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八話

 暫らくして、俺の前に巫女エキドナを先頭に村人二人が挟むように簀巻きにされたリーネルディット王女を引っ立てて来た。

 山頂の巣で俺に仕掛けてくる時のような凛々しさも勇ましさもまったく成りを潜め、酷く憔悴した様子でうつ向いたままの王女を一瞥し、気になった事を少女巫女へと問いかける。


『ふむ、連れて来たか。だが何故その者は半裸、具体的には下着姿なのだ?』

「はい、邪竜様。ええとですね、特に彼女に対して誰かが何かをしたと言う訳ではなくて、そのまま御前に連れてくるには少々お見苦しいといいますか、色々あれでしたもので……」

『矮小な羽虫が姿など、我は特に気にも留めぬがな。其の方らがそう考えたというなら、それで良い』


 俺の前に立っているのは巫女と索を打たれた王女だけで、同行した村人、仮にAとBとするが、どちらも地に膝を突いて平伏しており、その表情を窺い知る事は無い。特に気にもならんけどね。

 それより問題は王女の方だな、うむ。けしからんな、実にけしからん!


 初めて邂逅した時は、単に威勢がいいだけの小娘でしかなかったが、十年の歳月が過ぎるうちにすっかり育ちきり、全く以ってけしからん発育っぷりである。

 姫としてよりも武人としての生き方の方が性に合っていたのだろうが、十全に戦士として鍛え上げられた筋肉を纏いながらも、女性として見ても均整の取れた体型で、柔らかさと母性の象徴たるアレやらソレやらがしっかりと自己主張し、大変結構な鑑賞品ではなかろうか。

 竜形態の時は特に性欲とかは感じないので、彼女の見た目には美としての感性しか働かないが、今人化したら絶対反応しちゃうだろうなぁ、うん。



 もういっそ殺してくれ……。

 私は邪竜の前に引き立てられながら、ただ只管に我が身の不甲斐なさと屈辱と羞恥に嘖まれていた。


 少しばかり前、気付けに頬を叩かれたのだろう熱く火照る痛みに意識を取り戻せば、目の前には先に顔を会わせたばかりの竜の巫女が立ち、周囲に傍付だろう村人を控えさせながら私を見下ろしていた。

 同時に身に索を打たれている事に気づき、虜囚となった事を悟ったが、地肌に直接感じる縄目の感触から自身が武具だけでなく衣服までを脱がされている事に、カッと頭が沸騰する。


 そも一方的に襲った側であったが、捕虜といえど女人が気を失っている間に辱め弄ぼうなどとは、やはり邪竜などを崇める異端者、蛮人共め!

 と感情のままに吼え猛ってしまった私を、しかし巫女は半眼で呆れたような目差と溜め息一つを向けてくる。

 王族として堅く守って来た純潔を、誰とも判らぬ輩に好き勝手に奪われたのだと思い込んでいた私は、そんな巫女を睨み戮さんばかりに歯軋りをしながら睨みつけたのだが、おもむろに動いた巫女が指し示した先に在った私が着ていた筈の着衣が有様を見て、急激にその勢いは引いていく。


 目にした其れは、恐らく私が原因だろう色々なものに塗れて汚れ、そのまま直視するには居た堪れない様相を呈しており、お陰で気絶する直前に覚えた諸々の感覚を思い出す事となる。

 青褪め顔が引き攣るのを自覚する私を前に、巫女は改めて口を開いてどうしてこうなったのかを事細かに説明してくれ、もはや私は墓穴を掘って自ら埋まりたい気分になるしかなかった。


 邪竜の御召により、その御前に引き立てるには余りに見苦しかった為、取敢えず脱がせて丸洗いしたのだと。

 そもそも身にあれこれされたなら、大して時間も経っていないのだから自覚できる感触くらい残る筈。そんな事にすら思い至らず、直情に任せて激昂し、喚き散らしていたのだと思うと誰かに介錯を頼みたくなる。

 情けとして村の誰かから体型に合う下着を見繕って着せておいたが、本来なら素っ裸のままで引き摺って行ってもよかったのだと言われれば、もはや抗う気力など起きはしない。


 すっかり憔悴した私の様子に、巫女は村人に言って私を立ち上がらせ、邪竜の下へと連行し始めた。

 敵中にて大きく肌を露したまま、幾つもの視線が我が身に突き刺さるのを感じ、思わず身を竦めて内股歩きになってしまう自分に、また情けなさに涙が込み上げてくるのをぐっと堪えて歩き続けた。

 彼らからのそれには、別に好色な物が在ったわけではない。いや、ほんの少しはあったかもしれないが。

 殆どは、静かに暮らしていた村に突如襲い掛かってきた無道の輩への、怒りや憎しみのそれであったのは当然であったろう。


 顔に、首に、肩に、胸に、背中に、腰に、尻に、太腿に、鋭く突き刺さるような視線の筵の中をうつ向いて進んで行く。

 敗残の将、虜囚という立場に屈辱は感じても、不服は無い。

 だが常ならば纏う武具を剥がされ、許されたのはほんの僅かな面積を隠すだけの肌着を上下一対。

 共に戦場を駆けて来た部下は一人もなく、孤立無援の敵中下。

 私とて自身を武人だと任じてはいても、同時に女を捨てて来た訳でもなく、一国の王女としての自覚と誇りも失ってはいないのだ。

 沸きあがってくる羞恥に身は震え、肌は鳥肌立てて、下腹部に灼けた鉄を押し当てられたかのように熱く焼け爛れそうな痛みを錯覚し、奥歯を噛み締めて耐えるしかなかった。


 やがて周囲の動きが止まり、そして暫らく前から感じていた巨大で、圧倒的な存在感の前に立たされている事を自覚し、どうしようもなく震えだす我が身を抑える事が出来なかった。

 騎士団を率い、堂々と名宣を上げて討伐に挑むに至って五度。その悉くを取るに足らぬとばかりに打ち払われるも同数。

 だがその時には常に傍らには団長が居た、率いる精鋭の隊長たちが居た、従う精強な兵たちが居た。

 故に私も、彼らを将いる者として相応しく振舞えたし、武に邁進する者の一人として、竜に挑む高揚感と、国を背負う者としての使命感により恐怖を覚える事はなかった。

 ……いや、本当は違う、違うのだ。そうやって誤魔化し続けて居ただけだ、私達は。


 怖れぬ筈が無いだろう、この圧倒的なまでの武威を。

 畏れぬ筈が無いだろう、この超越的なまでの魔力を。

 恐れぬ筈が無いだろう、種としての隔絶した存在を。


 濡れ鼠の様に怯え震え顔もあげられぬ私を、圧倒的な上位者の視線が、あの禍々しき黄金の竜眼が見下ろしているのだと、違え様もなく感じさせられた瞬間。

 私の下腹部はあっさりと恐怖から緩みきり、再び勢いよく溢れ出る液態が、借り物の下着を瞬く間に濡らしながら内股を流れ落ちて行く。


「うぅ、くぅ、うぅぅ……っ、こ、殺せ……殺して、くれぇ……」


 余りの羞恥、余りの情けなさに、私はいつしか嘗て幼子であった頃のように、地に膝を落としへたり込みながら泣きじゃくっていた。

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