プロローグ
ある初夏の日の出来事である。
「沢木、後何分?」
「二分! まったくなんて困った隊長だ!」
「今度は何を見つけたんだろうね?」
「本人に聞いてくれ! 何でいつもいつも・・・」
僕らは急いでいた。いや、急ぐ必要はまるでないのだ。何しろ用件もその後の展開も手に取るようにして分かるのだから。ただ、遅れると後がうるさいだけだ。
なだれこむ様にして部屋に入ると、そこには僕らを呼び出した張本人がいた。
「一分二十秒前。まあまあか」
大木健太郎。経済学部の二回生であり、自称大木健太郎探検隊の隊長である。だがこんな活動内容もよく分からないようなサークルを大学側が認めてくれるわけもなく、半ば強引に部屋を勝ち取っていた。
「間に合うだけましだろ?どうせ水月もまだなんだろうし」
「いいんだよ。あいついなくてもとりあえず話は進むんだから」
僕の言葉に大木はさも当然というようにして返す。これなら最初から真面目に来るんじゃなかった、というのが正直なところだ。
「でもこっちは今から用事があったんだけどね」
そう言って苦笑しているのは時田薫 文学部一回生であり僕らの存在を聞きつけてこの部屋のドアを叩いた変人である。おまけに僕らに敬語の一つ使ったためしがなかった。まったく何を考えているのだか。
何しろこのサークルは、活動している本人たちも1年を過ぎてなお方向性がまったく見えてこないめちゃくちゃなところなのだから。ただひとつ、大木の大発見を除いては。
「それで今回は何を見つけたの?」
時田が大木の呼び出した用件を先回りして聞く。二ヶ月もいれば大木の行動パターンは手に取るようにして分かるようになる、という水月の言葉は見事に当たっていた。
「そう、今回はすごいぞ」
いつもそれだ。
さっさと来い、といわれるままテーブルに向かうとそこには一枚の地図が置いてあった。
「なに、これ?」
「見れば分かるだろ。宝の地図だ」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「ここにいくの?」
時田が僕の疑問を代弁するかのように質問する。
「当たり前だ。何のために探してきたと思ってる」
やっぱり、というように僕らの間でため息が漏れる。この男、前回の失敗を何一つ教訓にしていない。いったいあのせいでどれだけひどい目にあったか。
「とりあえず人の話を聞け。聞けばお前たちの目の色も変わるから」
「また例の物置部屋で意味ありげに置かれてたんだろ?」
「・・・そうだ」
いつもと同じではないか。それにしても・・・。
「水月、お前いい加減音もなく入ってくるのやめないか?」
大木が声の主に向かって言い放つ。
「お前が勝手に有りもしないもんに興奮してっからだろ?」
そう切り替えしたのが水月光 法学部の二回生である。大木とは高校時代からの付き合いだそうだが、何故この二人が仲良くしているのか。まったく変人の考えていることは分からない。と、今日はここからが違った。
「だが、今日はここでまだ終わりじゃない」
ニヤニヤしっぱなしである。いったいこの地図に何があるというのか。
「実は、この地図は本物であるということがすでに確定している」
「・・・」
「何とかいえよ。前回のような失敗はありえないんだぞ」
「何でそんなことが分かるの?」
何とか僕が言えた質問は間抜けな声となってしまった。
「作った人の関係者に確かめてみた。」
「た、確かめた?」
「おう、電話したらまだ見つかってないって言われたから」
「なんか、ぜんぜん状況が飲み込めないんですけど・・・」
僕の頭の中は疑問符で溢れかえっていた。
「だから言ったろ、話を聞けって」
「分かった。さっさと話せ、簡潔にな」
水月が急かす。一体どういうことなのだ。
「そもそもこの地図を作ったのは原印刷っていう中堅企業のオーナーだった人なんだ。その人はもう二十年程前に他界しているけど、その時遺書と一緒にこの地図を残したそうなんだ。遺産はここに眠っている、とね」
「まさか・・・ それがこの地図?」
時田が不思議に思ったのだろう。ならばそんな地図が何故ここにあるのか、と。
「いや、これはコピーだ。遺族はこれを何とか解こうとしたそうなんだが三年ほどたった時に諦めて、こんな謎がありますけど誰か解いてみませんか? と公募したらしい。家にあったのはその内の一枚ってわけだ」
「だから関係者に詳細が聴けるのか」
時田は納得したらしいが僕はまだよく分からない。
「大木、十七年解こうとした人はいなかったの?」
「いや、結構いたらしいぞ、何しろそういう人達用に別館まで建てたくらいだから」
「具体的に遺産って何なんだよ?」
水月はそっちのほうが気になるらしい。まあ普通はそうだろうな、と思う。謎のほうに飛びつくのはよほどの暇人くらいだろうから。
「さあ、何が出てくるかは遺族も知らないそうだし、解いてからのお楽しみだろ」
そのよほどの暇人はさしたる興味もなさそうに口を開く。
「もう一つ、今でも宝探しはできるのか?」
「もちろん、関係者も夏はそこに住んでるらしい。連絡くれればいつでも行けるそうだ。」
「ずいぶん大っぴらな家だな」
「そんな家だからこんなこと思いつくんだろ。で、どうだ。時田には結構お似合いな状況だろ?」
それは確かだろう。さっきから彼もニヤニヤしっぱなしである。まったく、こいつらときたら。
「期間とかはないの?」
もうやる気になっている。この分だと夏の予定はもう既に決まってしまいそうだ。
「一週間だ。それまでに解けなかったら島から出なきゃならないっていうルールらしい。
ちなみに食事もあちらさんが出してくれるそうだ」
「なんか怪しくない? そこまで至れり尽くせりなんて」
とっても不安なのだが。
「大丈夫だ。これまで解こうとした人もちゃんと本土に帰って来てるんじゃないか」
推測かよ。
「そんなに心配しなくても今まで大丈夫だったでしょ?」
大木と時田に言われてもまだ僕の不安は晴れなかった。
「ま、じゃあ具体的なことはまた後日、今日は解散」
大木に言われ皆散っていく中、僕は心の不安に意味を見出せないでいた。そう、この時はまだ思っても見なかったのだ。宝探し以上の謎に取り組む羽目になるとは。