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煩悶

「シャーロットお嬢様、もうすぐ昼のお茶の時間ですよ。そろそろベッドから降りられませんか?」

「……え、ああ、エディス……私のことはほうっておいてちょうだい……」

「いえ、そろそろベッドメイクの時間なのです。寝転がるならせめてあちらへ」


 メイドのエディスが促すのにおとなしく従って、シャーロットは起き上がり、のろのろとソファに移動した。そして再び横になる。

 普段なら遠慮のないメイドに仕方ないわねとかぶつぶつ言うところだが、今日は一言の文句も言わず静かなものである。

 その様子に眉根を寄せて、エディスはベッドカバーを広げながらシャーロットに問うた。


「ここ何日かよろしくないようですねえ。お父様とお母様も心配なさっていましたよ。お医者様をお呼びした方がよいかと相談なさっていました」

「心配かけてごめんなさいね……お二人にも言っておいて。別にそういうアレじゃないのよ。ただちょっと気分がすぐれないだけで」

「だからお勉強にも身が入らない、と」

「……うん」


 勉強の時間に上の空だったことが、家庭教師の口から両親の耳に入ったのだろうか。

 エディスは説教を食らうかと体をこわばらせるシャーロットをしばらく見つめていたが、やがてその口からふ、と息が漏れた。


「仮病で怠けているとは申しませんよ。先日お戻りになった時からご様子がおかしいのは分かっております。そういうときは誰しもありますからね」


 お食事だけはちゃんととってくださいね、と諭され、シャーロットは頷く。

 エディスは笑みを浮かべ、茶の支度をするため部屋を出て行った。

 エディスが完全に退室したのを確かめて、シャーロットはため息をついた。


(エディスには何でも見抜かれるわ)


 胸に罪悪感がうずく。物心ついた頃から生活の苦楽を共にしてきた仲だ。好き好んで隠し事を作りたいわけではない。

 しかし話したいという気にもなれなかった。

 エディスにはマシューを好きなことを話したことはない。気持ちは胸に秘めていれば十分だった。それを今急に打ち明けは出来ない。

 ましてどうして言えるだろう。前世の記憶で見た、想い人が他の娘と結ばれる未来が現実になるかもしれないと知って放心していた、など。

 三日前、彼らの仲の良い様子を目撃した際、その可能性がいよいよ現実味を帯びてきた。

 現場から帰ってからというもの、シャーロットは自室にこもったきりである。


 誰もいなくなった広い部屋はひどく静かだ。シャーロットはうつぶせになり腕の中に顔をうずめた。

 あの時傍観した二人の横顔が今もなお明瞭に浮かぶ。それは時間が経つごとに、忘れたいと願うほどに鮮烈さを増す。

 マシューが他の娘と親しく話しているところを横から見るというのは初めてだった。


(元はこうならないために始めたことだったけど)


 今までロバートのイベントを成功させることに気を取られすぎていた。彼とのイベントが記憶通り途切れずに起こるものだから、もうメインルートに乗っているものとすっかり思い込んでいた。


(……初めからマシューとエミリの方を邪魔するようにしていたら、何か違ったかしら) 


 シャーロットはかたく目をつむる。無駄な自問だ。初めからそんなつもりはなかった。

 そもそも自分がマシューと結ばれようとさえ思ってはいなかったのだ。今まで通りちょくちょく遊びに行って、そばにいられるだけでよかったのだから。エミリを排除しようとしたのは、二人が恋仲になってしまえば自分の割って入る隙間がなくなるからだ。

 だけど、もう手遅れだったら。

 もしかするとマシューはすでにエミリのことが好きかもしれないのに。


「……うぅん…………」


 もうどうする手立ても思いつきそうにない。

 ソファの上で膝を抱え、亀のように丸くなって転がって、シャーロットはうめいた。

 茶を携えて戻ってきたエディスはその姿を見て目を丸くした。



 ソファに姿勢を正したシャーロットの前に、数種の焼き菓子と取り皿、紅茶に満たされたカップ、大振りのポットがてきぱきと用意される。

 卓上で湯気とともに茶葉の芳香が立ち上る。馴染み深い香りは気持ちを幾分か落ち着かせた。

 例えばなんだけどね、と、シャーロットは切り出した。

 隣にしゃがみ込んだエディスは、あらたまった表情で耳を傾ける。


「どうしてもやりたいことがあったとする。だけどそれが結局は無駄になって、それどころか他の人を邪魔することになると知っていたら、どうするべきなのかしら」


 目も合わせない、ほとんど独り言のような問いを、エディスは静かに聞いていた。

 しばらくそのまま黙って考えるそぶりをした後、彼女は「正させていただきたいのですが」と切り出した。


「決まり切った結果なんて分かるものではないのですよ。人には未来を知る術はないのですから。どうしたいか決めて、そうなるように行動する。そうして初めて、結果にたどり着くものなのです。ですからお嬢様。自分で動いてどうにかなることなら、望まぬ未来への不安にとらわれるよりかは、望んだ結果に値するよう行動するのが良いと思いますよ」

「……そういうものかしら」

「ええ。人生経験の長さの分で保証いたします」


 シャーロットが多少落ち着いたのを見てか、エディスは茶の支度を整え始めた。

 シャーロットは背もたれに体を預けて、息を深く吸う。


(エディスの言うことはその通りだわ)


 普通であれば彼女の助言は明るい道を示してくれただろう。

 だが今回は前提が違う。先のことなど分からないと彼女は言ったが、シャーロットはこの先何が起こるのか知っているのだ。

 あの時シャーロットの脳裏に突如として浮かんだ前世の記憶。その中でとりわけ目を引いた恋愛ゲームのシナリオは、自信を取り巻く環境と一致していた。そしてこれまで見てきた限り、そのシナリオとほとんど同じように出来事が進行している。きっとこれからもその通りになるだろう。

 エディスは不確定な将来を案じるよりも望む結果が叶うよう行動すべきだと言った。

 だが、嫌な未来が予定調和であると知りながら、それに逆らって動くのは難しい。


(……あれ、でもこの間見た限りだとまだエミリとマシューが会話してただけよね。まだルート分岐には早い、決まったとは限らない? いやでもこのあいだのアレがサブルート上の一イベントならこの先シナリオ通りに進むだろうし、でもこれは現実よね、あれ……?)


 言葉にして打ち明けたことで心のもやはいつの間にか薄らいでいた。

 しかし今度は頭の方にもやがかかってしまったらしい。どう考えても哲学の無限回廊に放り込まれるばかりである。

 シャーロットは一人で考えてはうなっていたが、一向に答えには至らず、そのうち諦めて思考を打ち切った。


(なんだか、どうでもよくなってきたわ)


 もともと自分の頭の中にしかない不安定なものに頼って始めたことだ。それに頼るのは良しとしても、振り回されるのはばかげている。

 冷静になろう。自分は先走っていたのかもしれない。まだルートが決まる段階ではないのだ。一度外しただけでまだ終わったわけじゃないはずだ。


 シャーロットは膝の上でもてあそんでいたカップの中身をあおった。残りを茶請けとともに流し込み、腹ごなしの休息もそこそこに立ち上がる。


「エディス、これから出かけてくるわ」

「あら、今からですか?」

「そうよ。支度の手伝いをお願い!」


 忠実なメイドはかしこまりましたと笑顔で承った。


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