ーPostula a filiaー
ーー………喧騒と不揃いの行進でざわめく道の上で、女は立っている。
(はっ…)
はっと気が付いた時、自分は交差点の横断歩道の、調度白線の辺りに立っていた。
(何してんだ私)
有夏は、まるで其れ迄白昼の夢に曝された様な感覚に陥る。
たらり、と汗が一筋伝った。
(今日は一段と暑いな………)
薄桃色の薄手のシャツに、さり気無いフリルとレースの愛らしいマキシスカートを着た彼女は、ちょっとした用事の為に炎天下の外を出歩いていた。
近場で済ませる予定だったので徒歩以外の移動手段には頼らなかった。
(今度あの子にもっと綺麗なレジンアクセサリーの作り方教えてもらう予定なのに)
近場で目的のものを探そうとしていたのだが、残念な事に目的のものが無かった為、仕方無く賑やかな都市部までやってきたのだ。
国の主要都市である東京とは違うが、負けない位には物品は取り揃えられている場所だ。
そんな所で彼女は生きていた。
時間帯が時間帯の為、華奢で小柄な身体は人混みの中で揉まれそうになる。
(帽子被って来れば良かった…。)彼女は改めて己の少しの軽率さを後悔した。姉から貰ったストローハット、こういう時の為に被るべきだったのだ。
そんな事よりも早く探そう。目的のものを見付けてとっとと帰ってしまおう。と彼女は息巻いて、専門店へと足を踏み入れた。
幸運な事に其の専門店には彼女が探し求めていた物があったらしく、ほくほくとした表情で出て来る。
「〜♪」
そうして彼女は徐ろに自分のスマートフォンを取り出してアプリケーションを開いた。
開いて現れた画面は、自分のアカウント。
彼女は慣れた手付きで滑らかに指を滑らせている。
『………ちゃん!あった!!』ポン。
繋がりのあるアカウントに向けて、呟きを投げた。
暫く待って、通知が来る。
『ほんと!?姉ちゃん良かったね!!』ポン。
「………ふふっ」有夏は可愛い妹分であり最高の理解者、或いは友人であるその少女からの返信に顔を綻ばせる。
『うん!外暑いけどちょっと遠くまで探しに行った甲斐あったわーw』ポン。
『うぇ!?姉ちゃん大丈夫!!?熱中症に気を付けてね水分補給して』ポン。
妹分とやらはどうも彼女の事を気にし過ぎな気がする。
……此処までなら、今時の女性に有りがちな若々しい遣り取りでしか無い。
「ただいまー」
独り暮らしの為の家は一応持っているが、今は理由あって実家の方に身を寄せている。
「ゆかおねーちゃーん」
「おかえりー」
きゃっきゃっ、と賑やかな子供の声が彼女を迎える。
「ただーいまー」自分の事を迎えに玄関までやってきた小さな子供をぎゅっと抱き締めた。無論、彼女の子供では無い。ーーやや濁せば、近くまで来てくれた親戚の子供みたいなものだ。
「ふぃー暑かったー。さーてと!!」
彼女は帰って早々自室のPCを立ち上げ何かを始める。其の一方でスマートフォンも手放さない。
『♪』ピロン、と軽快な音がスマートフォンの方から伝う。通知だ。彼女が先程やっていたSNSから通知が来ている。
「おっ誰かな?………ちゃんかな?それとも他のフォロワーさん?」
心に遊び心のある鈴を転がす様に小さな期待が彼女を擽る。
ーー此れこそ有り触れて、然し普通で善良な女性のやっていたりする事なのだろう。
「…………………………。」ムッ、とスマートフォンの画面を見た彼女は、眉を顰め顔を顰め、不機嫌になった。
(またかよ)心底嫌々しそうに、然し彼女は応対してやった。まあ自分よりもあらゆる面で劣ってる相手だったし、余裕のある勝者としてそういった慈悲を振る舞うのや施すのは当然だと彼女は思っていた。
彼女は言わば裕福な身の上の人物であった。だからこそ生来のお嬢様気質があるのだろうが、まるで神から愛され与えられたとでも言わんばかりの話術と、人を引き込ませる文章、そして彼女自身余裕のある立場で育ったが為の魅力ある女性だった。
親にも愛され、友にも恵まれ、理解者も多く、最早「誰からも愛されている」を地で行く存在。当然、恋人も居るし、先の方で語った様に妹分の様な者も存在する。
もしかしたら、誰かは彼女を「地上に舞い降りた女神」、とでも喩えたりするのだろうか。
ーー然し、そんな彼女には大きな悩みが今の所二つ程あった。
一つは、己が生来抱えてしまった病。此れは治療こそ受けてはいるものの完治は難しい。
もう一つは、人間関係。SNS上の事だったが彼女にとって目の上の単瘤の様な者が居た。
そう。先程彼女が眉を顰めて"仕方無く"応対してやった相手は其の問題の奴なのである。
もし出来るなら直ぐ様にでもリンチに掛けてやりたい所だが、どうせならばもっともっと苦しんで貰ってからリンチに掛けて更に追い詰めてやりたい所なのだ。
彼女は仲良くしているフォロワーとやらとある版権の事で話したり二次創作とやらの話をしたり、オリジナルのキャラの事や、版権のキャラクターを自分用に設定して出したキャラの事について話したり、フォロワー達のそういった話を見て口元を吊り上げながら、あろう事か何の躊躇いも無く「私〜」から始まる己の事を語り、ほんの小さな事であるが個人的な事まで呟き続けた。
PCに向かい合いながら、早朝近く迄眠らずにSNSに張り付き続けた。
ある一日の事である。




