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令嬢と雑貨屋(2)

 からんからん、と、ドアベルが鳴った。

 反射的にそちらを向いたシャーロットは、次の瞬間顔をしかめた。


「こんにち……あ、フォーダムさんもいらしたんですね。こんにちは」


 店に入ってきたエミリはシャーロットと目が合うと遠慮がちに会釈した。

 このエミリ、ライバルイベントではシャーロットが困るほど謙虚な姿勢を――たとえば反論してほしい場面なんかで――見せるのに、どういうわけかシャーロットにもそれなりに友好的なのである。なぜ避けない。

 無視もできず、シャーロットは逡巡した後「どうも」とだけ返した。

 表面的には素知らぬ顔を装いつつも、シャーロットの胸中は焦りでいっぱいである。

 エミリがこの雑貨屋に来るのは仕方ない。この町で生活用品を手に入れようとしたら、唯一の雑貨店であるここに来ることになるのである。

 ゲームにしてもそうだ。マシューに会う目的がなくてもアイテム入手のためにここを訪れる機会はあったのだ。来たことは許せる。

 ただしそれはマシュールートでないならの話だ。

 今のところシャーロットは、ロバートとエミリの間でメインルートに沿ったイベントが起こっているのを把握している。

 だが肝心の選択肢がぐずぐずだ。メインルートのフラグが途中で途絶えないのが不思議なほどだ。

 それはつまり、マシューの方のルートに入る可能性が未だゼロではないということである。

 シャーロットとしてはその展開はうれしくない。想い人と他の娘が距離を縮めるさまを間近で見ることになるのだ。


 シャーロットは声を震わせて静かにエミリへと詰め寄る。

 

「な、何しにここに来たの……?」

「か、買い物です……!」

「お嬢さん、うちの客です。ほらあんたはこっちに」


 マシューはエミリをカウンターに手招く。

 店員と客で用件をやり取りする流れで言葉を交わす二人に置いてけぼりにされ、シャーロットは愕然とする。なんだかこなれているではないか。エミリは知らないうちに何度か来店してマシューと話していたらしい。友人のように打ち解けて見える。

 嫌な予感がじわじわとにじむ。

 シャーロットをよそに、マシューは頼まれた品物を棚から集めながらエミリと雑談に興じている。


「――これで全部かな。はい」

「ありがとう。いつも助かります」

「この辺じゃ暮らしづらいだろ。物も少ないし」

「そんなことないですよ! いいところじゃないですか」


 エミリはマシューに対して心持ち強く主張する。

 シャーロットは目を見開いて、その姿にくぎ付けになった。

 エミリはその後マシューと二言三言しゃべった後、買い物を携えて店から出て行った。シャーロットはその様子を呆然と見送り、後姿が扉の向こうに消えてもなおそちらに気を取られている。

 今しがたのやり取りには覚えがあった。

 自身の過去の経験ではない。少し考えて、思い当たった。

 これまではロバートルートの展開のことばかり考えていたこともあり克明に思い出そうとはしなかったが、ゲームにおいてはマシューのルートにも当然イベントが存在する。雑貨屋の店番という彼のプロフィールから、初期のうちはそのほとんどが雑貨屋の店内で起こる。

 その中に、雑貨屋を訪れた際に条件次第で発生し、選択肢によって好感度が変動する会話イベントなるものがあった。

 シャーロットは今、その一つを思い出した。

 先ほど目の前で繰り広げられた会話内容とそっくり同じだったのである。

 シャーロットはゆっくりと首をもたげ、恐る恐るマシューに問う。


「ねえマシュー……あなた、あの娘とは親しいの?」

「ああ……まあ最近よく来るんで――」


 途中まで言いかけてから、マシューは言葉を付け加えた。


「特別親しいとかじゃないですけど」


 その言葉にはどんな含みがあったのだろう。


 シャーロットはやがて雑貨屋を後にした。

 町中から屋敷へと長い並木道を引き返す。足どりは重りのついたように遅かった。


 頭の中でいろんなことが起こりすぎた。今までこれほど考えたことはなかったようにさえ思った。

 これまでのエミリは決してシャーロットの思うようには動かなかった。シャーロットの知るゲームの記憶の中の正解を選んでこなかった。

 それはロバートのルートでのことである。

 なら、マシューの方ではどうだ。

 先ほどの雑貨屋で目にしたのは、マシュールートのイベントだ。エミリは正解選択肢の通りの受け答えをした。


 なかなかすんなりといかないロバートとのイベントと、シャーロットが首を突っ込まずとも事が運ぶマシューとのイベント。

 エミリがどちらを望んでいるか、これでは本人に聞かずとも明白ではないか。

 だとしたら、あるいはもうすでに。マシューの心はエミリに傾いているのかもしれない。

 その可能性はもはや黙殺できるものではなくなっていた。

 シャーロットはついに、並木道の途中で遅い足を止めた。今ばかりは屋敷の人間と、いや、誰とも顔を合わせられそうになかった。あたりに人気がないのが救いだった。


「……ど……」


 どうしよう……。

 小さな呟きは誰の耳にも入ることなく空気に溶け消えた。


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