僕だけに見える月
僕と父さんは、よく高台の公園で星を見ていた。僕の住んでる町は空気がきれいだったから、真っ黒な夜空に散りばめられた星がよく見えた。
「月が大きくてきれいだね」
地球に一番近い衛星は、毎日のように僕達の裏側にいる太陽から光を受けて銀色に輝いていた。
「どこかな? あれかな」
父さんは最近目が悪くなってきたみたいで、月の光さえボケてしまっているようだった。
この時、月は僕だけに見える特別なものだった。
真昼にも月は見える。天体豆知識だ。知らない人はきっと多い。僕が指を指して月があるよ、と言っても、月なんか見えないよ、と返される。とても寂しくなると同時に、優越感を覚えた。
この時、月は僕だけのものだった。
その日は月がよく見えた。とても大きくてきれいな月だった。
父さんと一緒に空を見上げて、きれいだね、と言ったら父さんは、何も見えないよ、と返した。父さんはいつの間にか本当に目が悪くなってしまったようだ。
この時から、月は僕だけのものになってしまった。
真昼でも月は大きく見える。もう探す必要もないくらいに大きく。
この頃何だか様子がおかしい。あんなに大きな月をみんなが知らんぷりする。僕が必死に月を指して叫んでも、みんな首を振って見えない、と言っていた。
月は、僕だけを見てる。
「さぁ、皆さん。遂に最後の日が来ました。最後の晩餐は決めましたか? 大事な人に掛ける言葉は?……そんなもの決められる訳ないじゃないですか!! 嫌だ! 嫌だ! 死ぬのなんて嫌だ! 月! 月! あんなものさえなければ!! ああああああああ」
なんだ、良かった。みんなにも月は見えていたんだね。見えているのに、見えていないフリをしていただけなんだね。
地球滅亡の日を告げるニュースキャスターの涙に僕は安心した。月はみんなに見えていて、そして地球に近づいていただけなんだ。
この日、月はみんなと一緒になった。