十話
『これより我が身を人型に映す、下がっておれ』
「っ! は、はい邪竜様っ! ……あぁ、禊の儀まで見れないと思っていた、彼の姿を拝見できるなんて……エキドナ感激ですぅぅ♡」
注意をしたらなんか巫女エキドナの様子がおかしいんだが、まあ言いつけ通り下がっていったからいいか。あ、リーネルちゃんは放置なのね、ちょっと触りたくない様になってるからね、仕方ないね。
まずは【人化法】の為に体内の魔力と瘴気を濃縮していく。同時に周囲に結界を張り、体積の急激な収縮によって生じる影響に対策しておく。
初めてこれを使った時は、空気の乱流が起きて大勢吹っ飛ばしちゃったからねぇ。同じ轍は踏まないのだよ。
魔力の輝きが目を覆わんばかりに強まり、次いで悍ましい瘴気が渦巻きながらどんどん地上の一点に集まって、それを人型に押し固めていく。
ゴウッ!と荒れ狂う風や魔力や瘴気の残滓が収まった所を見計らって、結界を解除と。
「ふむ、数えて十八年ぶりか? やはりこの戻ってくる感覚は不快よな」
「あぁぁ、これが、邪竜様の……はうぅぅ♡」
「「……っ」」
人としての感情や欲求が一気にぶり返してくる感覚に、気持ち眉をしかめながらも足を踏み出す。
長い寿命の余暇に飽かして、少しずつ改良してきた「人身」の外見は、長身でがっしりとした肩幅の広さを、しなやかに鍛え上げた筋肉を纏った体躯。髪は黒くストレートを腰まで伸ばし、それをうなじで一括りに。瞳は細く切れ長に、瞳孔が縦に開いた黄金を煌めかせ、顔付は荒々しい獣を思わせる精悍さに傾いている。美形と言うなら美形かもしれないが、所謂子供が見たら泣き出す系の威圧感たっぷりな顔に仕上げてある筈だ。多分。
身に纏うのは、一切の光を吸い込む闇の如きローブ。鱗と翼を変化させた奴なので、防御力は竜形態の時と一切変わらない。
声音は深く落ち着いたバリトンヴォイス、性別は無論男性にしてある。因みに女性体にも当然なれて、その場合は妊娠出産まで出来るという高性能っぷりである。前世男だったので、可能な限りそんな機会が来ないことを願うが。長老衆から偶に番を命じられる竜もいるからねぇ、最悪覚悟を決めんといかんのぜよ……(虚ろな目)。
ま、まあそれはともかくとしてだ。なんかやたら興奮して息を荒げている巫女からは、あえて視線を外して地面に転がっているリーネルちゃんを改めて捉える。
うん、この姿を写真か動画に収めて置けば、以後一生を強請り集りで暮らしていけるんじゃなかなってほど、アレな有様ですよっ! 王族とか高貴な女性が決して晒してはいけないお姿ですやん。色々垂れ流し再びだよ!!
まったく、一体誰がこんな目に……(韜晦)。
「……醜いな。だが処分する訳にもいかぬか、面倒な」
ぱちりと指を鳴らせば、一瞬でそんなもろもろを奇麗さっぱりと浄化し、ピカピカの艶々になったリーネルちゃんの脱力した身体を魔力で浮かせて歩き出す。
俺が接近してくる姿に、巫女とその付き人女性二名が慌てて左右に道を開け、再び跪いて首を垂れる。
「巫女よ、一時貴様らの塒に留まる、あないせよ。改めてそこで、これ為る虫の戯言を聞いてやろう」
「っ! は、はい邪竜様! 貴方たち、先に行って皆に知らせを! 不敬は即ち死と心得なさい。邪竜様には、長である我が家をお開け致します。総出で急ぎ準備を整えなさい!」
「「ははっ、仰せの通りに!」」
同時に立ち上がる三人の内、俺の方へ付き人たちが改めて深く身を折って一礼した後、見苦しくない程度の急ぎ足で大きくこちらを回り込みつつ、村の方へと戻っていく。
それを見届けてのんびり歩きだす俺の背後に、エキドナも付き従って来る……のはいいんだけどさ。
「はぁ、はぁ、あぁ、かっこいいよぉ、いいにおいだよぉ、お母様の言っていた通りぃ♡ ふぅ、はぁ、うへへへへっ♡」
「………」
歴代巫女って、何故か揃ってこんな感じなんだよね、俺がこの姿を見せるとさ。何なん、こいつら遺伝的に変態の因子でも受け継いでんのっ!?
本人はこちらに聞こえないだろう小声で呟いてる心算だろうが、無駄に高性能な竜の知覚力には丸聞こえだからね? 見た目凄く奇麗系少女なのに、残念感が凄いねん……。
どうしてこうなったんだろうなぁ、巫女一族は(困惑)。