ーA New mundo in finem, et campaneー
革命の為に花は咲いたーー
炎を燃やし、明くる日には塵の人形を着飾った。
自分達の象徴色で彩られた人形達は恐ろしくなる程花に従順で、革命の聖女の白百合を愛した。
災厄をもたらした災女の無邪気さを愛した。
血も凍り上がる程運命の女の所業は悍ましく、背筋にねっとりとした彼女達の情欲が這う程我儘だった。
ーー世界は。
世界は彼女達の革命で色を染めてゆき、或る一人の年少の考えた星の乙女は主神と崇められ奉られる。
描かれた"神話"は新興ながら軈て力を伸ばし、淑やかな令嬢の如き儚い筈だった花の洗脳で見事な迄に染まりつつあった。
方や世界とは彼女達の為に在る。
遂ぞ令嬢の花は力強く死を蔓延させ始めたーー
「ーー私達の全て、理想、夢、叶えたいもの全て、全て、全て!!今こそ思い通りに!!!」
有夏が空高く手を伸ばす。
ベルトニウム・エクスプロージョンを積んだ飛翔兵器が彼女の合図に従って空高く飛んでゆく。女神の兵器が世界の青い空を僅かに占めていった。
此の一発だけでも、大きな変動を巻き起こせる。
「でいんちゃん、見て!!世界のこの姿はこれで最後だよ!!私達が新しい形に作り変えるから、ちゃんと留めておこうね!!!」
有夏が嬉しそうにくるくると回った。
世界を己の手で新しく作り変えるのだと、そう決めた彼女達の心は浮足立っていた。
ーー運命の女達である、張も其の一人。
(これからこの世界が…私達の理想…■■■■ちゃんに相応しい世界になるんだ……!!)
瞳は僅かに潤み、瞳孔は大きく開き、張の期待が顔に出る。
ーー然し次の瞬間には、ふ、と張の表情が僅かに濁った。
「でいんちゃん?」
有夏が彼女の濁った表情を問うと、問われた張は言葉も濁して、紛らわせる。
「………。」有夏は張の心を覗いた。此処暫くの間彼女自身に起きた嫌がらせが身に堪えているのだろう、と気付く。
「…………もう、大丈夫だからね。でいんちゃんを虐める奴全部、私が捻じ伏せてあげるから」
少し沈んだ声音で、有夏は張の身体をぎゅっと抱き締めた。
ーー丁度数日程前の事だった。
張は、此れ迄開いていたアカウントを急に閉じて、更にプロフィールに其の理由を書き記し、更には其の事について呟いたのだ。
彼女と繋がりのある者は皆驚き、悲痛な面持ちを浮かべ、或る者は悲嘆し、また或る者は彼女をただただ慰めた。
擁護の声は一方的に強く、「彼女を傷付けた」といあ理由一つで取り巻く者達は只管に批難し、更に虐殺を始めた。
よしよし、と慰められ、ぎゅー、と抱き締められた張は其の場限りではほろりと涙を滲ませ正しく偶像の如く「ありがとう…」等と言っていたが、矢張り気持ちは沈んだ儘の様だった。
アカウントの名義もまるで彼女の気分を体現しているかの様で、「でいん」という名義一択の彼女も「でいんは暫く沈みます」等と変え、更に@■■_deindeinとまで変えてしまった位だ。
其れがあまりにも顕著ーーいや寧ろ生来より周りを引かせられる程主張が激しい燃え盛る火柱みたいな気性故かーー其の露骨さの為、有夏は他の誰よりも心配していた。
依然として名義を戻してもいない。
(でいんちゃんに酷い事した奴は絶対この機を逃さず殺してやるんだ。私達に、私にも、でいんちゃんにも、酷い事した奴はもっと酷い目に遭わせなきゃ)
有夏は暗い感情を眼差しに秘めた。
(手始めに地殻変動を起こして、それと空からも地形を変えたりして、それに乗じて酷い事した奴には死んでもらおう)
見せしめに世界から消し去った自国の中で一番大きな場所。
其処には確か、有夏達にとって憎たらしくて憎たらしくて、不幸な目に遭ってしまえと望んだ相手が嘗て生きていた。
幸い其の時は己の手を汚す事なく集団で責め抜いた事で相手の方から自殺してくれたが。
(あそこにはそいつの身内や家族が生きていた。どから私は自殺して逃げたあの屑野郎にもっともっと不幸になって欲しいから、その家族や身内をベルトニウムを落として殺してやったのーー!!)
