ーNatura atra nox mulierー
高村侑花は願っている。
自殺しろ。
自殺しろ。
自殺しろ。
自殺しろ。
高村侑花は■■に願った事がある。
不幸になればいいのに
自殺しろ、と。
ーー…………………………………………
『体調悪いのがデフォ過ぎて体力0でもホテルカリフォルニア熱唱するし電話口で話してる相手に気付かれたこともないのが自慢なんだけど、私の様子見に来た姉に「死相が浮かんでる!!!!!」って寝室に収監されることは多々あるし今日はそれ』
『勇敢で神秘的なジャンヌちゃんの瞳とキリッと精悍な眉、自信に満ち溢れたジャンヌちゃんの光と未来を見据えた端正なお顔立ちが麗しくて堪りませんありがとうございます…!ありがとうございます…!!
先生の髪の毛の描き方がより柔らかくなった気がして聖女のぬくもりが画面の向こうまで伝わ』
『るようで本当に…!私はきっと先生のイラストでなければジャンヌちゃんにこれほど心酔することはなかっただろうし、先生の表現力でなければ■■■のジャンヌちゃんは存在し得なかったと確信してます! 周年本当におめでとうございます!!』
『ジャンヌ、ちゃ、ジャンヌ』『ひっひぃっ』『歴史であり、聖女であり、本当に…推してきて良かったって……』
『体調悪いの忘れてたので寝ます』
4時間後の『今日は供給が多過ぎてダメ 頼むから寝かせて、体力がゼロなの』『動機が』
表向きはこんなにも楽しげで今時見られる陽キャのオタクみたいな、優しくて素敵で「お嬢様」らしさを見せない親しみのある才女として振る舞いをしながら、其の心の何処かでは亡くなった"彼"の死を嗤い続け、侮辱し、傷付け、蹴り飛ばす。
勿論遺された遺族達へ対しても、特に沙和に対して、彼女は死ね死ね死ね死ね不幸になれ不幸になれと、彼女の中の「人間という本心」は子供の様に、理性を纏う彼女に抑え付けられながら望み続けていた。
『…見たけどさ、君……アカウント間違えたの?』
ふと掛けられた声に、侑花の意識は引き戻される。
「…良いじゃないですか。人は誰しも間違いを犯すものでしょう」
『でも君は相手の間違いを徹底的に許さないし認めないタイプだよね』
ぎろり。
「何が言いたいんですか?」
『おお怖い、喧嘩をするなら相応しい相手にするべきだ。誰彼構わずそんな態度を取ったら大阪人への風評被害も増えるよ、侑花』
「関係無いです、屁理屈は止めてください」
『其れ以前に君は良からぬ事でも考えていたんじゃないのかい、顔に出ているが』
「…は?」
更に睨み付ける彼女を無視して、青年は話す。
『アカウントを間違えてしまったのなら、一度削除して呟くべきアカウントの方で上げるべきだ』
青年は至極真っ当な事を言うが、侑花にとっては気に入らないらしい。
「…喧嘩売ってます?」敢えて丁寧に、穏やかに、お嬢様ならではのたおやかな微笑みを作り上げながら彼女は青年に問う。
『でも其れを敢えて消さず其の儘にしているという事は君は間違いを正すつもりは無く、いや或いはーーどうせ最初から態と此のアカウントで上げるつもりだったんだろう?と想定出来る。間違った~と後出しすれば、可愛いおっちょこちょいで済み、あわ良くば世間への認知度も広まりやすくなる。君が此のアカウントの鍵を開けっ放しにする様になった理由なんてーー』
宛ら承認欲求の怪物。如何にも人間らしい在り方。
バンッッ!!
『…如何かした?』
青年には今一効果が無かったのか、フゥフゥと机を強く叩き肩で息をする程気を荒らしている侑花が立っていた。
「ーー……………!!」
殉教の赤い血は常に彼女に滴り、汚している。彼女に不運と死を撒かれてしまった者達の怨嗟が、不幸に陥れた張本人を呪う様に。
「ーー……より速報です。今朝方…………で自宅療養してい…歳の……が新型………………………」
ーー"感染者………人確認 ……でクラスター発生か"
『…君や仲間である彼女達、そして君を篤く信じた者だけが新たな病の株から救われ、其れ以外は現状変わらない。僕は君に確かに力を与えたがーー最近の君は使い方を間違えつつある』
「…まだ言うんですか。しつこい」
明らかに不機嫌そうな彼女は、青年に対し次第に不満と怒りを募らせている様だった。
『しつこいのは何方なんだろうね。君が常々不愉快そうな表情を浮かべる元凶の方か、それとも何度も遺族の死や不幸を常に望む君の方か…』
「遺族の死や不幸を望むのは悪い事じゃないでしょう!!私は自死した相手からこんなにも傷付けられ、嫌な思いをしたんですから。当然の権利です!!私は当然の事を望んで、行っているだけです。それとしつこいは貴方に向けたんです!摩り替えないで下さい!!」
『嗚呼そうだったね、失礼』
呆れと少しの幻滅を交えつつ、表面上で非を詫びる。侑花は表面上である事すら認識出来なくなっていたのか、「ちゃんと謝ってもらえた」とフフンと鼻を鳴らしドヤっとした表情で彼を見下していた。ーー「そうです貴方は私に対してそうするべきなんですから」と言いたそうに。
『……まあ、君はまだ相手が不幸になれって願っているのは事実じゃないか。君の中では事実であり一つだけの真実だものな。与えた力で君が遺族を此の世から消せば良いだけじゃないかい?』
