第54話 異例の結果発表
僕の発表も終わって、いよいよ結果発表だ。
やるだけのことはやった。この発表の結果次第で、文芸部の運命が決まるのだ。
雨宮先輩は廃部は決定事項だなんて言ってたけど、このビブリオバトルに参加したことで少しでも考えが変わっていることに期待するしかないけれど……。
今回のビブリオバトルでは参加者は一人一票投票する他に、観戦していた人たちも投票できる形式になっている。投票の集計も僕らが普段、文芸部の部室でやるビブリオバトルとは違ってかなり大変そうだ。見た目的には、テレビでやってる選挙の開票中継に近いものがある。白城野文芸部の部員が票の集計をしているけど、見てるだけで疲れちゃいそうになるくらいだ。票数を数える涼の顔もなんだか青ざめていた。
やがて票の集計が終わって、涼の進行のもと結果発表が始まる。
自惚れと言われても仕方ないけど、僕は自分の発表本が間違いなくチャンプ本になると信じている。他の発表本が面白くなさそうだったなんてことは決してないんだけど、会場内があれだけの盛り上がりを見せたのは『林檎の樹の下で』だけだ。時間配分的にもすっきり終わったし、これ以上はないくらい満足できる発表内容だった。マジでやり切ったって感じである。だけど、ビブリオバトルでは自分の発表本には投票できないのがルール。僕は一つ前に発表した波入部長の本が面白そうだったから投票した。
「……大変お待たせしました。ようやく票の集計が終わったので、結果を発表します!」
わかっていてもこういう時は否応なく緊張してしまうのが僕の性だ。ごくりと生唾を飲み込んで進行役の言葉を待った。
「白城野学園高校創立祭ビブリオバトル。最も多くの票を獲得したのは――青葉高校、高野悟くん発表の『林檎の樹の下で』です」
その瞬間、得も言われぬ高揚感が全身を貫いた。
自分が好きな本がこんなにたくさんの人に認められて、チャンプ本になったのがただただ素直に嬉しかった。
進行役が指示したわけではないのに、会場はいつしか拍手喝采になっていた。
白石先輩と鳴瀬さんは手を取り合って小躍りしていたし、久方もベテラン風の顔でうんうんと頷いている。端の方にいた雨宮先輩は悔しそうにしながら小さく拍手をしている。後方にいた鶴松先輩は口角をあげてニッと、いつも通り不敵な笑みを見せていた。
壇上から見渡す限りの人が『林檎の樹の下で』に賞賛の拍手を贈っていた。
そんな中、僕は進行役の涼だけがなんだか不本意な顔で俯いているのが気になった。
彼女は場内の熱気を虚無的な瞳で見つめつつ、力なさげにつぶやいた。
「あー……盛り上がっているところに水を差すようで申し訳ございませんが、まだ結果発表は終わっていません」
気まずさを払拭するようにこほんと一つ咳払いして、涼は続ける。
「最も多くの票を得票したのは『林檎の樹の下で』ですが……今回のビブリオバトル、見事チャンプ本を勝ち取ったのは波入春香さん発表の『これで君も描ける! 漫画イラスト』です。おめでとうございます!」
会場内が一瞬シーンと静まったが、最前列にいた鳴瀬さんの「はぁ!?」という声を皮切りにすっかり大荒れムードになってしまった。かくいう僕も、涼が告げた結果には納得できない。最も多くの票を得たのに、なぜチャンプ本ではないのかわからない。涼はこんなデタラメなドッキリを仕掛けるようなタイプではないし、だからなおさらこの結果になったわけが疑問だ。
どさくさ紛れという言い方もどうかと思うけど、いきなりチャンプ本に選ばれた波入部長も目をぱちくりさせて寝耳に水といった体だ。事前に打ち合わせをしていたとは思えない。会場内にいたほとんどの人が、この結果に不服のようだった。白城野文芸部長の波入さんが一端場内を落ち着かせないといけない事態になるくらいだった。
「えー混乱させてしまってすみません。このような結果になった理由をお話しします。『林檎の樹の下で』はルール違反のため、残念ながら失格となりました。投票された票は、死票……つまり無効な票になってしまったため、次点で得票数の多かった『これで君も描ける! 漫画イラスト』が繰り上がりでチャンプ本になりました」
『林檎の樹の下で』が失格!? きちんと既定の時間を守って発表したし、原稿を用意したわけでもない。自分の好きな本を決められた時間の中で原稿なしに発表するという、ビブリオバトルの基本的なルールは守っていたつもりだし、なぜ失格になったのか、考えてみてもわからない。
どうやら僕だけじゃなく、会場内で観戦していた多くの人たちも、なぜ失格になってしまったのかがわからなくて、すっきりしない顔で壇上の進行役を見つめていた。
「私としても非常に残念なのですが、ルール上、ビブリオバトルでは自分の好きな本について発表することになっていますから」
「それのどこが問題なんだい? 高野くんはきちんとルールを守って発表していたと思うが」
その時、ずっと会場の端の方で黙って見ていた雨宮先輩が口を開く。
「……彼の発表本は【本】ではない、ということか」
「……そうなんです。他の三人が発表した本に対して、高野くんが発表した『林檎の樹の下で』はノートに書いてある小説。……【本】ではありません」
そんな屁理屈! と言ってしまえば、それまでだが、雨宮先輩の言う通りだった。確かに『林檎の樹の下で』はノートに書かれた小説で、きちんと本の形をしているわけではない。
今回のビブリオバトルのルールに則れば、失格という結果もやむを得ない。
繰り上げでチャンプ本を勝ち取った波入さんは涼から手製の賞状を受け取ると、マイクを握って言った。
「えー……私の発表本がチャンプ本になったのは嬉しいんですが……」
会場をじろりと眺め見てから、ふぅ、と小さく息をつく。
「ま、誰も納得してないわな。かくいう私自身が納得してない。だって、そこにいる彼が発表した小説の方が面白そうだったし、正直、私は今すぐ借りて読んでみたいくらいだ」
会場にいた全員の視線がマイクを握る波入部長に集まっていた。
「だから――提案なんだけど、多数決を取りたいと思う。『林檎の樹の下で』が一番読みたいと思った人は拍手をしてくれ」
波入部長が拍手を始めると、会場のあちこちでぽつぽつと手を叩く音が聞こえてきて、やがて体育館の外にも聞こえるくらいの大きな拍手の波が沸き起こった。
「誰が見ても結果は明らかだね。……というわけで、チャンプ本は『林檎の樹の下で』に決定! これは参加者全員の総意だ。おめでとう高野くん!」
波入部長はチャンプ本の賞状を僕に手渡す。
拍手の音が一層強くなって、異例の結果発表ではあったが、ビブリオバトルは大団円という形で幕を閉じた。




