ーsomnum exterreriー
ーー魔女が語り掛ける。
「女は皆神秘の魔女」と。彼女が嘲笑い、責める。
「あなたの様な奴に好きなものを大切にする資格は無い」と。
切っ掛けはただ小さかった。
知らない事の多い"彼"がやってしまった事を機会と得た「彼女」の中にほんの小さな感情が芽生えただけ。
(この人気に食わなくなってきたな。界隈から消えてもらおうか。いや、こんな人ーー生きていても価値の無いゴミよね。社会的にもこの世からも消えてもらいましょ)
彼がやってしまった不手際へ、鬼の首を取った様に彼女は猛攻に出た。
「私の望みを聞かないのなら、法的措置も考えています」
「私の言う通りにして下さい。私が弁護士を立てている事がバレたら私が不利になるので内緒にして下さい」
「私が指示した通りに従いなさい。私に屈服すると証明した誓約書を書いて私の所に送って」
「私はあなたを初めから存在していないものと見なします」
「あなたは私の前から消えないといけないのです」
「早く死んで」
「私の前から永遠に消えて」
…………………………………………。
本当の言葉と、幻の彼女が毎日責め立ててくる言葉が重なり混ざる。
"彼"は自殺する其の日まで、ずっと悪夢に苛まれていた。
現実の彼女はジャンヌちゃんジャンヌちゃんと一通り騒ぎ立て、引っ越しの事を話し、時にネガティブに、其れを囲いによしよしと抱き締められては猫や家族によってあっさり立ち直る。其れをひたすら繰り返しているだけ。
但し表向きは、だったが。
『趣味でやってたことがいざ仕事になると途端にスランプになるから好きなことを仕事にするの向いてないし人間に向いてないし私人間じゃなかったわ』と語る魔女の苦悩は二人の共感を。
『お引っ越し落ち着いたらちゃんとした創作垢作る』と新しい情報を。
『凄く嬉しいメッセもらったから有頂天なん』『私に画力とか文才とかあってもっとアピール出来てたらって何度思ったことか……ゴメンネ、弱クッテ』なんて語る姿は凄まじい文才と技術を持ち合わせていながら謙遜を忘れない立派な創作者の顔。
『まぁどんなに同志がいなくたって私の愛は枯れることはないし私が推しを愛することは永遠に変わらないしな 誰かの声で揺らぐほど生半可に愛してないんだわ、本気よ本気』
『「推すのやめたら?」じゃないんだよ 自分の意志で辞められる程度の気持ちは“推し”じゃないんだわ』
…彼への侮辱も含ませながらも、其れを巧みに隠して語る彼女は一見して宛らファンの鑑、輝く善人
ついでに女性らしくスイーツについて語り料理の話を出してきた彼女は純粋故に尊ばれる偉大な少女と慈愛をふんだんに宿した母性を失わない20代後半の美しい女性。
『死ねない理由が出来たからずっと行くの渋ってた内科の予約を明日取ろうと思う 多分ガチめの怒られが発生する』
ともう何度目かの「死ねない理由」を挙げながら推しの為だからと語った彼女は、やはり生への執念に囚われた努力神話の麗しき申し子。神に寵愛された世界で唯一の美女。
どうやら近い頃合いに居たか今も居るのか数分前頃には『最初オラついてたのに犬の匂い嗅いだ途端震えて引き篭もるもんだから庇護欲』等と残している。
…でも、彼女は魔女であり自らを女神と自負する。自分は永遠性を孕む美しき乙女なのだ、と絶対の自信を持つ少女の様に自分の異常さを疑わない。
こうしている中ですら彼女の計画は順調で、彼女の準備した物事は進みつつある。引っ越しは沙和達が得た情報を過去のものにする為であるのだろう。その辺も抜かり無くしながら己の大きな計画を実現させる。ああ楽しみだな、そう彼女は心の中に秘めている。
彼女の中の計画の一つが着実に進む。
「"彼"を更に侮辱し、"彼"の遺族をよりもっと不幸に落とす為の計画」が。
己の充実の公開は着実なダメージを与えられていると実感しなから、無意識の内に殉教の赤で其の魂を削り取ろうとする。
邪魔者は消さなくちゃ。
"彼"と同じ様に追い詰めてあげるから。




