
其れをたった其の一言で教えて「あげる」。
「あげている」。
きっと生まれながらに恵まれた家の出で、庶民的だけれども根は生粋のお嬢様である彼女だからこそ出来る所業。
自分より下等な存在を見下す事。
そうだと見做せば、徹底的に見下し、更に其の関係者に不幸が及ぶ様に手を加える。
生まれながらに備わった、「彼女」という存在が成せるもの。
そんな彼女の、アイツという既に世に居ない筈の一人に対して集中的に蔑んだ全てを、万感の思いの様に込めて、とことん凝縮して書いた言葉。
不幸や死を願う程の相手に対して、其の苦労も、努力も、苦悩も、無念も、全てを否定・拒絶し、蹴り飛ばす。
…もう、彼女はとっくの昔から、相手を更に貶める為に容赦も惜しまない。そして其の行為に喜びと快楽を見出してしまっていたのかもしれない。
故に、令嬢。嵩町有夏という女。
其れが「嵩町有夏」という或る女の、彼女が上品さよりも敢えて選んだものが「ウケる」というたったの一言だったのかもしれない。
己自身でありながら、敢えて剣と旗を掲げた、白百合を飾る救済の聖女の姿で。
ーー其れは、ベルトニウムが世界を壊し始めてから三日程後の、20■■年5月9日のとある昼下がりの事だった。
ーー更に三日程経過した後、20■■/05/12。の深夜1時頃。
「よっし、これなら……もう、いいかな?」
張は数日振りに端末に長く触れた。彼女が見詰めるのはある大型の投稿サイト。
「■■くんの絵を上げるの久し振りだな〜前のアカウントは消しちゃったからいくつかは前の方で上げたやつだけど…」
きゅーっと愛情で胸が締め付けられている様な甘く愛おしい感覚を感じながら、張は投稿ボタンを押した。
…どうやら彼女は新たに作り直して、また名義も以前と同じ読みこそすれど、綴りを変えた様だった。
単純に言えば、「ででん」が「deden」になっただけだが、まあいいや、と気楽に迂闊に彼女は振る舞う。
どうせ私や姉ちゃん達を傷付けた■は自殺して居ないし、アイツの身内だって、きっと、不幸になってるはず!!
くっ、ふふ。想像したら何だかいい気味過ぎてもっと不幸になれ!なれ!!って願えちゃう。
もっと苦しんでくれないかな…私達はとーっても苦しんだんだもの、そのずっとずっと倍は傷付いてもらわなきゃだし、倍苦しまなきゃいけないんだよ?あの人達には。
姉ちゃんが言った通り、アイツは死んでももっと不幸になるべきなの!!
ならなきゃ駄目。
死んだアイツをもっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと苦しめる為に、姉ちゃんは全力を注いでくれる。
だから私も全力でそうするし、木兪…じゃなくて、ミズノさんも餡さんも、その為なら本気出すって。
さーて、上げ終わり!!…ちょっと腹立つ事があったからそいつの不幸と破滅を願って願って願って願って!!呪ってから「流行病の期間だけ」って書き換えて…っと。
■■■■■を描かなきゃ!!
■■くんと私のかわいい■■■■ちゃんの…神話を完成させるの。
二人の為の愛を、二人だけの幸せを、二人しか認めない。二人以外は何もかも許さない!!!
皆私の創作に平れ伏せ!!
言う通りにしろ!!従え!!!私の■■■■■が一番だって認めろ!!
■■くんは私のもの!!
■■くんの全ては私のもの!!私のかわいい■■■■ちゃんのもの!!!
■■くんは私のかわいい■■■■ちゃんにしか許さない!!!!!
絶対に永遠にずっとずっとずっと私が独り占めするって!!■■くんを見た時から決めたんだ!!!!!
誰のものにもさせない、他の人の■■くんは認めない、■■くんの創作なんか認めない。
■■くんの生みの親に認められてるんだから…私が一番だって決まってるし…私のかわいい■■■■ちゃんとが公式なの……私の■■くんなんだから……!!!!!!
あはっ、あははっ、あはははっはははっあはっあははあはあはっ……ははははっあっはははははははははははっ…!!
既に歪み切った張の勝ち誇った笑い声が夜の空の下に響き渡っていたーー
彼女は確信し、■■と■■■■に至っては己こそが絶対のものだと、増長した衝動と欲望が世を貫いた。
さあ、見よ。此れもまた生来の欲が膨れ上がった成れの果てだ。
此れまで抑え込んでいた分相当な大きさだろう。
御覧、御覧よ。
ほんの些細な切っ掛け一つで、たった一人の欲望が張り裂け、そして彼女の欲が仲間を増やした。
侵食は次第に増したが、結果が此れだ。
例えもしどんなに良い人だと言われようと、彼女達の様な奴に限ってこんなものなのさ。
嗚呼、恐ろしいね、『最も人間らしい』って事は。




