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真意やいかに

「マシュー…………いる!!」


 店内に踏み入るなりシャーロットはつぶれた声を上げた。

 マシューはいつも通りカウンターの奥にいた。

 そしてエミリも店内にいた。


「どうしてここにいるの、エミリ・ウィルソン!」

「わっこんにちは、買い物です」


 シャーロットは想い人の前ということも忘れずかずかとエミリに詰め寄る。いつぞやも行ったやり取りである。

 彼女は持っていた紙片を両手で突き出した。


「宿屋さんの手伝いで買い物に来たんです。お世話になってるので」


 彼女はここの三軒となりに立つ町唯一の宿に滞在している。

 覗き込んでみると、その紙面は買い物リストのようだった。小麦粉や瓶詰などの品目が並びそれぞれに個数がふられている。宿屋だけあって一つ一つがけっこうな数だ。

 二か月間の下宿ともなれば手伝いの一つ二つくらいする機会も確かにあるだろう。


 ひとまず納得せざるを得ず、書き付けを返す。エミリの手元に戻ったリストが今度は店員の元に回る。

 マシューは紙面を一瞥すると面倒くさそうに眉根を寄せた。


「多いな。リストだけ預かってあんたはもう帰っていいよ。今すぐはそろわないしどうせこの量だと一度には運べないから」


 マシューは椅子から立ち上がり、エミリに向かってそう言うと陳列棚の奥へ歩いていった。

 エミリは出入り口とマシューの隠れた棚のほうとを繰り返し見比べている。指示された通り帰ろうかどうしようか悩んでいる様子だ。

 ふと思いついた。


「……ねえ」

「わっ、な、なんですか?」


 興奮からいくらか立ち直ったシャーロットは静かにエミリと距離を詰め、その耳元で囁いた。

 聞いてみたいことがあったのだ。


「あなた彼の……マシューのことどう思ってるの」


 エミリとマシューの関係についてはまだ不明な部分の方が多い。

 確かにシャーロットは一度、記憶にあった好感度イベント通りの会話が起こったのを目撃してはいる。それが起こっては失敗を繰り返すロバートのイベントよりも進んでいるように見えるのは仕方のないことである。

 だが、言い換えればまだ一回だ。

 二人の仲に何があるとはまだ決まったわけじゃない。その事実で勇気を奮い立たせ、シャーロットは訊ねた。

 もういっそ本人の気持ちを直接質してしまうのが最善手だ。

 棚を隔てているとはいえ同じ空間にマシューがいるので潜めた声は、思った以上に深刻な響きを伴った。


 えっ、と意外そうな声を上げ、少し考えるそぶりをした後、エミリは回答した。


「特には」

「と、特には!?」


 返った答えは実に淡泊。

 聞いたシャーロットのほうが驚愕した。

 思わず潜めていた声を荒げてしまったことを自覚し、再び語調を抑えながら問い詰める。


「ちょっと待って、何かこう、一つくらいあるでしょ?」

「知り合ったばかりなので……それにマシューさんってけっこう無口な人ですよね。まだそんなにたくさんお話してないんです」

「少しは話してたのに?」

「あっでも普通にいい人ですよね」

「普通にいい人……普通にいい人って……!」


 一見不愛想なマシューを普通にいい人などというあたりさわりない世辞で形容するざっくばらんさにおののく。心の底から彼を好意的にとらえているからなのか、それとも無関心極まりないためかは不明だが、人の想い人をそんな。大暴れしたい衝動に襲われる。

 シャーロットは人の店で暴れてはいけないとなけなしの理性で己を抑えつける。

 荒い息を吐ききって気持ちを落ち着かせ、質問を変えた。


「じゃあロバートはどうなの」

「え」


 先ほどと同じようでいて、違う温度をもった反応だった。

 エミリは目を丸くして口ごもる。

 シャーロットは食い下がった。


「はっきり言ってちょうだい。ロバートに何かあるの?」

「い、いえ! 何にも思ってないです!」

「はあああ? あれだけ関わっておいて何にも思ってないって言うの!?」

「あっ、違う! 違います!」


 シャーロットは興奮に任せて二度目の奇声を上げた。連鎖的にエミリもすっとんきょうな声で応じる。

 仮にも万能が売りのメインヒーローと何度も好感度イベントを起こしておいて何にもなくてたまるか。


「えーいや、でも、あの人は……優しくて……」


 エミリは口ごもりながら言葉を探している。

 呆けたように曖昧な返答にいら立って結論を急かす。


「言えるの、言えないの、どっち?」

「あ、いえいえ、本当に特別な意味じゃなくて、いろいろよくしてくださるって意味で!」


 その時ちょうど、マシューが一抱えもある品物の山をもってカウンターの側に戻ってきた。エミリはこれ幸いとばかりにそちらへ飛びついた。


「マシューさん、私今持てるだけ持って行きますから!」

「あ、そう。助かるけど」


 紙袋に放り込まれた香辛料などの小さな包みを受け取ると、エミリは慌ただしく出入口を飛び出して行った。

 シャーロットは彼女が出て行った扉を数秒間あっけに取られて見つめていた。


 マシューについて思うところをはっきり聞けたのは良しとする。これから先変わらない保証もないから油断はできないが。

 むしろロバートへの気持ちをはぐらかされたのが歯がゆい。

 だが。

 非常に、非常に気になる動転ぶりだった。


 あのー、と背後からマシューが声をかけてきた。


「大丈夫なんですか」

「え? 何が?」


 言われている意味が分からずシャーロットは反射的に問い返す。

 エミリを相手取って精神的に疲弊はしたがマシューの知ったところではない。

 ふと、そういえば彼が人を案じるようなことを言うのは珍しいな、と思った。


「この間うちから帰るとき様子がいつもと違ってたんで、体調でも悪いのかと。いや……それで俺が何するってわけでもないんですけど」


 ばつが悪そうに言葉尻がすぼんでゆく。

 シャーロットは目を丸くして彼の台詞を聞いていた。

 エミリとマシューの関係を疑うきっかけとなったあの時。狼狽を悟られないように何食わぬ顔をしてこの店を辞したつもりだった。

 ごまかしが拙かったのだろうか。

 それとも彼が鋭い観察眼を持ち合わせていたのだろうか。


「気づいてたの」

「まあ……」


 シャーロットの視線は自然と自身の膝頭に下りた。

 恥ずかしい。彼に気の弱った姿を見せることになるなんて。羞恥に瞳が潤む。

 それでも胸の詰まる感覚に嫌な気持ちはしなかった。

 熱が集まる顔をとても上げられそうにない。

 

「シャーロットお嬢さん? やっぱり家の人を呼んだほうが」

「だ、大丈夫よ! 気にかけてくれてありがとう」


 シャーロットはざわつく胸を抑え込んで笑って見せた。

 マシューは曖昧な返事をしてそっぽを向いた。


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