ーDe nativitate Februarii XXI, XXII-anno-senex est insaniaー
ーー其の女は二月のある日に世に生を受けた。母の事は中々に話さず周りには父親と姉の話をする事が多い彼女は、何かに付けてよく「私〜なんですけど」と云う言葉を使った。
其れの大半は自分の事であり、自慢であり、不幸であり、特殊さであり、彼女自身の話術の巧みさもあって多くの者からは驚愕や賞賛、賛同を得ていた。
名前は嵩町有夏。革命の頃、彼女は22歳であった。
「ーー世界中の皆様、ご機嫌麗しゅう御座います。私の名前は嵩町有夏と申します。『運命の女』の長に当たる者です、以後お見知りおきを」
彼女は彼女自身の能力を以て世界中に己の言葉が届く様に世界中の映像媒体を支配し、複数の言語に変換される様に行使した。其れが、彼女が一番最初に使った能力だった。
「御覧下さい。世界中の彼方此方で、事件や事故、あらゆる不幸が皆さんを苦しめています。ーー政治、社会問題、紛争、技術的な問題も、何もかもが、不幸其のものとして蔓延り続けている」
有夏は胸に手を当て、まるで不幸を嘆く舞台上の麗しい令嬢、或いは乙女の如く振る舞う。
「…っ、私は、こんな事嬉しくなんてありません……。でも、其れは皆さんも同じ。皆さんだって、苦しみの中で懸命に生きているではありませんか!!」
彼女は息を深く吸った。嘆く為の呼吸では無い。喩えるなら決意だ。初めての事をする幼子が胸に秘めた鼓動の様な、あの決意。
「…其処で、私に出来る事を沢山考え、そして辿り着いた結論があります」
巨大なモニターが、テレビが、あらゆる映像媒体が彼女の姿を映す。
息を呑み込んで、彼女の言葉。
「ーー私は、私が持つ力を行使し世界を変えます。…此れは革命です。世界中の皆様、どうか私を、私達を受け入れて下さい。認めて下さい。ーー連盟の皆様方も、何卒お願い致します。どうか私達に世界を担わせて頂きたいのです。……でも、もし」
彼女の口元は不敵に歪んだ。
「もし、拒絶するのならば私達は実力全てを以て武力的な行使も厭わない。ーー革命とはいえ私が目指す理想は無血の革命。でも多くが子供の戯言、出来やしないと、或いは否定するのでしたら已むを得ない。其れだけですから」
其れは主役に選ばれた舞台女優の様に。カーテンコールの向こう側、大団円に両手を大きく広げて感謝を述べる主役其のものの様な振る舞いで、全ての映像媒体に映されていた彼女の姿はぷつりと途絶えた。
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彼女が全世界に革命を行う事を布告して以来、世界は大きく別れた。
ーー今こそ彼女みたいな逸材が世界には必要だ、
ーー唯の幼稚な子供の癖に簡単そうによくも言う。
大体、此の2つに世界の声は別れた。身分の高い人間達は上位者としての余裕を持って子供のする事と言わんばかりに悠長に見ていたが、下々に該当する者達の中には馬鹿馬鹿しいと吐き捨てる中で確かに崇拝者の様な者は現れた。
未来ある者から先の無い者まで。
反目の中に賛同は僅かに募っていった。
…………そんな彼女も世界が出した答えに納得が行かず、案の定武力行使をする事になった。
「先ず手始めに爆破しまーす」
メガホン片手に予告を放った彼女は、言葉巧みに引き入れて煽動した賛同者、崇拝者達を利用して各地の遺産や政治的重要施設を爆破した。
所謂テロ行為の様なものである。
「兵糧攻め的な遣り方なら相手だって降参してくれるでしょう」
そう見越しての行動だったがーー
向こうも向こうでそんなに簡単には折れない。機嫌を悪くした有夏は次に医療施設を破壊し、公的機関の無力化を図り、あらゆる手段を断たせた。
彼女の武力攻撃は7月某日の重要施設爆破に始まり、8月某日、9月下旬、10月半ば………と立て続けに続いた。
次第に脅威となってくる彼女達に各国は総力を結集して運命の女達に挑んだ。…だが、有夏の傍には仲間が居る。…全体から見れば少なくても、一人一人が驚異的な力を持っていた。
有夏達を害そうとする者達は次々と殺されてゆく。追従する者達も、皆、抵抗も薄れて皆殺しの殺戮を繰り広げていった。
一時の高揚…ランナーズハイに近いものだったのかもしれない。
そして斯く云う有夏本人も多くの殺戮行為を自ら行ったり見ていた事で彼女の中の倫理的な概念も薄れ、軈ては楽しそうに嗤いながら死者の身体を引き裂く迄に至った。
「きゃはははははは!!!!!」有夏は子供の様に楽しそうな嗤い声を上げて己の素手で引き裂く。自分の身体や顔、両手や衣服が血塗れになっても其れは損なわれなかった。
…そして彼女の異常な行為が終わった後、彼女は自己嫌悪を発して寝台の上で小さくなっていた。
「…………………………、」ブツブツと何かを口走り、其の姿は先程と打って変わって違う。あまりにも不気味な変化だったが、仲間達は引くどころか可哀想に怖かったでしょ?元気出してさあゆっくり休むのよ、等と彼女を慰め、ある者は抱き締めていた。
彼女の中で、或るべきだった「普通」が損なわれてゆく。
倫理は溶け出し、溢れんばかりの希望故に他者を難無く擦り潰した。
彼女は己のした事に恐れを成して我に帰った事もあった。だが其れも次第に仲間に慰められる為の有効手段だと認識を塗り替え、仲間から多くの者へ意識を広げた。
ーー私は全ての人間達から認められて愛されたい。
世界中が私を見放さない環境が欲しい。
私の理想が現実になった最高で素敵な世界を創りたい。
ああ、私にはそういう力があるんだ。
だから思いの儘にやっちゃえばいい。其の為に私は選ばれたんだから。
………私は選ばれた"運命の女"なのよ。




