ーEt progressus occultatumー
ーー同日、沙和が二見からの連絡を受けて落ち合う事となった一方で、高村侑花も仲間と共に世の中の支配を少しずつ進めながら休暇を過ごしていた。
久し振りの息抜きと称して、侑花は愛するdendenーー張を連れてショッピングデートをしているらしい。
『日々世界中の思想を自分達の望む形に塗り替え、星空の天使にしてエデンに相当する数多の楽園であるソフィアちゃんランド(仮)なる世界の主ソフィアちゃんを崇拝する宗教の信者を増やす活動』に明け暮れている彼女達を見かねたクロやミズノ達の計らいによって折角二人きりの素敵な休暇を得た為、本来ならもっと遠くに行きたかった所なのだが革命の指導者となった今の立場では本拠地としている大阪からあまり遠くには出られなかった。
仕方が無いので府内で二人きりのデートをする事に決めたのだった。
革命の為に世界の支配を指揮する女傑では無く、今日は可憐で麗しい女の子ーー女性として手を繋いだり腕を組み合って密着しながら侑花と張は色んな所を回る。
女二人で子供の様に燥ぎながらウィンドウを見ては興奮したり、或いは脳内でアシュリーやソフィアちゃんに身に着けさせたりする妄想をしてうっとりしている様だ。
そんな彼女達の様子を、黒外套の青年が高所から眺めていた。
『そう言えば彼女からこんなものを与えられたけど…正直今の僕にとっては無意味なんだけどなあ』
二人の様子を見るのも飽きたのか、徐に端末を取り出して眺める事にする。
ーーどうやら高村侑花に与えられたらしい。どういう意図があって渡したのかは分からないが、手渡された時には既にSNSにアカウントが作られていた。
彼女達の支持者としていいねでもしろという事だろうか。
『確か朝頃に彼女のアカウントの絵をふぁぼ?しろとか言われたっけ。面倒だが…やれやれ』
一応は使った事があるのか、意外と慣れた動きで画面を動かしている。
『此れかな?』
黒外套の青年が確認した画面には、文章と絵が載せられている。
『PN:denden
やっぱり■■■の■■君が誰よりもかっこよくて大好きです
私にとって彼の出るイベントは、今までも、そしてこれからもずっと変わらず一番で居続けるシナリオです
世界で一番好きなキャラに巡り合えて本当に幸せ、■周年おめでとうございます』
(……………。)
青年は黙ってスィッと上の方に動かす。
『PN: denden
■■■■周年おめでとうございます!大好きな■■君でお祝いさせて頂きます⊿*.*
ここまで泣いて笑えるシナリオを読めて、ここまで大好きになれるキャラに出会えて、このゲームを知る事ができて本当に幸せです!
これからもずっと応援しています、勝利と■■君への愛を信じて╋+』
『……………………ふむ』
何時も■■■■■、■■■■■と狂っている張が呟く内容にしては珍しく■■というキャラクターのみの内容だった。まあ彼への愛は全面的に出ているが。
本当に■■というキャラクターを、一人の男性として愛してしまっているのだろう。己は三次元、■■という者は二次元上の存在でしか無いが、ソフィアという天使の少女を宛てがわせる事で叶わぬ恋を叶え、そして己の心に蓄積される欲情と愛を身体と共に慰めているのかもしれない。
青年は侑花の協力者として、彼女の意思に縛られてしまっている。其の環境の中でdendenこと張が己を慰めている光景や侑花と爛れた情欲に耽る様を何度か目撃していたからだ。
最も、高村侑花に至ってはミズノやペケ等といった仲間に対しても日毎夜毎「交わり合う」事を何度かしているがーー
ーー取り敢えず此の二つを賞賛しいいねをすれば良いのだろうか。タグのようなものが付いている辺り、青年を利用してまで拡散して広めて欲しいのだろう。
一人でも多く。
『おや、でも此れはタグが付いていない』