其の時の事を思い出してしまってか、有夏はにやりと口を大きく吊り上げて嗤っていた。
(ともあれアレでベルトニウムの力は世界中に見せ付けられた。今日は革命の大詰め。絶対に失敗なんかさせない)
張を抱き締めた儘の有夏の腕に力が入る。
「姉…ちゃん?」張も流石に有夏の細やかな様子の変化に気付いてか、疑問を投げ掛けるものの有夏は直ぐににぱっ、と表情を変えて後柔らかな微笑みに変わり、何でもないよ♡と誤魔化した。
「さあ!!皆!!!私達の理想の世界の地図は用意してますか!!!」
有夏は張の傍で彼女の肩を掴みながら革命に身を投じる同志達へ言葉を投げ掛ける。
皆が意気揚々とした振る舞いであり、続く有夏の言葉は皆を大きく鼓舞した。
「世界を変えましょう!!これまでの様な世界を終わらせて、そして私達に従う全ての人達が必ず救われる美しい世界へ!!!!!」
有夏の振る舞いに、張も強く強く心を響かせた。
「ーー…、」張は大きな声を出す為に息を深く吸う。
そして。
「ゆっくりとでもっ」
張は叫んだ。
「私達の理想の世界を、■■■■ちゃんの愛する世界っ、愛する■■くんをっ」
「受け入れられる!!!」
「美しくて素敵な世界を、現実に!!!!!」
「私達の世界は■■■■■■に!!そして■■■■ちゃんランドを創り上げようね…っ!!!!!!!!!!」
舞台上のアイドル、青春を駆け抜けた女学生、或いは舞い降りた奇跡の女神の様な振る舞いで張は自然と言葉をすらりすらりと吐き出した。
…隣では有夏が瞳を潤ませている。周囲は更に活気に満ちて、同志達の士気は最高潮に達した。
「ーーさあ!!私達に続いて!もしも叛逆したりする者が居たら直ちに殺しなさい!!!」
有夏は空かさず指示を出した。其の言葉を待っていたとでも言わんばかりに同志達は爛々とした瞳で安全地帯を駆け抜けてゆく。
歓声が熱狂の渦を作り出し、士気は虐殺の奔流と化していったーー
「ね、ねえ姉ちゃん、私達は行かなくてもいいの?」
同志達が虐殺へ駆け出した頃、其の場には有夏と張、そして二人程が残っていた。
「うん。私達はベルトニウムで世界の形が変わってくのを見届けなきゃいけないからね。所ででいんちゃん、■■■■ちゃんはーー」
有夏は明るく対応し、其の場に居ない■■■■の事を気に掛けた。
「えっ、あぁ、■■■■ちゃんは眠ってるみたいなの。この世に出てきたばかりだから、まだ慣れてないというか……赤ちゃんや小さな女の子みたいな状態なんだと思う」
「そっか。それなら仕方無いよね。…せめて、■■■■ちゃんには純粋でいて欲しいもんね」
「当然だよ姉ちゃん!■■■■ちゃんかわいいもん!!」
二人の遣り取りは■■■■一色で染められ、やれ■■■■ちゃんかわいいだの■■■■ちゃんは神話だの、でいんちゃんの創作は至高だ公式だ絶対だ、そんな〜買い被り過ぎだよ姉ちゃん〜w満更じゃないけど、等といったものに変わっていた。
残る二人の方も微笑ましそうに二人を見守り、一方でベルトニウムによる地殻変動全般の事象を観測していた。
ーー張は、とっくの間に己の選択も発言も行動も全て、正しいと思っている。
自分がほんの少しでも傷付いてしまったのなら、誰かを死に追いやる事も、其の周りの者を激しく傷付けても構わない、有夏と同じ思考・思想に変わっていた。
自分こそ正しく、自分の生み出すものは公式と同じく絶対ーー
そして従わなければ酷い仕打ちもしても良い、許されるーーと純粋に思い込んでしまう程に、彼女は狂っていた。
ーー最も、有夏も、張も、其の先現れる者から殉教の赤を指摘される迄、己が狂っているなんて知りも知らない。
知らされて尚、己を正当化する事も、決して変わりはしないのだがーー
ーー見よ、空に星が降り、地は光輝に爆ぜる。
革命の為の女神の息吹が世へ吹き込ませられた。白百合の聖女の盲信と狂気が世界の形を変える。
災いの匣を開けた運命の女の様であれ。
エスパスウルーの体現の為に乙女達よ眠れ。
Beldianaよ、贄に選ばれた神聖さを以て理想を現実へ引き出せ。
花よ、咲け、咲け、咲け。彼女達の花よ世界へ侵蝕せよ。
蒼い花一つも残すな。殉教の赤色で染まった花のみを残せ。
異邦者の血の主の青い部屋、寝台を覆う天蓋に星々が映えた。
星の乙女は幼子の様に眠る。
Deinsophia END.




