ゴブリンだって生きている
燃え盛る炎に近づくたびに、ゴブリンの悪臭が強くなる。まるで吐瀉物を炎で炙って燻製させたようなとんでもない臭いだ。俺は吐き気を覚えながら燃え盛る大樹に突き進む。その途中で古びた甲冑を纏う騎士を殺し、隣のクソ雑魚女神官も一緒にぶった切る。
糞が、滅茶苦茶暑いんだけど。汗が吹き出てスーツが体に張り付くのが不快感半端ない。異常気象の夏みたいな熱波がムンムンと漂ってる。幸いにも煙は空に吸い込まれるように上がっているが、それでも目の前に広がる光景は非道い惨状だった。奴らがこれをやったのか……。勇者共が、僅かな報酬目当てにゴブリンたちに襲いかかり、ゴブリンが築いていた巣を、社会を、生活を、仲間を、家族を──全てを根こそぎ焼き払いやがった。
殆ど燃え尽きた家屋の入り口で、切り刻まれたゴブリンが倒れているのを見つけた。昨日一緒に飲んだ奴かは知らないが、姿は全く区別できないので一緒に飲んだゴブリンかもしれない。たった一晩、数時間の付き合いだったが会社のメンバ以上の連帯感があった気がする。あんな楽しいゴブリンたちを、こうも簡単に殺すなんて──絶対に許せねぇ。
「ぐぅ……がぁ……あっ」
その時、家屋から少し離れていたゴブリンが這いずりながら俺に近づいていた。生きてる。まるで助けを求めるように手を差し伸べた。おい、大丈夫かよ! と駆け寄ろうとした瞬間──ざんッ! と音が鳴り、体が真っ二つになった。ばたん、とゴブリンの上半身は倒れ、ピクピク痙攣した後、動かなくなった。死んだ。
殺された。
「気をつけろ。まだ、死に損ないのゴブリンが潜んでいる」
いつの間にか、俺の隣に誰かが立っている。
見やると、黒髪のポニーテールを腰まで伸ばし、きりっとした切れ長の目の女性だった。美人だ。二十歳くらいか。……ってか刀だ、刀を持っている。更に和服というか、剣道の防具を外した状態の稽古着みたいな格好をしていた。侍、なのかもしれない。武士道はこの世界でも存在するのか。
「……あなたはどうしてここに? 先程仲間があなたを救出してゴブリンの巣から運んだはずだが」
「あ、いやちょっと忘れモノしちゃってさ、どーしても戻る必要があったんだ」
「危険だ」静かに語りかけるように言う。
「いや、それはわかってるんだけど財布とかスマホ無くすとセキュリティ事故発生で始末書書かなきゃならねぇんだよ……」
「シマツショ? ……意味不明な言動と、その異型な姿からあなたはドライバだな?」
頷く。頷きながら、こいつは……この世界の人間だ、と確信した。始末書くらい社会に出たことのない学生でも知ってるような言葉だからな。
「助けてくれたサキと……あともう一人なんて言ったっけ……」「リクさんか。大柄で、巨大な盾と剣を振るう男だ」「そうそうリクだ。いいヤツだったよ。彼らには悪いと思ったが、隙を見てここまで来たんだ」咄嗟の嘘をついた代償なのか、ドクンと心臓が跳ね上がる。俺に切りかかってきた人でなしの剣士はリクという名前なのか。
「その捜し物というのは、自分の命よりも大切なモノなのか?」
「あぁ、もちろん……」
ドックンッ! と体が膨れ上がるのを感じる。
脈が早くなり、全身の筋肉が今か今かと待ちわびている。
殺そう。
殺せ。
勇者は殺そう、と感情が迸る、あぁ止まらない。
スマホを見なくても、スキル【勇者殺し】が発動しているのがわかる。
ふーん、こいつも勇者か。
であれば、殺さなくてはな。
じゃないと、俺が死ぬからさ。
嗚呼、なんて非道いスキルなのだろう……。俺は内心シクシク泣きながら、右手にエーテルを収束させる。
