ゴブリンの集落
助けた人物は人間の子どもと思ったが、この歪な姿はどう見ても人間ではない。
ギョロギョロと黄色い瞳を動かしながら、俺を見つめる。なんて気持ち悪い顔だ……。人間の不細工とはまた異なる生理的嫌悪感を覚えた。
──ゴブリン、だろうか。またはオーク、とか? いや、オークはそれなりに大きいイメージがある。この子鬼っぽい風格はどことなくゴブリンさが半端ない。でもそもそもゴブリンとオーク、あとエルフ、ドワーフがこの世界に存在するのだろうか。映画やアニメの影響で、俺の世界ではゴブリンという言葉を聞けば一瞬で脳裏にイメージを抱けるほどポピュラーな存在だが、それは俺の世界での話であって、この異世界でもそれが通用するとは限らない。
でも、一つ気になったことが、普通に俺は異世界人と意思疎通が行えることだ。まだこの世界の公用語が俺の世界と全く同じという偶然も考えられる。が、外来語や横文字も当たり前のように通じる。まるで俺の世界の言語がそっくりそのままこの世界に上書きされているような感覚……。
震えるゴブリンを見つめながら考察していると、背後から足音が響いてきた。もしや、俺をしつこく追いかけるあの野蛮人共か? と振り向くと……ゴブリンだ。
三匹のゴブリンが俺に迫ってくる。身長130センチほどの体格で、これもゴブリンの子どもかと思ったが、顔に入ったシワや雰囲気から大人のゴブリンだと察した。先頭の一匹は棍棒を持ち、その背後の二匹はそれぞれ弓を担いでいる。
俺を見つけると「ぐぁあっ!」と声を上げた。背後の二匹が弓を構える。まさか、俺を狙っているのか。俺は一歩後ずさり、体の前方にエーテルを集める。弓での遠距離攻撃はシールドで防げるだろうが、接近された場合は立ち回れるのか……。【勇者殺し】は発動しない。ゴブリンってまぁ勇者とは正反対の位置に居るからな……。
俺が右手にエーテルを集めたところで、子ゴブリンが立ち上がると俺の前に立ちはだかり、彼らに向かって「うぎゃぉおう!」と叫び始めた。そして俺を指差し、何か身振り手振りで喋り始める。ゴブリン達は立ち止まると、子ゴブリンの話を聞き始めた。俺と子ゴブリンを何度か見つめた後に武器を下ろす。
お、これは子ゴブリンが俺に助けて貰った、と伝えてくれたのだろうか。相手が人間だと判断すると即座に襲い掛かってくるのではなく、最低限の知性を身に着けているっぽいな。
俺も構えを解くと、三匹のゴブリンはニヤニヤと口を耳まで引き上げながら近寄ってきた。なんて恐ろしい笑顔だ。俺も一応笑みを浮かべながら、それでも用心して彼らの動きを観察する。不意に殴りかかってくる可能性だってまだあるんだ。油断するなよ、俺。
先頭のゴブリンはうぎゃうぎゃ喚きながら子どもを抱き寄せると、ぎゅっと抱きしめた。小さなゴブリンの父親、だろうか。子どもが魔物に襲われ、必死に助けに来たのだろう。その光景はある種の感動的な空気が流れた。俺が女だったら号泣してる。
残り二匹は俺に近寄ると、ジャケットの裾をつまみ、ゴブリン達が現れた方向を指差す。……俺を誘っているのか? もう一匹は俺の背後に回ると、どんどん! と尻を押し始めた。
「な、なんだよ、俺をどこかへ案内しようってのか?」
「ぎゃうぎゃう!」
「肯定か否定かわからない……。まぁここで逃げるのもアレだし、別の村に到着するのも骨が折れるからな」
俺はゴブリン達に導かれるまま、森の中に入っていく──。
☆★☆★
10分ほど森の中を進んだ。
時折響く鳥? の鳴き声や獣の咆哮に足が竦む。しかし、ゴブリン達は気にせずに歩を進める。小柄な体型だがすいすいと荒れ放題な地面を歩いている。ってか俺の靴に泥がこびりついてるじゃん。これも結構良いお値段したんですよ……。スーツはボロボロ、靴は泥だらけ、鞄は紛失と色々悲しい。あ、鞄の中には社員証も入っていたんだ。上司に電話してセキュリティ事故起こしたって報告して上司を慌てふためかせてぇな。
そんなことをニヤニヤ考えてると、「ぎゃぉ〜〜〜」とゴブリンが叫び出す。すると、目の前の巨大な大木からも同じような返事がした。大木の上に見張り小屋のようなモノがあり、そこにゴブリンが居る。少し喋った後、手で誘うような仕草をされ、ゴブリンは奥に進む。後をつけると、一気に視界が開けた。地面や大木の上に簡単な住居が備え付けられ、そこにゴブリンが居るのが見える。広間の中央には石が大量に積まれ、その上に轟々と炎が燃えていた。