上の方に動かしてゆくと、タグの付いていない張の呟きが出て来た。『これはボツだけど顔綺麗に塗れてた』とのみ書かれている。
(一応此れも上げておこうか)
なお張の呟きを広めている侑花本人のアカウントはRT乱舞と呼べる程のRTの後、8月19日の午前0時の呟きで止まっている。まあほぼ毎日朝から深夜までこの様子なのでどうせ20日も廃人の様にRT乱舞と呟きを繰り返すのだろうが。
『…。僕を何だと思っているのか…某願望機みたいなやつじゃないのだけれど』
まあ仕方無い、と深い溜息を吐いたが、ふと与えられた此の端末で何か出来ないものかと青年は考える。
『…♪』何か閃いたのか、青年は端末の画面に直接指を入れる。ズブリと画面に飲み込まれた彼の指は、奇妙な力で端末の構造を造り変えてゆく。
『よし、此れで良いか』
一通りの軽い作業を終えた者の様にふーっと息をつく。
改めて二人を見ると、昼下がりからホテルらしい場所へ入ってゆくではないか。青年はふわりと其処から飛び立って、二人の後を追った。
ーー…………………………………………
ーー……………………
交わり合っているのだろうか。二人の苦しそうな声と妙に艶のある声、ピチャピチャと水の様な音が扉越しに聞こえる。
侑花の方が張へ親愛と情愛の言葉を掛け続け、張が喘ぐ。一心不乱に姉ちゃん姉ちゃんと呼び求めながら、時折其れに混じって■■君…■■君……とあのキャラクターを求める張の淫らな声と息遣いも聞こえる。
一方の侑花もジャンヌちゃん、ソフィアちゃんと張の愛称に混じって求めている様だった。
水音は張が■■君、と呼ぶ時と侑花がソフィアちゃん、と呼ぶ時だけ一層激しく響いた。
扉一枚を隔ててはいるが、青年は其の気になればあっさりと入れるだろう。ただ突然の邪魔を入れれば、興醒めと羞恥で侑花達は強く警戒する。
昼下がりの「寵愛」が終わる迄は扉の向こうで待機する事にした。
然しながら侑花は彼氏…改め夫がいるが、親しいとは言え女同士事ある毎に盛り求め合っている事を旦那である彼は如何思っているのだろうか?と青年はふと疑問に思う。
(男も女も何方も好み、女を抱き、男に抱かれ…時には信者とも交わり、更にもし叶うのなら聖女と謳われたジャンヌや実在では無いものの張が作り出した天使の乙女ですら愛の儘に抱きたいとさえ望む高村侑花はまるで現代のバビロンの大淫婦の様だ。流石の彼女も交わる相手は選ぶだろうけどね)
ーー侑花の「寵愛」は長く続いていたが、暫くして静かになる。元々実体の無い青年はいとも容易く部屋の中へ入った。想像する迄も無く、素肌のみの侑花と張がべっとりと湿った状態で抱き合ったまま、正に糸の切れた人形の様に寝台に沈んでいた。
備えの物だろうが、彼方此方に道具らしきものが散乱している。彼女達に同じくべっとりとしていた。
ーー青年はそんな彼女達の痴態を呆れた様に眺めながら、「造り変えた」端末を持って眠る高村侑花の頭に画面を近付けた。
『…警戒すらする気力も無くなって接続がしやすくなってるな』
ーー此処近日の「状態」を確認したかったのだが、急に頑なな態度に変わり中々隙を見せなかった彼女の「状態」を如何にか見ようと思い思い付いた方法だった。
入り込む手段を変えてしまえば、ほんの少しの隙であっても簡単に確認が出来る。黒外套の青年は端末を通して彼女の状態を確認する事を考えたのだった。
ーー青年の意思に共鳴する様に、端末は世界を塗り替える。高村侑花の「状態」を反映させた世界。殉教の赤色。
他者の血で錆び付いた冠。
彼女の犯した道徳の深い罪に反する様に、彼女の内面は清々しく美しかった。
(ふーん…他者の惨事と流血で作られた、美しい世界か。反吐が出るね)
此の美しい彼女の内面世界は、きっとドロドロの血や不幸の上に作り上げられているのだろう。"彼"に与えた傷と不幸、苦しみ、そして"彼"の死を核にして。