気づかれないように、コイツも一瞬で切り裂けるように、よ〜しよしよしあと一歩──。
「ぎゃあ……ぎゃぁ……」
泣き声が聞こえた。
まるで赤ん坊のような声。途端にひゅん、と風切音を残して女侍は消えた。凄まじい速度で離れた大樹の下に向かっている。その先に……泣き叫ぶ赤ん坊を抱くゴブリンが居た。女侍は刀を振り抜くと、躊躇なく下ろす。
カンっ
心地よい快音が、俺の握るエーテル刀から響いた。小刻みに振動する刃が、ゴブリン親子に振り下ろされた鋼鉄の刀を寸前で防いでいた。女侍が手を振り上げた瞬間、俺は体をエーテル粒子化させ、一気に加速して近寄りゴブリン親子を守った。
「何を、しているんだ、わかっているのか?」
女侍は溢れ出る感情をどうにかこうにか言葉にしているようで、区切りながら言う。うわぁ、米神の辺りがピクピクするほど痙攣してる。これめっちゃキレてるな。
「赤ちゃんまで殺すことはないだろ」俺が恐怖に慄きながら声を出すと、女侍は刀を戻し、ふぅ……と溜息をつく。
「だからドライバは。魔物の幼体は私たち人間やエルフとは比べ物にならないほど爆発的な速度で成長し、やがて私たちに牙を向ける。子どもだろうが親だろうが息の根を止めるのが常識なんだ」
「でも……こいつらはいい奴らなんだよ。そう簡単に殺すな。一匹のゴブリンの命も星より重い」
女侍は目を見開いて驚いた後、静かに刀を構え直す。その瞬間ゾクゾク! と全身が身震いした。スキル【勇者殺し】が反応してるってのもあるけど、それ以上に今、女侍から向けられている殺気がえげつない。濁流みたいな圧力が俺にぶつかる。普通に漏らしそう。失禁するのも格好悪いよなぁ。
ゴブリンの親子がそっと後ずさりして逃げようとする。僅かに女侍が反応するので、俺はそれを見越してゴブリンの前に立ち、「おら、さっさと逃げろ」と促した。
女侍は逃げるゴブリンたちを眺めた後、俺を真っ直ぐに睨みつける。
鋭い視線に思わず足が震えた。
ホントヤバイぞこれは。
「まぁ、今回のクエスト討伐にはギルドから複数派遣されている。あのゴブリン共がこの付近一帯から逃げ切ることは難しい。しかし、もしも逃れることができた場合、奴らは再び巣を構えて増殖し、付近の人間を襲う。あなたが逃したことで、何十、もしくは何百という人間が苦しむことになる、その意味を理解しているのか?」
「確かに、それを言われると辛いぜ」でも俺ってさ、感情で動いちゃうんだよな。悪いクセだよ、全く。
「理解、する頭もないのか。ドライバだから仕方ないとは思うが、軽く捉え過ぎだ……。これ以上私の邪魔をする場合は」
「え、殺す?」
すっと最小限の動作で刀を構えた。脅しじゃなくて、これから切りに行きますよ~と宣言するかのように。その美貌が更に際立ち、思わず写真に撮ってSNSに上げたくなった。
「あなたがゴブリンに操られている、という可能性はあるからな。ギルドから離れた現場であれば、口実はいくらでも作れる……」
「いやいやそれは大丈夫」俺は左手にエーテルを集めて盾のように硬め、右手のエーテル刀を更に細く収束させる。「全くもってまともだ。ただ、俺は……ゴブリンを狩る奴らを狩る──ゴブリンスレイヤースレイヤー、なのかもな」
女侍は「はぁ?」と顔を崩した。崩した瞬間、加速して切りかかってくる。
☆★☆★
機動が変わった。
斜め上から俺の頭部を狙う刃に、左手のエーテルで作った盾で受け止めるはずだったが、当たる寸前にくんっ! と刃の流れが変わった。
待て
なぁ
おい
速すぎだろ。
【勇者殺し】が発動しているはずなのに、刃先を追いきれない。脳裏にゴリラ使いの念能力者が走馬灯のように流れる──。
しゅんっ!