ゴブリンの集落、か。
予感はしていたが、まさか人間の俺が招かれるとは思いもしなかった。ただ、もちろんまだ油断はしていない。ゴブリン=獰猛な魔物なはずなので、いつ俺が襲われてゴブリン共の餌になるかはわからない。俺は周囲の大気をほんの僅かに粒子化させ、漂わせていた。もしも突然背後から殴りかかってきたとしても、このエーテルに反応することで即座に対応することができる、はずだ。俺の体がその反射に追従できればの話だけど……。
わらわらわとゴブリン達が押し寄せてきた。10数匹居る。すると、先程のように子ゴブリンが身振り手振りで喋り始め、他のゴブリン達はそれに聞き入っている。やがて「ぎゃ〜」と喚いた後、俺の周りに無邪気に集まり始めた。……これは、褒めているのか? 皆嬉しそうに俺を小突いたり、パンパン! と叩いてくる。笑っている、と思う。
「おいおい、皆元気いいな。あの子を助けたのがそんなに嬉しいのか?」
俺も笑っていると、「そのとおり……」と声が聞こえた。
人の言葉──。
……同じ言語、ゴブリンが?
声の方向を見やると、一匹のヨボヨボに年取ったゴブリンが、杖をつきながら俺に迫ってくる。
「今、喋った?」
「少しだけ……言葉……わかる」
「ゴブリンなのに」
「あなたと同じ……人間に教わった……昔」
そしてその年老いたゴブリンは俺の下まで歩み寄ると、頭を下げた。
「あの子を救ってくれ……ありがとう」
「いやいや俺も偶然出会って、襲われていたからさ──」本当は助ける気なんてさらさらありませんでした、とは言わない。
「人間が……ゴブリンを助けるとは……」
老ゴブリンはくっくっ、と笑った。「こちらへどうぞ……」
老ゴブリンに比較的立派な小屋に案内された。中央にパチパチと薪があり、円を描くようにイスが並べられていた。俺はイスに座ると老ゴブリンは向かいに座り、じっと俺を見つめる。
「何か?」
「あなたは……違う……人間と……」
「あぁ、俺ってこの世界ではなく異世界から訪れたんだよ。ドライバって言うんだってさ」
老ゴブリンは小さく頭を振り、「それとも……また……違う」
「違う?」
「匂い……」
「え、俺の匂い……が人間と違う?」
「雰囲気、気配……。あなたは今まで……私が……出会った人間とは……どこか雰囲気が……違う」
「へぇ、どう違うんです」
「……私らと……近しい匂いを……感じる」
想定外の言葉に面食らう。
えぇ……。ゴブリンと似てるの? だから異世界での名前が『クズ』なのか。
いやぁ……あんまり嬉しくないよ。これがエルフとかだったら──だよね! ってなるけどまぁゴブリンかぁ〜いや顔立ち姿風貌ってわけじゃないよねあくまで匂いか……。でもそんな腐臭する? この集落はなんか焼肉をやり過ぎたえげつない匂いがプンプンするけど、俺そんな臭くないでしょ。ゴブリンで年老いてるからって上から目線で腹立つなぁ。
「それは……はい」
「くっく、嬉しくないか」
「いやぁ嬉しいでございますよ」嘘だ。
時折現場に視察に来る口先だけの社員さんに向けるような爽やかスマイルで頷くも、この老ゴブリンは見抜いてそうだな。
その時、小屋の外から何匹もゴブリンたちが入ってきた。皆、各々に皿を持ち、そこに様々な料理が載っている。他にも陶器みたいなコップを持参し、その内の一つを俺に渡す。
「子どもを救ってくれたお礼だ……。口に合うかわからないが……」
「あ、酒? だったら飲めますよ。まぁせっかくなので頂きます」
低俗な生物が生み出す飲み物なので酒と言ってもぐちゃぐちゃに濁った泥みたいな液体を想像していたけど、予想に反して透き通る液体で、酒の香りにごくっと喉が鳴る。料理は……まぁお察し、という感じだが、この酒は美味そうだ。
既にゴブリンたちは宴会のような雰囲気で料理と酒に手をつけていた。まぁ乾杯とか人間の意味不明な儀式、だもんな。俺も意を決して酒を飲む──。
う、
う、
美味い!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
全身が美味しさでうひょう! と喜んでる。いや確かに最近は仕事が忙しすぎて飲み会はもちろん、自宅でも飲む気力すらなかった。だから体が久しぶりの酒で喜んでいるというのもあるがこれは美味しい! 飲みやすいけどコクがある! ごくごくと一気に飲み干してしまった。すると隣に居たゴブリンがすぐに注いでくれる。また飲む──美味い!