胸糞の悪い憧憬の世界の中で、件の「ジャンヌ」に似た人物と遊ぶ幼い子供が居た。あれだ。あの幼子が侑花の「状態」だ。
青年が手を振って幼子を招く。幼子が「ジャンヌ」に似ている女性に何かを話してから、青年の方へ駆け寄ってきた。
現実の世界ではこうもいかないが、此の内面において彼女は、あまりにも純粋過ぎるのだろう。
『お嬢ちゃん、名前は』
「たかむらゆうか!」
青年の問いに対して屈託の無い笑顔で答える。
『どこの出身?』
「しゅっしんは、おおさかふ、やおし、あおやまちょうです!」
幼子は引いてしまう程あっさりと己の出身すら話してしまう。
『……………………。』
青年はそんな彼女を見て目を細めるが、幼子の振る舞いに決して微笑ましいと思う感情を宿していない。
『嬉しそうな顔をしているね。何か良い事があったのかい』
「んー…あのねえ、んふふ、でんでんちゃんがね、そふぃあちゃんっていう、かわいいおんなのこをかいたの!そふぃあちゃんと■■くんのことをいっぱいおはなししてくれたの!!そふぃあちゃんこそ、■■くんにふさわしいっていってあげたらね、とってもよろこんでくれた!!」
「そふぃあちゃんいがいは、■■くんといっしょじゃだめなんだよー!!」
「えっとねー、しふぉってよばれてるの!あっ、あのね、しふぉのあかうんとを、とくべつにおしえてあげます!!まるあるふぁに、しー、ぜろ…」
「したせん…えー、わい、えぬ!こうかくの!!おぼえてね!ちゃんとわたしをふぉろーしてください!!ぜったい!!!」
聞いてもいないにも関わらず、青年に「しふぉ」の事を話す。
(無理矢理フォローさせられた状態で渡されたから知ってるんだけどなあ)と内心で思いつつも、『そう。教えてくれてありがとう』と表面上だけの感謝を彼女に伝えた。
「えへへっ」
嬉しそうに、そしてにへらっと笑っている幼子の姿は、よく見ると赤黒い染みの付いた赤い帽子、引き摺りボロボロになっている赤黒いストール、まるで返り血を隠す様に作られた赤い服と黒い薄手の上着。
裸足になっている幼子の足は、怪我一つ無いにも関わらずべったりと血で汚れ、歩いた跡は血で汚れきっていた。
そして青年は最後に一つだけ訊ねる。
『幸せかい?』
「うん!!」青年の問いに、幼子は最初の時の様な屈託の無い笑顔で答えを返した。
『そう』
「あっちにいるじゃんぬおねえちゃんもでんちゃんもそふぃあちゃんも■■くんもねーだいすきなのー。ゆうかね、とってもしあわせ。よのなかはふこうやわるいこといっぱいだけど、ゆうかはゆうかがしあわせだからどうでもいいの!ゆうかがしあわせだから、たにんがふこうになろうがしらない!」
そして幼子はぱあっと両腕を広げる。
「だれかがふこうになってくるしむとね、ゆうかがいっぱいしあわせになるんだよ!!だからね、ゆうかはゆうかがしあわせなままでいたいから、よのなかのひとたちは、ゆうかのだいすきなひとやおともだちいがい、ぜんいんふこうになってほしいんだ!!」
子供らしい笑顔に、純粋な姿。然し彼女が語るのは、自らの幸せの為に誰かの不幸を望む異常な思想で、自分の今の幸せで喜ばしい環境が誰かの不幸の上に成り立っている事に対して罪悪の感情は一切無い様だ。
ーー殉教の赤の代償は、彼女ですら切り離せない。
『ふむ』
"彼女"の本心・本質其のものを体現した存在である幼子の言葉を一通り聞いた青年は手を顎に添えて、目の前の幼い"彼女"の状態に口端を軽く吊り上げた。
(どうやら進行に不調は無いらしい。寧ろ他者を選別し無闇に助けない事で生じる命の損失から、幸福と寿命を得ている。不幸な他者が増えれば益々彼女は幸福になる)
(然し劇薬の様な力だからこそ殉教の赤。何れ、今の分だけでは足りなくなる。そうなれば、彼女は…)
にこにこと害意の無い笑顔で青年を見詰める幼い彼女に一つの希望を持ちながらも、彼女"達"が辿る事が確約された結末にほくそ笑むのだった。