と肩が裂かれた。
「ひぃぃ……」
「それで演技か?」
「……あれわかっちゃう?」
せっかく悲鳴を上げたのに、女侍は冷めた目で俺を睨み続ける。切り裂かれた瞬間に、体をエーテル粒子化させたのでダメージはゼロ。俺って物理攻撃に無敵だな。
「あなたがただの無知なドライバではないと判断した。これから、ゴブリンの巣壊滅クエストと並行して、あなたの処分を決行する」
「待て待て、そんな処分とか怖いこと言わないで。まずは話し合おう。仲間たちにとりあえず連絡とってさ」
「今更無理だろう。どうせサキさんやロランさんにも同じように切りかかり……」
「……あれ、一人名前違くない?」
「えぇ、リクという名の仲間は一人も存在しない。あなたは一体誰と会話していたんだ?」
……つまり、この女侍は俺をはめたのか。
やれやれ、最初から怪しいと思われていたのね。じゃあ手っ取り早いな。
「バレちゃあ仕方ないね。お命頂戴します」
女侍の雰囲気に合わせて宣言した後(これ絶対返り討ちに遭う悪人の台詞じゃん……)、一歩踏み込んで剣を振るう。
しかし届かない。
殺すつもりだった。
当てるつもりだった。
切り裂くはずだった──しかし、女侍は僅かに半歩身を引いただけで避けたのだ。一応当たる寸前に刀身を伸ばしたけど、それすら見切られていた。まるで体を通り抜けるようにエーテル刀は地面に当たる。
女侍は避ける動作に合わせて、足元に刀を構えていた。
真下から振り上げるつもりかよ。そんな見え見えの攻撃──と思った瞬間に全身をぶるんと撫でるような悪寒が走った。ドクドクドクッ! と脈が跳ね上がり、俺は反射的に背後に飛んでいた。
音は無かった。
感触も……。
ただひゅっ! とスーツのジャケットの胸元が微かに裂ける。避けた後にぽわわんとエーテル粒子化していた。……俺が反応する前に切られた。エーテル化する前に切断されてしまう場合はダメージを食らってしまうのか? いやしかし、さっきの弾丸を受けた時だって反射でエーテル化してダメージを防いだ。……でもこいつの剣筋は弾丸よりも早い──。
「へぇ、並の魔物や命知らずの盗賊であれば、これで終わるが──」
俺は一旦距離を取る。離れてどうにかこいつの隙を見つけなくては……。全身をエーテル粒子化で一気に距離を稼いだ。
だが、「【風切】ッ」と女侍が叫んだ瞬間、女侍が俺の方向にすっ飛んで来やがった。
うっそでしょ?
刃が俺の頭部めがけて女侍ごと突っ込んで来やがる。
盾を構えた。
このまま受けるか?
いや、前に闘ったシーフの弓のように砕かれてしまう可能性が高い。だから俺はまずエーテル粒子を体の各間接に集め、クッションの代わりとする。次に、当たる寸前に盾の向きを斜めにした。受けるのではなく受け流す──。そんな細かな芸当が俺にできるのか? と一瞬焦るも、スキル【勇者殺し】によるものなのか、まるで初めからその方法を知っているかのように体が反応していた。
エーテル盾をえぐるようにしながら、女侍が通り抜ける。
ギィィンン!