…ぴくり。彼の言葉に反応して侑花は動きを止める。
『殉教の赤は君が望む限りの事を叶えられると以前に説明したじゃないか。全てでは無かったけど、君は其の必要は無いって態度で今迄過ごしてーー』
「…たら………」
侑花がぽつりと口を開き、呟く。
『?』
「…其れが出来たら、私だってもっと今以上に不満も無く私が思い描く理想の世界に此の世を変えられるのに」
『出来ないのかい?』
「出来ないんですよ。どういう訳かは分からないですけど!!私がアイツの遺族の不幸や死を願ったら、まるで強い何かに押さえ付けられて邪魔されているみたいにーー!!」
其の口振りからは何度も同じ事を望んでいた様だ。
『……………………。』
青年は原因を知っている様だったが、彼女の語る言葉をただ聞いていた。
「そんな理由なので余裕さえあれば…あんな奴等…アイツの家族も………皆この手で………」
ギリギリと歯を食いしばり、爪を噛む。彼女の其の表情は恐ろしい。此の姿を熱狂的な彼女の信者が知る事も無いだろうが。
青年は彼女の様子を静かに見詰め、そして彼女の中の「代償」が増幅されるのを感じて、少しだけ促す事にする。
『でも君は本当は思っている。「願わくば自らの手を一切汚す事無くあの人間の身にとことん不幸に陥り苦しみ抜く事を。そして願わくばあの人間を世に生んだ家族や関係者達も此の世から根絶やしになってしまえば良いのに」と』
青年は近くで語った。「彼女の中の人間という本心」を、まるで切り取ったかの様に。
「違う…違う!私はそんな事なんか望んじゃいません!!だって許せない!!だから私は余裕さえあれば直接…!!!」
『何が違うのさ?自分を被害者に仕立て上げて自分に多少の非がある事を認めずに相手が全て悪いって雰囲気を作り出したり精神的に追い詰めた君が?』
「それは単なる…」
『単なる?君は態度と言葉が全く矛盾しているし、真逆の振る舞いばかりするじゃないか。言葉では仲良くしたいとか吐かす癖に、振る舞いの方は拒絶したり相手の存在を最初から此の世に無かった事にしているーー』
「どうして知ってーー」
理由を問うよりも早く、内側の代償が彼女を支配した。より狂った侑花は青年へ思い切り怒りをぶつける。
「私は!!そんな奴じゃありませんっ!!そんな事考えないしっ!!振る舞いなんかもしないの!!!!!私が悪くないんだから当然でしょ!!?相手が悪いのっ!!相手が全部!!!悪いの!!!!!!!!!」
『…ふーん。怒りに任せて場を荒せばなあなあで収められる、何処で学んだのかな。お嬢様だからそういう事も許されていたのかな?』
一時期見掛けた上級国民?とか高等遊民とかいう存在故の悪癖なのかそれとも家訓が厳しかったから捌け口を外に求めて暴れていたのかい?と付け足しながら、青年は興奮する彼女を見詰めた。
「違いますっ!!」
侑花は即座に否定をしたが、感情の儘に気を荒くしていた。
『本当はそういう考えを持った自分を認識している。けれど認めれば最低な奴である事を熟知している。認めてしまえば、己の致命的な弱点になる。常に中心核である「人に有る花」で居る為に、分かっていて認めないんだ』
ーー彼の指摘が図星なのかそうなのか、本人のみぞ知る。
「……………………!!」
フーッ!!と更に気を荒立てた彼女が青年への怒りで近くにあった硝子の容器を彼へ投げ付けようとするが、青年の冷めた眼差しに当てられ、怖気付く。
『本当の事を言われたから相手を害する事で解決しようとしているのか。なあんだ、お互い然程変わらないな』とでも言われた様な気分にさせられた。
ーー………………………………………………………………
ーー…………………………………………
「ああもう!!」
バンッ!!と力強く扉を閉めた彼女は己の身体を天蓋の付いた寝台へ雑に投げる様に飛び込み、端末を取ってSNSを開いた。張を含めた幾人かのみと共有している愚痴吐きの「あら塩」アカウントの方で、青年へのストレスを沙和や"彼"の自死遺族達への怒り等に変換してありったけ罵り続けた。
fn2v0。プロフィール欄にはふせったーとだけ書かれた、14人フォロー11人フォロワーの鍵掛けアカウント。ある者が死ぬ迄の間に書き残した内容によれば「愚痴アカウントとして機能していた」経緯がある。
相手を罵ったり悪く言い続ける事は「良い人」を常に装う彼女にとって最高のストレス発散になるのか、次第に加虐的に興奮し倫理の崩れた廃人の様に嬉々として書き込み続ける。
其の中でただ一つだけ、『道具は道具らしく私の望んだ通りにだけ動いて私の願望機でいるべきなのに』と青年への愚痴を書く。
「あ、そうだ」一通り愚痴を書き殴った後、沙和達への新たな仕打ちを思い付いて即座に実行する。彼等の悔しそうな表情を想像で思い描き、ギャハギャハと嬉しそうに笑う。
此れで一安心だし、相手にも不愉快な気持ちを与えられる。ざまあああwと彼女の中の「人間」が早い勝利と歓喜を堪能した後、彼女は何時ものC0_AYNの方に切り替えた。
高村侑花は願っている。
自殺しろ。
自殺しろ。
自殺しろ。
自殺しろ。
高村侑花は自死遺族の沙和達に願っている。今日も我関せず至高の善人を装いながら。
あいつの様に不幸になればいいのに。
あいつと同じ様に自殺しろ、と。




