ーMors autem est hominiー
心地の良い環境と、交流と、兎に角彼女にとって病を得ている事以外については特に気にも留める必要も無い位に幸せだった頃の話へ進む。
彼女にとってはある意味悲報かもしれないが、然し本分としては吉報とでも呼んで差し支えの無い程の喜ばしい出来事だった。
目の上の単瘤に思っていた者が自殺したのだ。
「ーー〜…………………………!!!!!」彼女は思わずガタガタッと机を揺らす。
取り掛けていた作業すら放棄して、ベッドの上に、スマートフォンを持ったまま燥ぎ始めた。
其の表情は驚愕以上に、喜びに溢れている。
(うわーっやったやったやったやったやった!!!!!アイツ死んだんだ!!!!!やった、やった!!……んちゃんの事怖いって言って虐めたアイツが自殺だって!!嬉しい!!!目の上の単瘤だったし死んでくれて良かった!!!訴えるって脅しておいといて良かった!!!ひゃはー!!何でも私の望み通りだー!!!!!!!!!!)
彼女の心は純粋な子供の如く硝子玉の様に透き通っていて、野兎の様に跳ねていた。
(まあ其れを伝えてくれた相手がアイツの身内に当たる方って言うのが正直不服なんですけどwコイツも後追って死んでくれねーかなwww私に向かって歯向かった言い方してくるしwwwまあ雑魚だって分かってますけど!wwwwwwwww)
彼女は嬉しくて嬉しくて、妹分である少女のアカウントにダイレクトメールを送る。其の後に繋がりのある二人をグループに招き、SNS上で祝賀会を始めた。
『シ……さんおめでとうございます〜!\( ˆoˆ )/』ポン。
『……ちゃん良かったね!!』ポン。
『良かったね姉ちゃん、本当に良かったね!!』ポン。
『やっと平和になったね〜♪』ポン。
『ほんとほんとあいつには私も困ってました〜まあクソザコでしたけど〜wwwwwwwww』ポン。
『いやほんと………さんにも……ちゃんにも手伝ってくれた事感謝してる〜!ありがとうね(*´∀`*)』ポン。
『姉ちゃん虐めたんだから死んで当然!!私も身内の人?とかから知らされた時めっちゃ嬉しくてう……と一緒にお祝いしちゃったもん:D』ポン。
『まじかwとうとう■■くんも……んちゃんの■■■■ちゃんのものになったね!もう■■■■■は公式!!!………ちゃんの■■■■■は絶対!!!!!』ポン。
『それなwww』ポン。
『だよね〜やっぱり……んちゃんの■■■■■じゃなきゃ認めないっ!!w』ポン。
一時ながら得た大きな勝利を四人で祝った。
時は軈て過ぎ、皆一様に普通な日々に戻る。有夏達四人は「あくまでも」善人で在る為に嫌っていた奴の自殺の吉報を不幸な出来事、事柄と定め体面上は悲しんだ。
ーー勿論、彼女達四人が「亡くなった人の事や遺されたご家族の事も憂って想えるなんて優しくて良い人だ!!!」と繋がりのあるフォロワー達からの支持を莫大な程に得たと言うのも事実であった。
「私の友達に早く亡くなってしまった人が居るから〜」「良い人だった」「もっと早く話してくれたら良かったのに」…と、自分達で追い込んでおきながら、である。
……然し、そうしている間にも彼女には避けられないある事が迫っていた。
…そう。彼女にはどうしても避けられないものがある。
「病」だ。生まれながらに得て今も尚苦しめている病。
巣食う其れが、彼女を成人までには生かさないと伝えられていた。
然し彼女は努力し、しがみ付いた。周りからの愛も支援もあって、彼女はこうして大人になれている。
蝶よ花よと言わんばかりの環境だったものだから本質はまた子供の様だったのかもしれない。彼女は立ち上がった。
…然し、其れも、ある人物を傷付け、其の上自殺に迄追い込んでしまった事で終わりが確実に迫ってしまった。
………どうも問題の相手は関わった者に傷付けられたりすると、傷付けた者に大きな不幸をもたらす体質らしい。と、彼女なりに其の人物を知る者から聞いて知ったのである。
彼女は其れが不愉快で仕方無かった。
(何でさ。私何も悪く無いし正しい事やった迄じゃん。傷付けられたって、被害妄想じゃない)…と、頬をぶくーっと膨らませていたものだ。
然し、其れをどうする事も叶わずに宣告を受けてしまっている。
(死にたくないなぁ)
ぼんやりと命の道の終わりを見詰めて考えながら、彼女は思い続ける。
(どうせ自殺するなら其の無駄な分寄越しなさいよね。あんな奴が普通の人みたいな寿命で私の様な優れた奴が短命なのっておかしいでしょ)
有り触れて心優しい令嬢と、気さくな人物とを往来し振る舞いながら、彼女は死を見詰めていた。
そして何度目かの手術を済ませ、辛うじて生きている彼女は、日に日に弱りとうとう病院の寝台に縛られる事が多くなってきていた。
「死にたくない、死にたくない………」譫言の様に呟いた言葉は力無く空虚の中に溶けてゆく。
「姉ちゃん……ひどい………どうして姉ちゃんばっかり…」姉の様に慕う者の不幸を悲しんで、見舞いに来た妹分の姿を彼女は嬉しそうに、或いは申し訳無さそうに目を細めて見詰め返した。
(ごめんね………あぁ……………なんでよ……なんで私ばっかり………………………)
他人を追い詰めて挙句死に追いやった者が、其れを棚に上げて己の身の上の不幸を嘆いた。
ーーそして彼女は、何時ぞやの呟きを思い出している。
『死にたくない。あと寿命1000年欲しい』
細やかな本音から熱に浮かされていた様な言葉まで。
『私が………決められる立ーーだったら聖■にしてますよ』『殺したい程憎い奴の事を思い浮かべながらーー…り刻むんです、そしたら美味しい…理になって〜…』『■■■■■は神話』『■■■■■は夫…だから!!■■■■■過激派のーーが言うんだから絶対………!!!!!!』…なんて、色んな事を。
見舞い人すら帰った西日の中で、ぼんやりと彼女は恐れていた死を見詰めていた。
ただ、只管に。