鈍い金属音が響いた。
一瞬の交差だった。
通り抜けた後に音が聴こえてくる感覚。
振り返ると、再び突進しようと刀を構えていた。この距離の突進であればエーテル粒子化させて受け流せれば……と思うも、相手も刀にエーテルを纏っている場合はそのまま粒子化した部分ごと切り裂かれてしまう可能性がある。どうにかして反撃を──。
俺の思考が終わる前に女は加速する。もっと余裕を持って攻撃してくれ。
今度は先程のような一直線ではなく、稲妻の如く不規則に折り曲がりながら迫ってくる。俺の周りを小刻みに蠢き、襲ってくるタイミングがわからない。何度もフェイントを仕掛けてくる。全身の鳥肌が総毛立つ。マジで、一瞬でも気を抜いたら首を切断される。死ぬ。
受けるか、しかしこの盾ではどうにもできない……。
何よりも目では追うことが──そうだ。
俺は反射的にエーテル粒子を収束するのではなく、小さな粒状を連結させて細い紐のような形状に変化させる。それを俺の体から周囲に向けて無数に伸ばした。イメージとしては、体中の体毛を伸ばして感覚器官として扱う感じ。ギリギリまで細くしているのでエーテルの揺らぎとしてしか認識できないだろう。数メートルまでしか作れないが、これで動きを補足できる、はずだ。
予想通り、俺の周囲で迫りくる女侍の動きが手に取るようにわかった。
靡く動きが俺の体を撫で、女侍の大体の動きが読み取れる。
来るっ。
無数の殺気の中から本物の殺気がぬるっと俺に向かって飛びかかる。
俺の左後方から急速に距離を詰める。
盾を構えた。
「ぐぁああ!?」
真下からの斬撃が俺の左腕を肩から切り離した。ひゅん、ひゅんと回転しながら宙を舞う左腕。僅かな鮮血が舞う中で、俺は回転する腕を待ち望んでいたかのように跳躍した。回転する左腕の肘辺りを掴む。掴んだ時には、空中で思いっきり女侍めがけて振り下ろす。
エーテルの盾を刀状に変形させた。左腕の分だけ間合いが伸び、そして不意打ち気味の攻撃に女侍は一瞬受け身が合わず、左肩を切り裂くことができた。
でも浅いか……。
惜しいな、あと一歩分近づいていたら、心臓まで真っ二つにできていたのに……。
「き、貴様……。そんな、手応えはあったはずなのに」
──剣を構える右腕か、それとも左腕に構えるエーテル盾が届かない部分を狙うと予想した。エーテル紐を広げてどちらを狙っているのか寸前で判断した俺は、腕の表面5ミリほどを肉体にし、残る部分をエーテル粒子化した。残した理由は、切り裂いた瞬間に手応えがあるので油断させないため。腕を切られて怯むどころか飛び上がって裂かれた腕で攻撃するとは予測できないでしょう。俺はあえて自らの体を犠牲にしたんだ。……一応刀が食い込んだ瞬間に全てエーテル粒子化したけど、数ミリ切られているのでめっちゃ痛い。インフルエンザの予防注射と同じくらいの痛さが裂かれた部分からじんじんと響く。泣きそう。けど我慢我慢……。
「おっと、動かない方がいい。この武器には毒が塗ってある」
「何!?」「まぁ嘘だ」
一瞬動揺させた瞬間に、足元に忍ばせていたエーテル刀を伸ばし、左足首から下を切断した。右足の太腿にもエーテル刃を突き立てる。
女侍は突然の激痛にバランスを崩して倒れた。
「あっ、あぁっぁあああああああああ!?」
「はぁ、危なかった。マジで肝が冷えたわ。侍さん強いな。さっきのえっとリクだっけ? ロラン? よりも圧倒的に手ごわかった。でも俺の方が一枚上手だった。」
「くっ……」
女侍は刀で自らの首を裂こうとしたけど、腕を思いっきり蹴り上げて刀を吹き飛ばした。
「おっとっと、そんな……ね、すぐ自分の人生諦めたらダメだ。諦めたらそこで試合終了だぜ。まだどうにか逆転できる手段があるかもしれないだろ? 考えろ、考えろ!」
「はぁ……はぁ……殺せ」
「の前に、聞きたいことがあるんだよねぇ」「私は……はぁ……何も、話さないぞ」「そっか……うーん、であれば──」
俺は振り返ると「おぉ~~い、みんな~~~」と叫ぶ。すると、俺の声に反応して隠れて俺たちを見守っていたゴブリンたちが近づいてきた。
「何を、する気だ?」
「あんたらゴブリンスレイヤーに殺されたゴブリンたちの復讐に決まってるだろ?」
☆★☆★
//続く