「うっま……。いやぁゴブリンの作る酒ってなんか舐めてたけどこんな美味しい酒は久しぶりです」
「気に入っていただけてなにより……。料理もあるから……食べなさい」
付近のゴブリンが大皿を持って俺に寄ってくる。先程倒した魔物を小型化したような生物の頭部がどん! と乗っている。う〜ん焼き方が炎で燃やし尽くしました、という感じで焦げが凄い。まぁでも頭部の周りに薄くスライスされた肉が並び、一口食べた。ワイルドなビーフジャーキーかな。ちょっと辛いが、不味くはない。酒を飲みながら食べるにはちょうど良い味付けか。他にも俺が食べられそうなフルーツもあったのでこちらも食べる。うん、これは普通に旨い。
酔いが回ったのか、気がつけば俺はフラフラになりながらゴブリン達と一緒に酒を飲んでいた。俺もゴブリンもお互いに何を言っているのか理解はできないだろうが、それでも大笑いしていた。普段会社での飲み会は目上の人間には反吐が出るような胡麻を擂り、一ミリも笑えない武勇伝をうんうん頷きながら聴いていたが、それとは全く異なる馬鹿騒ぎは学生依頼で楽しい……。
ゴブリンたちも、案外悪い奴らではないのかもしれない。こうしてノミニケーションすると見えないモノが見えてくる、気がする。
「でさぁ、もう……上司が全く使えない癖によぉ、口ば〜〜〜〜〜っかりうるくさて。タバコとコーヒーでうんこ食ってるみてぇに口臭いしよぉ。しかも、あいつにやられて……あ〜もう絶対復讐するわ……。っておいおいおいおい! 返せ〜、それ俺のネクタイ!」
俺が首元のネクタイを緩め、ってかつけてる意味が無いので外して持っていると、ゴブリンがそれを掴み、クルクルと回し始めた。
「ちげぇって、そうじゃな〜い。こい、おら来いって。な。……そうそう、ここを……お前頭でけぇな。こっちにつけるか!」
酔っぱらいのように、というか酔っ払ってるゴブリンの頭部にネクタイを巻きつけた。巻きつけられたゴブリンは気を良くしたのか狂ったように踊り始める。その動きがあまりに滑稽で俺はゲラゲラ大笑いをしていた。
「はぁ……めっちゃ楽しい。あ、ご飯くれるの……っておい! これ……これは食えねぇ!」
何故なら、その皿に乗っている焼け焦げた肉には、あきらかに人毛が残っている。
その横の皿には、肘から先の腕がこんがり焦げて乗っていた。
人の肉、だった。
正気の俺なら吐き気を催したかもしれないが、寄っていたのでじっくりと観察する。
「異世界人だけどな、流石に同種は食えねぇわ。悪いな〜。牛肉とかな? 牛、言葉わからんか? もぉ〜〜〜って鳴く動物」
俺の話を聴いていた数匹のゴブリンは何かを思いついたのか、小屋から出ていった。俺はそれに手を振って見送っていると睡魔に襲われる。流石に飲みすぎたか……。
ごろっと横になりながら目を瞑る。言葉も文化も全く異なるゴブリンと仲良くでき、同じ姿で言語も通じる人間から追い立てられるなんて、なんか皮肉だな──。
//続く




